デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネスプロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第15回目のテーマは、映画で地域おこし - 庄内映画村株式会社の挑戦

庄内映画村株式会社という会社があります。庄内というのは山形県の日本海側、鶴岡市や酒田市のある庄内平野一帯のことを言うのですが、そこで今、この会社が大活躍しています。

庄内は時代小説で人気の作家・藤沢周平を輩出した土地としても有名ですが、その自然豊かな庄内の地に映画の撮影を誘致して地域おこしを行っているのです。ここで作られた映画は、藤沢周平の代表作「蝉しぐれ」や米国アカデミー賞受賞で話題になった「おくりびと」、さらには先日9月25日に公開されたばかりで、ヴェネチア国際映画祭にも出品された役所広司主演、三池崇史監督の時代劇「十三人の刺客」など、話題作が続々と庄内で作られています。

そんな庄内の映画ビジネスにひょんなことからどっぷり漬かることになってしまったのが、庄内映画村株式会社の宇生雅明社長です。

宇生社長は、もともとはIT系会社の社長だったのですが、知り合いの映画監督 黒土三男さんの作品「蝉しぐれ」の時にプロデューサーが途中で降りてしまい、監督に乞われてその作品のプロデューサーを引き受けたことからプロデューサー業が始まりました。

最初に行ったプロデューサーとしての仕事は、プロデューサーが降りてしまった最大の原因だった製作予算のカットでした。旅館に「撮影班の宿泊代をタダにして」と交渉するなど、さまざまな庄内の人達に助けられて、なんとか映画を完成までもっていきプロデューサーとしての役目を果たしました。

そんな過程で作られた「蝉しぐれ」のセットを、もったいないので他の映画にも有効利用したらどうかとの発想を持った宇生社長は、それまでに出会ってお世話になった庄内の人達の協力を再度得て、映画のロケを庄内に誘致し、映画制作に協力する庄内映画村株式会社をスタートさせました。

その動機は「蝉しぐれ」を作ったセットを歴史的な建造物松ヶ岡に立てたことから、その存続にお金がかかり、それを工面する方法論として、作ったセットを有効活用したらどうかというものでした。松ヶ岡は明治維新後にお役御免となってしまった庄内藩の武士を食べさせるために作られた養蚕工場の跡で、歴史資源として保存するために必要なお金のねん出も必要だったのです。

この会社は、庄内の皆の力を結集しようとの意図で、1口50万円を個人や企業から平等に集め、最終的にはなんとか5,000万円を超える出資を取り付け、宇生社長は松ヶ岡の歴史的な建物の中に会社を入れて、セットで撮影された作品や写真、衣装などを見学できる資料館も作りました。

そして、「スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ(三池嵩史監督)」「山桜(篠原哲雄監督)」「山形スクリーム(竹中直人監督)」など次々に映画制作の誘致を行いました。これまで制作した10本の映画から庄内地方に波及した経済効果は60億円を超えるといいますから、まさに庄内を映画で地域おこししている会社と言えます。

今では会社の規模も大きくなり組織もできて、さまざまな企画に対応できるようになったと言いますが、スタートした当初はスタッフもいなくてんやわんやで、後に副社長になる鶴岡市職員の丸山典由貴さんの協力や作品が重なって鶴岡だけでは受けきれなかったことで酒田に応援を頼んだ「おくりびと」では、酒田の仲間にNPO法人まで作ってもらって対応したといいます。

そんな庄内映画村は、2009年9月12日に88ヘクタールもの広さを持つオープンセットも一般に公開しました。このオープンセットは広大な土地に、昔の漁村や農村などをのどかな風景とともに再現し、旅籠や商家、飯屋などの江戸時代の宿場町そのものを作った巨大なセットです。そこでは勿論、実際に先ほど紹介した「十三人の刺客」などの迫力ある撮影が行われ、その世界観満点のセットを観光地としても体感できる仕組みを作りました。このオープンセットには他にも、「おくりびと」で有名になった銭湯鶴乃湯を鶴岡市内のロケ地から丸ごと入り口に誘致したり、これまでの映画のさまざまなセットが広大な土地に点在しています。多い時は1日に3,000人を超える見物客が訪れると言いますし、先日8月16日には入場者数が十万人を超えたということでニュースにもなっていました。

そんな映画村を作った宇生社長は、以外にも映画にそんなに造詣が深いわけではありません。「蝉しぐれ」の時に出会った庄内の方たちとの人間的な繋がりと、困っている状況に対して何らかの貢献をしたいという思いからプロデュースの道に入ったといいます。

そのなんとかして形にするという行動力は、私がビジネス・プロデューサーの7つの能力として挙げている「完結力」の窮めつきなんですが、その仕事スタイルはまさに映画プロデューサーの鏡と言えます。先日お会いした宇生社長は、誰をも巻き込んでファンにしてしまうような人間的な魅力に溢れている方でした。

明確なビジョンを元に、それをなんとかカタチにして「1-100実現」する宇生社長のビジネス・プロデューサーとしての能力なくしては、それまで縁もない庄内という土地で、その庄内の人々を巻き込んで協力を取り付ける仕事にはなりません。

最近では、庄内映画村は「庄内を日本のハリウッドに」と謳って映画を中核にした地域おこしを展開しています。そのためには実際に映画を見る人の人口も増やそうとも努力をしています。おらが村の自慢のひとつに映画がなりつつあるのです。

前々回に紹介した庄内の地元産の食材を使ったイタリアンレストラン「アル・ケッチャーノ」もまさに、地域が持つ文化や歴史、伝統といったものをコンテンツの核に据えての成功でしたが、庄内映画村もまさに文化による地域おこしの好例と言えます。

宇生社長は、今この庄内映画村から庄内の人による庄内のための庄内の映画を作ろうとしています。それは庄内という土地が歴史とともに持つ文化の豊かさを示すテーマの作品なのですが、地域の文化を大切にし、その文化を核に戦略を組み立てることこそが、庄内映画村に見る地域活性化の成功の秘訣なのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。