デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第8回目のテーマは、メジャー・アーティスト 広瀬香美のUstream番組への挑戦

本コラムの第1回目で取り上げたのが、Twitterのブレイクと広瀬香美さんでした。そのTwitterのブレイクに寄与した広瀬さんが、今度は5月21日からソーシャルメディア Ustreamでも新しい挑戦を始めました。Ustreamのことは、第3回目のこのコラムでも新しいメディアとしての可能性をダダ漏れそらのさんのことでお伝えしましたが、そのUstreamで、今度は広瀬さんがレギュラー番組を始めたのです。

番組タイトルは「Friday Kohmi」。毎週金曜日のレギュラー番組で、通常は毎週夜20時ごろから行っています。この20時ごろというのがいかにもソーシャルメディアっぽいのですが、この番組はゲストを多方面から呼んで広瀬さんが司会を務めるトークショーで、黒柳徹子さんの長寿番組「徹子の部屋」の音楽版というような感じです(URLはこちら)。

5月21日の第1回目のゲストには、経済評論家の勝間和代さんが出演して、なんと振付付きで歌を披露したり、2回目の5月28日には、その日がiPadの発売日であったことからITジャーナリストで有名な林信行さんがiPadのことを詳しく説明しました。

また、レギュラーコーナーである新しいアーティストの紹介コーナーでは、1回目に元陸上自衛隊の話題のアイドル福島和可菜さんが歌をメディア初披露し、2回目では、初監督作品「サクラ、アンブレラ」が米国アカデミー賞公認の単編映画祭で入選した新進気鋭の映画監督 古新舜さんが出演。そして、アカペラグループ「BABY BOO」のメンバー5人が広瀬さんと番組内で共演し、素晴らしいハーモニーを披露して、「愛ぽんの歌」や「愛があれば大丈夫」を一緒にハモリました。

このように、実はこの番組はどこかの地上波TVで放送してもまったくおかしくない豪華な内容の番組なのです。もちろん、広瀬さんはメジャーな存在ですから、地上波TVに出演することは当たり前なのですが、Ustreamという新しいメディアで、メジャーアーティストとして広瀬さんが初めてレギュラー番組をはじめたということはソーシャルメディア史に残る事件なのです。

今年になってのこのUstreamの台頭は、まさにこれからのメディアの在り方を問うものです。大量の情報をプロのメディア人が一方的に大衆に届けるブロードキャスト的なTVを頂点とするマスメディアと同様なことが、この広瀬さんの番組のように、ソーシャルメディアの世界で、個人が行える時代になってきたからです。

さらに「FRIDAY KOHMI」では、Ustreamの特性でもある昨年ブレイクしたTwitterとのコラボレーションにより双方向の番組運営が始まっています。リアルでその番組を見ている視聴者がその時の番組の感想や情報を書込み、それに対して答える形で番組が進行して行きます。

たとえばこのようなことがありました。第1回目では技術的なトラブルがあり、番組のはじめの30分ほどは音声が不安定でした。BGMを流すとマイクの音声が聞こえなかったり、音声に深いエコーがかかったようになってしまって聞き取りにくかったり、普通のTV放送では放送事故ともいえる状況でした。

しかし、それがTwitterのリアルタイムでの視聴者の書き込みを生むことになり、「音が聞こえない」「エコーを切ってくれ」といった視聴者の声をTwitterが瞬時に視聴者の動向として反映していきました。「今は大丈夫」だとか「また聞こえない」といった視聴者の情報によって番組スタッフがトラブルに対処するという、あまり笑えない番組のスタートとなりましたが、実はその時が一番同時視聴者数が多かったという皮肉な結果にもなりました。

それはあたかも視聴者自身が実際に番組制作に参加しているかのようにTwitter上で番組に反映させようとさまざまな情報を書き込んだことによって起こった結果です。もちろん、音声が聞き取れないというのは番組としては大問題ではあるのですが、その時の視聴者の番組への参加意識と、次はどうなるんだというリアルタイムの興味喚起は、これこそ実は生番組の醍醐味であり、このアクシデントが、生の視聴者の声を番組に反映するというリアルなメディアの登場を印象付けました。しかも、広瀬さんなどふだんTVでよく見慣れた人達が、Ustreamという新しいメディアインフラの中で行ったものなのです。

普通のTV出演に慣れている広瀬さんたちが、トラブルのために何度も同じことをやり直したりすることは通常考えられません。1回目ゲストの勝間さんに至っては、音声のトラブルなどもあり、番組内で歌を3度も始めからやり直して歌いました。普通のTV出演だったら怒って帰っちゃうところです。

広瀬さんたちのようなメジャーな人たちは、普通このような不安定なメディアへの出演はしないものです。メディア露出のリスクとメリットを常に意識しているからです。特に広瀬さんのようなメジャーな音楽家のネット番組出演は、音楽著作権処理問題やパブリシティ出演の制限など、さまざまなことを乗り越えていかなければ実現しません。それを乗り越えた広瀬さん本人やその活動を支えるスタッフのメジャーを知るチャレンジが、このようなUstreamなどの新しいメディアの可能性を開いていくことになるのです。そのチャレンジ精神こそが、私が仮説する2013年にマスコミではなくコミュニティマスというコミュニティ主体のコミュニケーションへの転換が起こる時代が来て、TVなどのマスメディアが主ではなく従のメディアになることを促すきっかけになるのです。

その時代の幕開けが起こる予兆が、広瀬さんたちが今行っているソーシャルメディアでのチャレンジなのです。そういう意味では広瀬さんは、Twitterの女王からソーシャルメディアの女王への道を歩んでいるのかもしれません。ヒットの裏には「人」がいる。まさに時代の変革期には、先駆者チャレンジャーの「人」が存在するのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。