三菱重工は2017年11月10日、愛知県にある同社飛島工場において、製造中のH-IIAロケット37号機のコア機体を報道関係者に公開した。

機体はこのあと鹿児島県にある種子島宇宙センターへ送られ、12月23日に打ち上げが予定されている。

今回打ち上げる衛星は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の気候変動観測衛星「しきさい」と、超低高度衛星技術試験機「つばめ」の2機(「しきさい」についての詳細は、筆者が以前執筆したレポートを、「つばめ」については大塚実氏のレポートをそれぞれ参照していただければと思う)。この2機は運用する軌道の高度が大きく異なるため、ロケットを巧みに運用し、それぞれ別の軌道に衛星を投入しなければならない。

1回の打ち上げで、2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入する――。言葉にすれば簡単だが、実はかなりの複雑な運用が要求される挑戦でもある。さらに今号機では、ロケットが自律的に飛行できるシステムを初めて本格的に採用する。

この2つの挑戦は、「高度化」と呼ばれる、H-IIAをより使いやすいロケットにするために行われてきた改良計画の成果であり、そして「H3」ロケットなど、日本の将来のロケットに役立つ、大きな可能性をも秘めている。

公開されたH-IIAロケット37号機のコア機体。中央の長い機体が第1段、その奥の白と黒色からなる機体が、第2段と段間部を合わせたものである

H-IIAロケット37号機

H-IIAロケットは、三菱重工が運用している日本の主力大型ロケットで、これまでに36機が打ち上げられ、成功回数は35回。さらに7号機以降はすべて連続で成功し続けているなど、高い信頼性ももつ。

今回の37号機の打ち上げは、12月23日10時26分22秒の予定で、打ち上げ可能な時間帯は22分間(10時48分22秒まで)。打ち上げ予備期間は翌24日から2018年1月31日まで確保されている。

公開が行われた10日の時点で、H-IIAロケットのコア機体はすでに機能試験を終了し、種子島に向けて出荷するための準備が行われていた。このあと17日に工場から出荷され、20日に種子島宇宙センターに搬入される予定となっている。

コア機体とは、H-IIAロケットの中で三菱重工が製造を担当している、第1段と第2段機体やエンジン、そしてその間をつなぐ段間部のことを指す。

ちなみに、H-IIAの下部に装着される固体ロケット・ブースター(SRB-A)はIHIエアロスペースが、またロケット先端にある衛星を覆う衛星フェアリングは川崎重工が製造を担当している。10日の時点で、SRB-Aはすでに種子島宇宙センターで推進薬の充填を終えて保管中で、フェアリングもすでに保管中の状態にある。このコア機体が種子島宇宙センターに到着し次第、これらを組み合わせる作業が始まることになっている。

今回の打ち上げでは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の気候変動観測衛星「しきさい」と、超低高度衛星技術試験機「つばめ」の2機を同時に載せて飛行し、それぞれを別々の軌道で切り離すという、新しい飛行に挑む。また、ロケットが地上のレーダーに頼らず、自律的に飛行できるようにするための改良も、初めて本格的に使用される。

そして、この2つの挑戦のかなめとなるのが、JAXAと三菱重工がこれまで続けてきた、「高度化」と呼ばれるH-IIAロケットの改良である。

H-IIAロケット37号機の第1段機体。全長37m、直径4mの大きさをもつ

そもそもH-IIAの高度化とはなにか

2015年に打ち上げられたH-IIAロケット29号機。高度化の中の「静止衛星打ち上げ能力向上」の成果が初めて本格的に適用された打ち上げだった (C) JAXA

まず最初に、H-IIAロケットの高度化について、簡単に触れておきたい。

かつてH-IIAロケットは、他国のロケットに比べて、いくつかの点で大きく劣っている部分があった。その差を埋めるために行われているのがH-IIAロケットの高度化、正式名称「基幹ロケット高度化」である。

H-IIAロケットの抱える弱点の中で最も大きなものが、通信・放送衛星などの静止衛星を打ち上げる能力が低いという問題だった。

静止衛星が投入される静止軌道は、赤道上にある。そのため赤道上やその近くからロケットを打ち上げる場合、ほぼ真東に向けて飛ばせば、そのまま静止軌道に向けた軌道に衛星を投入することができる。欧州が遠く離れた南米仏領ギアナに発射基地を持っていたり、よく「ロケットの打ち上げは赤道に近いほうがいい」といわれたりするのはこのためである。

しかし、日本の種子島宇宙センターは北緯30度という、比較的高い緯度にある。そのため真東に打ち上げると、赤道から30度ほど傾いた軌道にしか入れることができない。この30度の差の大部分を埋めるため、人工衛星が自身のエンジンを使って軌道を変える必要があった。当然ながら、その分衛星には余計な燃料が必要になる。

一方、欧州などのロケットで赤道上から打ち上げれば、衛星を軽く造れたり、あるいは余分な燃料をそのまま運用期間を延ばすことに使えたりなどの利点がある。

そのため、たとえば同じ衛星でも、赤道上に発射場をもつ欧州などのロケットで打ち上げたほうが都合がよかったり、あるいはより重い、より高性能な衛星を打ち上げられたりといったハンデが生じ、これが日本のロケット・ビジネスにとって大きな足かせのひとつとなっていた。

そこで、JAXAと三菱重工は、H-IIAロケットを改良し、これまで衛星側が負担していた軌道変更の一部を、ロケット側で肩代わりできるようにした。具体的には、ロケットをより長時間飛ばせるようにしたり、またエンジンを複数回噴射できるようにしたり、また衛星を精度よく軌道に入れるために弱い推力でエンジンを噴射できるようにしたりといった改良が施された。

こうした改良の中で最も目立つのは、第2段機体に施された白い塗装だろう。通常、第2段機体は、第1段と同じように黄土色の断熱材がそのまま剥き出しになっているが、その状態で長時間の宇宙航行を行うと、太陽光が当たって機体の温度が上がってしまう。そこで太陽光を反射しやすくするため、白く塗られているのである。ロケットの形状にはほとんど変化はないものの、第2段が白くなっているだけでずいぶん印象も変わる。

この静止衛星打ち上げ能力向上のための改良は、水循環変動観測衛星「しずく」を打ち上げた21号機や、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」を打ち上げた24号機、そして小惑星探査機「はやぶさ2」を打ち上げた26号機などで試験が行われ、データの取得や実績を積み重ねたのち、2015年にカナダの衛星通信会社テレサットの通信衛星「テルスター12ヴァンテージ」を打ち上げた際に、初めて本格的に適用された。

この改良の結果、若干打ち上げ能力が落ち、また打ち上げコストも高くはなるものの、欧州などのロケットとほぼ同じ条件の軌道に衛星を投入することが可能になった。

高度化の成果の活用と、もうひとつの高度化

この静止衛星打ち上げ能力向上のための改良で得られた技術は、実はもうひとつ、別のことにも活かすことができる。それが今回のH-IIAロケット37号機のような、2機の人工衛星を、それぞれ異なる軌道に投入するような打ち上げである。

もともとこうした打ち上げは、衛星会社からの需要もあり、またH-IIAロケットはそもそも大型の静止衛星を打ち上げることに特化したロケットなことから、中型の衛星を低軌道に1機だけ打ち上げるのは能力的に非効率でもあるため、H-IIAの運用における課題のひとつでもあった。

そこで今号機では、この2機の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入するという、複雑な打ち上げを実現するため、静止衛星打ち上げ能力向上のための改良で得られた成果と、追加で必要になる機能とを合わせた、「衛星相乗り機会拡大開発」と呼ばれる新しい要素が組み込まれている。

さらに、今号機にはもうひとつ別の「高度化」も組み込まれている。

実は「高度化」というのは、静止衛星の打ち上げ能力向上以外にも、人工衛星をロケットから分離する際の衝撃を小さくするための改良と、ロケットが地上のレーダーに頼らず、自律的に飛行できるようにするための改良も含まれており、これらすべての改良をひっくるめたものを高度化と呼ぶ。

そして今回の打ち上げでは、この中のロケットが自律的に飛行するための改良が、初めて本格的に採用されることになったのである。

H-IIAロケット37号機の第2段機体。29号機などと同じ白い塗装が施されている

(次回に続く)

参考

基幹ロケット高度化 | ロケット | JAXA 第一宇宙技術部門 ロケットナビゲーター
三菱重工技報 Vol.51 No.4 (2014) 航空宇宙特集 技術論文 H-IIAロケットの高度化開発 -2段ステージ改良による衛星長寿命化への対応-( https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/514/514053.pdf )
・[H-IIAロケットの継続的な改良への取組み状況について

基幹ロケット高度化H-IIAロケットのステップアップ
H-IIA User's Manual

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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