夫婦関係の不和は仕事に大きく影響する。これは結婚して以降、僕が強く実感したことのひとつだ。もちろん、世の中には夫婦間でどんな問題が起ころうとも、自分の意識を強く保ち、仕事は仕事と割り切って邁進できる殿方もおられるだろう。だから決して一般論ではないのかもしれないが、哀しいかな、僕は影響を受けやすいタイプのようだ。

原稿執筆にとりかかる際の苦しい時間、夫婦関係の不和が襲いかかると…

僕のような創作系の執筆業者の場合、この仕事というのは小説や随筆などの創作文を書くことである。たいていの場合、事前に誰か第三者と内容に関する打ち合わせをするわけではないため、原稿執筆にとりかかる際は、まず書く内容を発案することから始まる。

正直、この時間が一番苦しい。すぐにアイデアが浮かぶ調子のいい日もあれば、一向になにも思い浮かばない低調な日もあり、そういうときは迫りくる締め切り時間に怯えながら、焦りを募らせるばかりである。書く内容さえ決まれば、あとはそんなに難しい作業でもないだけに、この時間に仕事のすべてがかかっていると言えなくもないのだ。

だからこそ、そういうときに夫婦関係の不和というプライベートの事情が襲いかかったら、もう最悪である。特にその日の朝、仕事を始める前に妻と夫婦喧嘩でもしようものなら、それによる苛立ちと精神疲労で、ますます頭が真っ白になるわけだ。

これが単なる言い訳にすぎないことはわかっている。プロの端くれなら、そんな些細なメンタル面に左右されることなく、いついかなるときでも安定した仕事をしなければならないだろう。すなわち、僕はまだまだ未熟者なのである。

プロ野球の世界でも、成績の落ち込みに夫婦関係が…

しかし、言い訳ついでに他の具体的な事例を持ちだすと、こういうことはスポーツの世界では頻繁に起ってきた。特に毎試合の成績がはっきりと数字にあらわれるプロ野球の世界では、ある選手が特に体調不良などがないにもかかわらず、いきなり成績が落ち込んだときは、その選手の夫婦関係に問題があったという場合も少なくない。

たとえば1990年代に巨人で活躍した外国人助っ人、ロイド・モスビーは、それが顕著にあらわれた選手だった。彼は現役バリバリの大物メジャーリーガーという触れ込みでシーズン途中に来日し、一軍デビューした当初は期待に違わぬ打棒を披露した。それまで低迷していた巨人も、このモスビーの大活躍により、調子を取り戻したほどだ。

しかし、そんなモスビーもデビューして1カ月が経過したころから、極端に打てなくなり、それまで3割以上を記録していた打率も2割台半ばまで落ち込んだ。最初、当時のマスコミは、打てなくなった原因を日本の投手によるモスビーの弱点研究の成果だと報道していたが、のちにそうではなく、別のところに原因があったことが判明した。

モスビーのホームシックだったのだ。

これは一見馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、彼にしてみたら切実な問題だったのだろう。モスビーは自他ともに認める愛妻家として知られており、その愛する奥様を母国に残して来日したため、単身赴任の寂しさに耐えられなくなったという。そして、その寂しさが、自身の仕事である野球の成績にも悪影響を及ぼしたということだ。

実際、その後しばらくして、モスビーは奥様を日本に呼び寄せ、遠い異国でも晴れて理想的な家庭を築くことに成功すると、またたくまに本来の打棒が復活したから、余計に興味深い。モスビーの場合は奥様との関係に亀裂が走っていたわけではないのだが、夫婦間のなんらかの問題が仕事に影響したという点では同じことである。「家庭は家庭」「仕事は仕事」と割り切ることは、一流のメジャーリーガーでも難しいことのようだ。

夫婦喧嘩は夜にしたほうがいい!?

さて、なぜ今回はこういう情けない言い訳をつらつら書いているのかというと、そこには他でもない理由がある。そう、勘のいい読者はすでにお察しのことだろう。

ちょうど今朝、僕は妻と激しい夫婦喧嘩をしたのである。

なお、夫婦喧嘩のきっかけ及び内容の詳細は割愛させていただく。もっとも、それが夫婦間のデリケートな問題だから書かないのではなく、あまりに些細な問題すぎて馬鹿馬鹿しいからである。我が家の夫婦喧嘩のほとんどは、まさに犬も食わない痴話喧嘩だ。それなのに部屋の壁に穴が開いたり、網戸が外れたり、僕の右手小指の骨が折れたり、そういう喧嘩の傷跡だけは非常に痛々しい。はい、反省しております。

したがって、今日の僕は仕事がはかどらないという、身勝手ながらも至って深刻な事態に陥っている。まだ昼間だというのに、まるで1日の仕事を終えたかのように、心身が疲弊しているのだ。今朝の喧嘩でいったい何キロカロリーを消費したのだろうか。

そう思うと、夫婦喧嘩とは夜にしたほうがいいのだろう。夜のように仕事が終わったあとなら、精神的にも余裕があるため、妻から何か文句を言われても、いちいち感情的にならず、冷静に話し合える気がする。もし喧嘩に発展したとしても、その直後から仕事が始まることも少ないし、酒を飲んで眠ってしまうという気持ちの切り替え法もある。

かくして、我が妻にひとつお願いできるとしたら以下の通りだ。

「どうか僕への不満は朝に吐き出すのではなく、夜までとっておいてください」

自分で書いていてなんだが、本当に身勝手ですね。すいません。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち)
小説家・エッセイスト。1976年大阪府出身。早稲田大学卒業。『神童チェリー』『雑草女に敵なし!』『SimpleHeart』『芸能人に学ぶビジネス力』など著書多数。中でも『雑草女に敵なし!』はコミカライズもされた。また、最新刊の長編小説『虎がにじんだ夕暮れ』(PHP研究所)が、2012年10月25日に発売された。各種番組などのコメンテーター・MCとしても活動しており、私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。

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