昨年12月に所用でヨーロッパに出かけた際、ギリシャまで足を延ばし、経済危機のその後の様子を取材してきました。わずか数日間の滞在でしたが、ギリシャ経済は依然として厳しい状況が続いていることを実感しました。

荒れた街が印象、4人に1人が失業中

この連載の前回号(第6回・2015年11月11日付け)で、「ギリシャの危機的な状況は脱したものの、景気は依然として悪化したまま」と書きましたが、実際にアテネ市内を歩くと閉店した商店が並び、降ろされたシャッターにはスプレーで大きく落書きされている光景をあちらこちらで目にしました。3年前の同じ12月にもギリシャを訪れましたが、「この3年の間に街が荒れたなあ」との印象を受けました。

アテネの中心にあるシンタグマ広場ではクリスマス前のイルミネーションが飾られ、イベントでにぎわっていましたが、そこから一歩横の道に入ると、これも3年前より人通りがやや少なく、デパートやレストランなども比較的すいていました。ギリシャ人は12月になると日曜日によくパーティーを行う習慣があるそうですが、「今年(2015年)は皆あまりやらない」そうです。

ギリシャの失業率は2015年9月のデータが最新ですが、それによると24.6%です。ピークだった27%台からは少し低下していますが、それでも4人に1人が失業中という高水準で、相変わらずユーロ圏で最も高くなっています。中でも25歳以下の若者の失業率は49.5%と、日本からは想像のつかないような雇用情勢が長期化しています。そのため政府系機関などが人員をすると多数の応募者が殺到するそうで、最近では国立病院が看護師50人を募集したところ5000人が応募したという事例を聞きました。

ギリシャとユーロ圏の失業率

底を這うような経済状態、追い討ちをかけているのが難民の流入

このように経済危機によって一気に落ち込んだ景気が、その後もなかなか回復せずに底を這うような経済状態が続いているのです。これに追い討ちをかけているのが、シリアなど中東・北アフリカからの難民の流入です。このニュースは昨年夏から秋にかけて日本でも連日大きく報道されていましたが、冬になった現在も難民の流入は続いています。

国連難民高等弁務官事務所によると、昨年1年間に地中海を渡って欧州に入った難民の数は前年比で5倍近くの約101万5000人に達し、100万人の大台を突破しました。そのうち85万人余りがギリシャに入国しています。月別にみると昨年10月がピークで、その後はやや減少していますが、それでも昨年7月以前より多い人数です。冬の海を決死の覚悟で渡ってくる難民が現在でも次々とギリシャに上陸してきているのです。

欧州への難民流入数

このためギリシャ政府はエーゲ海の島々やアテネ市内に急きょ収容施設を設置していますが、それでも追いつかず、一部の難民がアテネ市内の公園で野宿しています。ほとんどの難民はギリシャ上陸後に陸路で中央ヨーロッパからドイツなどをめざすわけですが、難民の入国を制限する国が増えているため、ギリシャ滞在期間が長くなるケースが増えているそうです。

このため難民と地元民との間でトラブルが発生することも多く、私がちょうど難民収容施設の一つを取材しようとしたとき、その前日の夜に難民たちと極右グループとの間で暴力的な衝突事件が起き、当局が難民を他の収容施設に移動させているところに遭遇しました。

こうした難民対策や警備にかかる費用の増加で、ただでさえ財政難に苦しんでいるギリシャにとってはたいへんな負担となっています。

政府の資金繰りはギリギリの状態が依然として続く

ギリシャは昨年夏、財政改革受け入れと引き換えにEUから金融支援を受けることで合意し、当面デフォルトの心配はなくなりました。しかし政府の資金繰りは実はギリギリの状態が依然として続いています。政府の支出は毎月の公務員給料支払いと年金支給が最優先に行われ、他への支出の余裕がほとんどないそうです。そのため政府に資材や物品を納入している業者の多くは何カ月も支払いをもらえないで困っているという話も耳にしました。

それではギリシャ経済は今後は改善に向かうのでしょうか。救いは、観光が好調なことです。ギリシャを訪れた外国人は2013年は1792万人、2014年は2203万人と2年連続で過去最高を記録していましたが、2015年は1-9月の実績で前年同期比8.6%増の2062万人となっており、3年連続で過去最高となった模様です。

ギリシャへの外国人旅行者数

経済危機のさ中にあった2015年の数字としては意外な印象もありますが、実際、アテネ市内やエーゲ海の島ではオフシーズンのわりには観光客の姿が目立ちました。休日を利用してエーゲ海の3つの島を駆け足で回ってみましたが、同じ船にはヨーロッパの他の国々をはじめ、ロシア、米国、ブラジル、アルゼンチンなど数多くの国からの観光客が乗り合わせていました。

余談になりますが、船上では現地ツアー会社のギリシャ人スタッフが乗客のそれぞれの国の歌をそれぞれの言語で次々に歌うという"神業"を披露し、乗客が一緒にダンスするなどの企画が用意されていました。その途中では「上を向いて歩こう」を日本語で歌い、多くの乗客がそれに合わせて一緒に歌う一幕もありました。ちょっとした"国際交流"に大いに盛り上がったわけですが、ギリシャ観光のそんな楽しみ方も魅力のようです。

エーゲ海の観光地の一つ、イドラ島(筆者撮影)

財政改革による痛みをギリシャ国民が味わうのはこれから

ギリシャの基幹産業である観光が好調なことは、低調なギリシャ経済を下支えことになり、明るい材料です。ではギリシャ経済の見通しはどうなるのでしょうか。底ばい景気はしばらく続きそうです。短期間に再び悪化する可能性は薄らいでいるとは言えそうですが、しかし急速な改善も見込みにくいというところでしょう。ただその中で、ある一つのリスクを指摘する声がありました。それは財政改革による痛みをギリシャ国民が味わうのはこれからだということです。

昨年夏の財政改革合意を受けて、改革実施に必要な関連法が順次成立していますが、法律は出来たものの実施段階には至っていないものが多いのです。これから実際に増税や年金カットなどが実施されるようになると、その段階で消費が一段と低迷するなどの影響が出てくる可能性があります。

またその時点で再び緊縮反対の声が強まる可能性があり、改革先延ばしの動きが出てくることも考えられます。そうなればEUとの対立や債務危機が再燃することが懸念されますし、再び政治的な不安定化につながるおそれもあります。そうなればチプラス首相のことですから、またまた解散・総選挙に打って出るかもしれません。

今年は年明けから、中国経済の減速懸念、サウジアラビアとイランの断交などによる中東情勢の一段の混乱と原油安など海外情勢が波乱の展開となっており、株価が急落しています。そのような状況だけに、せめてギリシャが再び混乱に陥らないように願うばかりです。

(※岡田晃氏の人気連載『経済ニュースの"ここがツボ"』ギリシャ関連の解説記事は以下を参照)

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執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。