ギリシャ総選挙の与党勝利、欧州ではひとまず安心感

ギリシャのチプラス首相の突然の辞任と議会解散からちょうど1カ月、8月20日に実施されたギリシャの総選挙はチプラス氏率いる与党・急進左派連合(SYRIZA)の勝利に終わりました。選挙前には結果によっては再びギリシャ情勢が流動的になるのではないかとの懸念も出ていましたので、欧州ではひとまず安心感が広がっています。

今回の総選挙のいきさつについてはこの連載の前号(8月25日付け)で詳しく書いた通りですが、事前の世論調査では最大野党・新民主主義党(ND)との大接戦が予想されていました。しかし選挙の結果、NDは改選前より1減の75議席にとどまり、与党・SYRIZAは改選前の149議席から4議席減らしたものの145議席を確保し、大差をつけて第1党の座を守りました。SYRIZAと連立を組んでいた独立ギリシャ人も10議席(改選前は13議席)を獲得し、両党で引き続き連立政権を継続する見通しとなりました。

ギリシャ議会の新議席数(定数300)

チプラス氏の党内基盤が強化、EUとの関係も当面は改善

この結果だけから見ると、連立与党は若干議席を減らしたものの、議会の勢力図は大筋でほとんど変化が出なかったように思えます。議席数の"量"ではその通りですが、"質"の面では重要な変化が起こっています。それはSYRIZAの"質的な変化"です。先ほど「改選前の149議席」と書きましたが、実はそのうち25人はチプラス首相が緊縮策を受け入れたことに反発して離党していました。つまり「緊縮受け入れ」に転じたSYRIZAは実質的には124議席から145議席へとかなり増加したのです。

その分、チプラス氏の党内基盤は強化されたと言えるわけです。総選挙で国民の信任を得て党内基盤も強化したチプラス氏が、今後は緊縮策を確実に実行していくうえで指導力を発揮しやすくなることが期待されます。金融支援策をめぐって悪化したEUとの関係も当面は改善に向かいそうです。

チプラス氏

ただ、ここで一つの疑問がわきます。最大野党のNDはもともと緊縮受け入れ派ですし、政治的にもドイツなど多くのEU諸国の政権与党と近い路線の中道右派の政党ですから、「NDが勝利した方がEUにとっては好ましいはずでは?」と思う人もいるかもしれません。確かにそうです。ただ現在のギリシャの政治的な状況では、国民が緊縮を受け入れたものの、それでも緊縮への反発心が強いというのが現実で、SYRIZAがそうした国民感情の受け皿になっていると言えます。それがSYRIZAの勝因で、そのような政権であるほうが政治的な混乱を抑えやすいという側面もあるのです。

ギリシャ危機はもう心配ない?

それではギリシャ危機はもう心配ないかというと、必ずしもそうではありません。SYRIZAの中には、緊縮策の関連法案の採決で造反しながら離党しなかった議員もいますし、本音では緊縮反対という議員もかなりいると見られています。その意味ではチプラス体制は決して安泰ではありません。

またチプラス氏やSYRIZAの政治的な思想は左翼であり、本質的には「反緊縮」であることに変わりはありませんし、EU統合の理念に対しても懐疑的あるいは消極的です。緊縮策を受け入れたのは、他に選択肢がない状況下での不本意な決断だったと思われます。今後緊縮策を実行していくにつれて国民の反発が再び高まる事態がもし起きることがあれば、EUとの合意を実行しなくなるのではないかとの疑念は消えません。当面はともかく中長期的にはギリシャ危機再燃の懸念はなくならないのです。

中東からくる難民にとってギリシャは欧州に入る玄関口

もう一つ、浮上したのが難民への対応です。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年に入ってから地中海を渡って欧州に流入した難民・移民の数は9月22日現在で47万7900人、そのうちギリシャに入った人は34万7500人に達しています。難民の現状については当マイナビニュースの別の連載「経済ニュースの"ここがツボ"」の9月16日付けで書きましたが、難民の流入は特にここ数か月で急増しており、9月は22日までで欧州全体で12万5000人、ギリシャは11万3000人に達しています。

難民の流入数

中東からやってくる難民にとってギリシャは欧州に入る玄関口となっているため、特に最近は集中しています。大勢の難民が対岸のトルコなどからエーゲ海をわたってギリシャ東部の島に続々と上陸し、島中が難民であふれる状態だということです。報道によれば島民との間で衝突も起きています。

エーゲ海に浮かぶギリシャの多くの島はリゾート地となっており、観光産業はギリシャの基幹産業です。そこに難民が押し寄せたことから観光客が減っているそうで、ただでさえ経済危機で苦しい上に経済的な打撃が加わる形になっています。政府の財政面でも難民の受け入れや支援に伴う財政支出の負担が大きく、難民流入はギリシャ経済再建のシナリオを狂わせるおそれが出ているのです。

ただ難民の最終目的地はギリシャではありません。多くの難民はギリシャから陸路でバルカン半島を経由してハンガリー、オーストリアなどを通過してドイツに向かっています。あまりにも急激な難民の流入のためハンガリーなどは国境を閉鎖して難民の流入を阻止する手段に出ました。難民受け入れを表明しているドイツでさえ、オーストリアからの国際列車の一時運行停止に踏み切りました。

ギリシャにとどまる難民が増加、ギリシャの負担を増大させる可能性

22日にはEU閣僚理事会で、シリアなどからの難民12万人の受け入れ分担を賛成多数で可決しましたが、ハンガリーなど東欧諸国はなお受け入れ分担に反対しており、まだまだ混乱は続きそうです。ギリシャからドイツに向かった難民が行く手を阻まれる一方で、なおも難民がギリシャに押し寄せているため、ギリシャにとどまる難民が増えています。こうしたことがギリシャの負担を増大させる可能性があるのです。

この問題にどのように対応するのかは今回の総選挙でも争点となりました。日本経済新聞は「爆弾の爆発を待つようなものだ」という難民担当副大臣(選挙期間中の暫定内閣)のコメントを伝えています。第2次チプラス政権は財政再建と難民問題という課題を背負っての船出となりそうです。

(※岡田晃氏の人気連載『経済ニュースの"ここがツボ"』ギリシャ関連の解説記事は以下を参照)

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執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。