連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


狙いは、与党内の緊縮反対勢力を排除した自らの政権基盤強化

ギリシャのチプラス首相がまたまたやってくれました。突如、首相を辞任し、9月の総選挙実施に打って出たのです。せっかくEUによるギリシャ支援が始まり危機はいったん収束したかに見えたのに、なぜわざわざ波風を再び起こすようなことをするのでしょうか。このところ中国経済への懸念で世界市場は動揺している最中であり、ギリシャ情勢が再び悪化するようなことになれば、世界経済にとって懸念材料が重なることになりかねません。

ギリシャ支援をめぐっては、すでにEUとギリシャが7月に基本合意しましたが、それをうけてギリシャ議会では金融支援を得るのに必要な財政改革関連法案について主要法案ごとにすべて可決し、EU側も8月20日までに総額860億ユーロ(11兆8000億円)の金融支援を正式決定しました。20日にはその第1回分として130億ユーロの融資を実行し、ギリシャ政府は同日に期限を迎えていた国債32億ユーロの返済を無事終えました。

これで当面の問題はすべて決着したかに見えました。ところがその日の夜になって、チプラス首相が突然、テレビ演説で首相辞任と総選挙実施を表明したのです。狙いは、与党内の緊縮反対勢力を排除して自らの政権基盤を強化することにあります。

EUとの合意によって危機が落ち着いた今なら選挙に勝てるとの読み

皆さんもご存じのように、今年1月の総選挙で勝利し首相の座についたチプラス氏はEUとの交渉で緊縮拒否の強硬な姿勢を貫いていましたが、土壇場になって緊縮策受け入れ否かで国民投票を実施、「緊縮拒否」が多数を占めました。ところがチプラス首相は一転して緊縮受け入れを表明し、それによってEUと合意に至ったといういきさつがあります。

しかしこのようなチプラス首相に対し与党・急進左派連合(SYRIZA)の一部議員は「変節」と反発を強め、財政改革法案の採決では毎回40人前後の議員が反対や棄権に回りました。造反した議員のうち25人はSYRIZAを脱退して新党を結成したとの報道もありました。これまでSYRIZAの議席数は149。全300議席の半数に1議席足りないため、独立ギリシャ人党(議席数13)という右派政党と連立を組んで過半数を確保していましたが、今回の一連の造反で連立与党は事実上過半数割れに陥っているのです。財政改革法案は、もともと緊縮を支持する野党の賛成を得て成立させましたが、チプラス首相の政権基盤がやや弱まっていることは確かです。

そこで総選挙に打って出て、あらためて支持を獲得して政権基盤を固めようというのが、今回の狙いです。7月の国民投票では緊縮反対の方が多数だったわけですが、EUとの合意によって危機が落ち着いた今なら選挙に勝てるとの読みがあるのでしょう。しかも今後の緊縮策の実行によって景気が一段と悪化する恐れがあるため、時が経てば経つほど国民の反発が強まる可能性があります。それなら選挙は早い方がいい、そんな計算がうかがえます。

現地の世論調査によると、7月下旬の時点ですがSYRIZAの支持率は33.6%で、第2党である野党・新民主主義党(ND)の17.8%を大きく引き離しています。こうした数字もチプラス首相の決断を後押ししたのかもしれません。

政局の混乱が続くようなら、EUと約束した財政改革が遅れるかストップする恐れ

しかしこれは大変な賭けと言わざるを得ません。総選挙は9月20日頃に実施される見通しのようですが、チプラス首相の思惑通り与党が勝てる保証は何もありません。与党からの造反組の議席数を差し引くと、選挙後の単独政権は困難とみられますし、逆に議席を減らせば連立の新たな枠組みをめぐって政局が混乱する可能性があります。場合によっては、対立していた野党・NDとの連立など連立の組み替えもありうるでしょう。

もし今後も政局の混乱が続くようなら、EUと約束した財政改革の実行が遅れるかストップしてしまう恐れがあります。そうなれば、EUからの金融支援の続行が滞ったり見送られたりする可能性もあり、またぞろギリシャが資金繰りに支障が出るような事態も起こり得ます。

"中国ショック"に加え、ギリシャ情勢も世界経済の不透明要因

そもそもギリシャ危機の背景の一つに、政治の混乱あるいは劣化がありました。

この連載第1回で書きましたように、1970年代以降、長年にわたって政権交代を繰り返してきたND、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)の2大政党が人気取り政策に終始したこと、財政赤字の統計をごまかしていたことなどが、危機の遠因を作ったわけですし、危機が起こって以降も対応が後手に回って支持を失っていきました。現在の政権を担うSYRIZAも大衆迎合主義の傾向が強いうえ、チプラス首相の政治手法は今回のやり方や7月の国民投票のように、一種の政治的賭けを好むかのように見えて危うさを感じます。

このところ、中国の景気減速への不安が高まり、世界の株価下落が続いています。

"中国ショック"ともいえる状況ですが、それに加えてしばらくの間はギリシャ情勢も不透明要因として意識しておいた方がよさそうです。

(※岡田晃氏の人気連載『経済ニュースの"ここがツボ"』ギリシャ関連の解説記事は以下を参照)

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執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。