ギリシャ政府とEUは金融支援と財政改革で合意し、ギリシャの経済破綻とユーロ離脱という最悪の危機は脱しました。しかし問題はまだ山積みで、いずれ危機が再燃する可能性は残っています。この連載では、今回のギリシャ危機とはいったい何だったのかをあらゆる角度から振り返りながら、今後のギリシャと欧州の行方を考えます。日本経済にとっても学ぶべき教訓が満載です。


「ギリシャ人に言わせれば、すべてあらゆるものは、ギリシャ文明から派生」

アテネ市の中心部に、あの有名なアクロポリスとその丘の上に建つパルテノン神殿があります。古代ギリシャ時代の紀元前438年に完成したと伝えられるパルテノン神殿は白い大理石で作られ、その美しさと荘厳さは見る人を圧倒します。世界遺産に登録されており、世界中から観光客が訪れています。

アテネの中心部にあるパルテノン神殿はギリシャ人の誇り(2011年、筆者撮影)

これこそがヨーロッパ文明と民主主義の発祥の国・ギリシャの象徴です。アテネ市内には高層ビルがほとんどないため、市内のどこへ行ってもアクロポリスとパルテノン神殿が見えます。毎日これを見上げて暮らすアテネの人たちは、それを誇らしげに思う気持ちが自然に培われているのでしょう。

古代ギリシャ人は自分たちのことを女神ヘレネーに由来する「ヘレネス」と称し、ギリシャ人以外の民族を「バルバロイ」と呼んだそうです。この言葉が後に英語のバーバリアン(野蛮人)の語源となったものです。古代ギリシャで生まれた哲学や自然科学、芸術などは当時の最先端であり、オリンピックのように今日に受け継がれているものも少なくありません。

欧州在住のジャーナリスト、片野優・須貝典子両氏著『こんなにちがうヨーロッパ各国気質』によると、「ギリシャ人に言わせれば、すべてあらゆるものは、ギリシャ文明から派生したもので、イタリアのピザも日本の着物もギリシャ文明に起因していると豪語する」そうです。

ギリシャの歴史は、プライドとは裏腹に"屈辱"の歴史

しかしギリシャの歴史はそうしたプライドとは裏腹に、屈辱の歴史だったと言っても過言ではありません。古代ギリシャが衰退した後はローマ帝国の属州となり、ローマ帝国分裂後は東ローマ帝国に属していました。1453年に東ローマ帝国がオスマン・トルコによって滅ぼされると、以後400年にわたってトルコの支配を受けることになりました。ようやく1800年代になって独立を果たしましたが、20世紀に入ってからもナチスドイツによる占領、第2次世界大戦後の内戦、軍事独裁政権など苦難が続きました。

ギリシャが民主主義を取り戻したのは1974年。軍事独裁政権が崩壊し共和制に移行しましたが、経済的には貧しく、主力産業は農業と観光ぐらいでした。欧州の経済発展からは取り残され、多くのギリシャ人は欧州の他の国に出稼ぎに行っていました。こうした経済状態は現在でも基本的には変わっていません。

過去の栄光に基づくプライドがギリシャ危機深刻化の一因

このような現実であるにもかかわらず、というより、そうであるからこそギリシャ人は過去の栄光を誇りにしてプライドを持ち続けました。それは貴重なことではありますが、それが今回のギリシャ危機を深刻化させる一因の背景になったことは否定できません。たとえば金融支援をめぐるEUとの一連の交渉。支援してもらう側のギリシャは「借りた金が返せないのだから仕方がない」「助けるのが当然」と言わんばかりの態度で、これが事態を一段とこじらせたことは間違いないでしょう。

そもそも財政赤字が膨大な規模に膨らんでしまったこと自体、ギリシャの国民性が影響していたとも言えるのです。財政赤字の原因として公務員天国、過大な年金などはたびたび指摘されてきましたが、高いプライドがいつの間にか過剰な権利意識となり、いったん手にした高待遇は既得権と化していたという構図がありました。

民主主義が"変質"、人気取り政策がエスカレート

これには民主主義の"変質"という点も指摘する必要があります。1974年に軍事独裁政権が崩壊して共和制に移行したことは前述の通りですが、その後は中道右派政党・新民主主義党(ND)と中道左派政党・全ギリシャ社会主義運動党(PASOK)の2大政党が政権交代を繰り返してきました。その過程で両政権ともに、選挙目当てのバラマキ政策をとり続けてきました。また政権の足元を固めるため、それぞれが公務員の支持を得ようとして待遇をどんどん良くするなど人気取り政策をエスカレートさせていったのです。

前回危機の最中の2011年にギリシャを訪れた際、すでに失業率は20%を超え、25歳未満では50%近くに達していましたが、その実態を取材していて、こんな話を聞きました。「年金は早期退職で55歳から年金がもらえて、その金額は現役時代とそれほど変わらない。だから息子が失業しても一家は暮らしていける」と。その後の緊縮で受給金額は削減され、今回の年金改革受け入れで支給開始年齢は引き上げられることになりましたが、これまでは極めて恵まれていたわけです。

こうしたことが一種の既得権のようになって、財政再建がなかなか進まなかったのです。これは本来の民主主義の姿ではないと思います。既得権を守ることを主張するのも民主主義ですが、民主主義には責任が伴うものです。既得権を守ることばかりにこだわっていると国が亡びかねないことを、ギリギリのところでギリシャの人たちは感じたのではないでしょうか。ギリシャ危機は、本来の民主主義はどうあるべきかを私たちにも教えてくれた気がします。

(※岡田晃氏の人気連載『経済ニュースの"ここがツボ"』ギリシャ関連の解説記事は以下を参照)

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執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。