単眼立体視と両眼立体視の有効範囲

人間は、現実世界では、単眼立体視と両眼立体視を組み合わせることで、立体視を行っているとされている。

米コーネル大学の心理学研究所のJames E. Cutting教授は、自身の研究論文の中で、単眼立体視と両眼立体視の有効範囲をまとめた関係グラフを示している。

グラフは対数スケールになっており、原点は観測者の立ち位置に相当する。横軸は、観測者から距離D1および距離D2離れた2つの対象物までの平均距離(メートル)を表している(ただし、D1≧D2の関係)。

縦軸は2つの対象物までの距離差(すなわち2つの対象物間の距離)が、2の対象物までの平均距離に対する比を表している。縦軸の数式は一見、分かりにくいが、要は、(D1-D2)÷((D1+D2)÷2)の意味である。

さて、例えば、今、「両眼視差」のプロットに着目してみよう。横軸2メートルのところに縦軸0.01を読み取ることが出来る。これにはどういう意味を読み取れるのか。

例えば、2つの対象物がそれぞれ199cm離れた場所(D2)と201cm離れた場所(D1)にあったとき(平均距離200cm=2m)、これの前後関係が判別出来たとするとわずか2cm(=201cm-199cm)離れたもの同士の前後関係を判別出来たと言うことになる。この感度を比で表すと0.01(=2cm÷200cm)となる。もし、2つ対象物の平均距離が200cmのとき、2つの対象物同士の距離が1cmのときに前後関係が判別出来たのならば0.005(=1cm÷200cm)がプロット出来たはずだが、このグラフではプロットされていないので、そうした判別は出来なかった……と言うことだ。

まとめると、縦軸が高ければ高いほど、その距離で、僅かな前後関係を見抜ける……ということをこのグラフは表しているのだ。

単眼立体視と両眼立体視、それぞれの有効範囲。緑…両眼立体視。赤…単眼立体視

【参考文献】CQ出版「インターフェース」(2011年1月号)、「今さら聞けない3Dの超基本知識」河合隆史

単眼立体視と両眼立体視、それぞれの特性

これらのことを踏まえて、このグラフを見ると、いろいろなことが見えてくる。

「遮蔽」は、かなり遠方でも、その前後関係が明確に分かるために、立体空間を把握するための有効な手がかりとなると言うことが読み取れる。

同様に「相対的な大きさ」「相対的な密度」は、感度こそ「遮蔽」に劣るが、近場から遠方まで、安定した立体空間の把握が出来る有効な情報ということが分かる。

「空気遠近」は、対象物が近いときには、空気遠近を実感出来ないため、距離が短い時には立体視感度はよくない。しかし、ある程度、対象物が離れてくると空気遠近の情報が有効になり判断の正確性も上がる。しかし、一定距離以上離れると、霞んでしまうため立体視感度は急激に降下する。

この空気遠近と逆の特性の立体視感度を示しているのが「運動視差」だ。対象物までの距離が近すぎると動体の速さが掴みにくいため、距離が近いうちは立体視感度がよくない。「個人空間」の範囲では対象物までの距離を取れば取るほど立体感度は向上するが、「行動空間」以降の距離では徐々に立体感度は減退していく。ものすごく早く飛んでいるはずの飛行機も遠ければ遅く見えるし、遠くを飛ぶ飛行機の前後関係はよく分からない……というのは現実世界で経験したことがあるだろう。

「輻輳」は両眼立体視、「水晶体の焦点調節」は単眼立体視だが、両者は深い連動関係にあるため、よく似た立体視感度を示している。ただ、立体感を正確に把握出来る有効範囲は「行動空間」の10メートルほどまで。対象物までの距離間はある程度把握出来ても、2つの対象物の前後関係を把握する感度はそれほど優秀ではないことがこのグラフから読み取れる。

「両眼視差」は近場では高感度だが、対象物が遠くなると視界における高さの方が有効な立体視情報となるというのが興味深い。

「視界における高さ」は、立体視感度はそれほどよくなくても、遠景が見える範囲全てにおいて有効な情報となることが読み取れる。

これらの情報を理解できると、立体視対応映像を設計する際の指針なども見えてくる。

例えば立体視映像を現状の3Dテレビや3Dディスプレイで表示しようと考えた場合、両眼視差に頼っている現状の3Dテレビや3Dディスプレイでは、両眼視差が有効範囲外の奥行き1km以上の表現は1枚板に描き割りとしてしまっても、ユーザーはその距離感の判別が出来ないだろうという想定が出来る。ゲームなどのリアルタイム3Dグラフィックスでは、映像が動くため、これを立体視にしたときは運動視差の有効範囲にも配慮しなければならないが、こちらも有効範囲は1km程度までなので、「1km以上の遠景は描き割りとする手抜き」は使えるかも……と想定出来る。

そして、1km以上離れた遠景で、奥行き感を出したいならば、空気遠近などの導入を検討するとよいかも知れない……という予測も可能となる。

(続く)

(トライゼット西川善司)