【コラム】

3Dグラフィックス・マニアックス

72 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(1)~3Dモデルの変形に対応した動的PRT技術の台頭

 

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3Dモデルの変形に対応した動的PRT技術の台頭

PSF技法ベースのPRTは、自身の遮蔽、他者への遮蔽を考えることにより、シーンに存在する3Dモデルの移動や回転を許容する動的PRTが可能になった。これは、ビリアードのようなテーブルゲームや、ブロックパズルゲームのような3Dゲームグラフィックスには応用できそうだ。

しかし、3Dモデルの形状が変更できない、変形できないという制約は、実質的に部位が折れたり曲がったりする人間や動物のような生き物を取り扱えないということに等しい。これは、リアルタイム3Dゲームグラフィックスへの応用を考えると大きな制約だといえる。

そんな中、2006年のSIGGRAPHで、Zhong Ren氏らが、「Real-time Soft Shadows in Dynamic Scenes using Spherical Harmonic Exponentiation」という論文を発表し、PSF技法の動的PRTをベースにしながら自身の変形までをサポートする技術を発表した。

それが「SH Exponentiation」(SHEXP)というソリューションだ。

これまで形状変形が実現できなかったのは、シーンに登場するそれぞれの3Dモデルを「1個の剛体」として見なしてきたためだ。

SHEXP技法では発想を転換し、登場する3Dオブジェクトを、様々な大きさからなる球体の集合体として捉えるのだ。つまり、3Dモデルのその形は複数の色んな大きさの球体が集まって構成されているもの……として解釈して処理を進めるのだ。

これならば、その3Dモデルがどう変形したとしても「その3Dモデルを構成している球体が移動しただけ」と見なすことができる。

3Dモデルを複数の球の集合体として考えれば、3Dモデルの変形は球の移動として考えられる。すなわち剛体が移動することに対応したPSF技法による動的PRTが応用できることになる

SHEXP技法の実現に当たっての障害

このアイディアは素晴らしいのだが、いくつかの乗り越えなければならない問題が浮上してくる。

第一に、3Dモデルをどうやって球体に近似するかという実現方法について。理想は自動的に行うことだが、その3Dモデルにどのような変形を許容するかといった部分が複雑に関係してくるため、現実的には球近似化のオーサリングツール等を制作して、アーティストに球体化処理を手作業でしてもらうというのが一番の得策といえるかもしれない。

この球体近似については2つの論文が参考になるとされている。

1つはRiu Wang氏が2006年のPacificGraphicで発表した「Variational Sphere Set Approximation for Solid Objects」という論文だ。2つ目はGareth Bradshaw氏が2004年のSIGGRAPHで発表した「Adaptive Medial-Axis Approximation for Sphere-Tree Construction」という論文だ。ピラミッド社の実装では後者の論文の手法を実装したとしている。

ドラゴンの3Dモデルを異なるレベルで球状近似した様子

第二に、球で3Dモデルを近似してしまうと、細かい凹凸やトゲのような鋭利なディテールが失われてしまうという問題がある。これはディテール部の球体近似には直径の小さい球を用いることでそれなりの対応はできる。ただし、その場合は球の数が多くなり、PRT処理の際の負荷が高くなる。つまり、第三の問題とも関連が深いのだが、そのターゲットシステムの処理速度に応じて、どの程度の品質で球体近似するかを決定することになるだろう。

第三は処理速度の問題。3Dモデルを球体で近似できたとして、その全ての球に対して相互にPSF技法の動的PRTを行うことになる。つまり、処理負荷の高いSH Triple Productの回数は激増し、演算負荷がとても高くなってしまう。

第一と第二の問題はなんとか工夫で対応ができるが、この第三の問題は根本的な解決が必要となる。

そこでZhon Ren氏らの研究グループは、このSH Triple Product演算コストを低減するために「SH Log」と「SH Exp」という2つの新しい演算メソッドを開発した。(続く)

オリジナル3Dモデル

球体近似した3Dモデル

形状変形されても地面への影はもちろん、身体の各部位間の相互遮蔽なども配慮される。球体近似によってこそ、実現された技術。床の影やセルフシャドウは球体近似により、相当ぼやけているが、現実世界の影もこのようなもやっとしたものになることを考えれば、十分な品質といえる

(トライゼット西川善司)

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インデックス

連載目次
第99回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(4)~単眼立体視と両眼立体視の有効範囲の考察
第98回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(3)~両眼立体視
第97回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(2)~単眼立体視(2)
第96回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(1)~単眼立体視(1)
第95回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(19)
第94回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(18)
第93回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(17)
第92回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(16)
第91回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(15)
第90回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(14)
第89回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(13)
第88回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(12)
第87回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(11)
第86回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(10)
第85回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(9)
第84回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(8)
第83回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(7)
第82回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(6)
第81回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(5)
第80回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(4)
第79回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(3)
第78回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(2)
第77回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(1)
第76回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(5)~SH Exp演算の大胆な近似による高速化
第75回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(4)~SH Log演算とSH Log次元における遮蔽の統合
第74回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(3)~帯域調和関数(Zonal Harmonics)の導入
第73回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(2)~SH LogとSH Expとは?
第72回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(1)~3Dモデルの変形に対応した動的PRT技術の台頭
第71回 限定条件付き動的PRT(2)~PSF技法におけるライティング
第70回 限定条件付き動的PRT(1)~動的PRT第一段階PSF技法とは?
第69回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(4)
第68回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(3)
第67回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(2)
第66回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(1)
第65回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTとは?
第64回 表面下散乱によるスキンシェーダ(8)~表面下散乱とスキンシェーダ(6)
第63回 表面下散乱によるスキンシェーダ(7)~表面下散乱とスキンシェーダ(5)
第62回 表面下散乱によるスキンシェーダ(6)~表面下散乱とスキンシェーダ(4)
第61回 表面下散乱によるスキンシェーダ(5)~表面下散乱とスキンシェーダ(3)
第60回 表面下散乱によるスキンシェーダ(4)~表面下散乱とスキンシェーダ(2)
第59回 表面下散乱によるスキンシェーダ(3)~表面下散乱とスキンシェーダ(1)
第58回 表面下散乱によるスキンシェーダ(2)~ハーフライフ2で採用の疑似ラジオシティライティング(2)
第57回 表面下散乱によるスキンシェーダ(1)~ハーフライフ2で採用の疑似ラジオシティライティング(1)
第56回 水面の表現(5)~大きな波
第55回 水面の表現(4)~水面のライティング(2)
第54回 水面の表現(3)~水面のライティング(1)
第53回 水面の表現(2)~動的なさざ波
第52回 水面の表現(1)~水面表現の歴史
第51回 HDRレンダリング(11)~トーンマッピング
第50回 HDRレンダリング(10)~HDRブルーム/グレア処理
第49回 HDRレンダリング(9)~HDRテクスチャ
第48回 HDRレンダリング(8)~HDRレンダーターゲット
第47回 HDRレンダリング(7)~HDRレンダリングのプロセス
第46回 HDRレンダリング(6)~HDRレンダリングの歴史と動向(2)
第45回 HDRレンダリング(5)~HDRレンダリングの歴史と動向(1)
第44回 HDRレンダリング(4)~HDRレンダリングの第三の効能
第43回 HDRレンダリング(3)~HDRレンダリングの第二の効能
第42回 HDRレンダリング(2)~HDRレンダリングの第一の効能
第41回 HDRレンダリング(1)~HDRレンダリングとは?
第40回 ジオメトリシェーダ(11)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(7)
第39回 ジオメトリシェーダ(10)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(6)
第38回 ジオメトリシェーダ(9)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(5)
第37回 ジオメトリシェーダ(8)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(4)
第36回 ジオメトリシェーダ(7)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(3)
第35回 ジオメトリシェーダ(6)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(2)
第34回 ジオメトリシェーダ(5)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(1)
第33回 ジオメトリシェーダ(4)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用(4)
第32回 ジオメトリシェーダ(3)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用(3)
第31回 ジオメトリシェーダ(2)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用(2)
第30回 ジオメトリシェーダ(1)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用・ステンシルシャドウボリューム技法の影生成を加速する
第29回 影の生成(10)~改良型デプスシャドウ技法(5)
第28回 影の生成(9)~改良型デプスシャドウ技法(4)
第27回 影の生成(8)~改良型デプスシャドウ技法(3)
第26回 影の生成(7)~改良型デプスシャドウ技法(2)
第25回 影の生成(6)~改良型デプスシャドウ技法(1)
第24回 影の生成(5)~デプスシャドウ技法
第23回 影の生成(4)~ステンシルシャドウボリューム技法(2)
第22回 影の生成(3)~ステンシルシャドウボリューム技法(1)
第21回 影の生成(2)~投射テクスチャマッピング技法
第20回 影の生成(1)~3Dグラフィックスにおける2つのカゲの存在
第19回 バンプマッピングの先にあるもの(3)~セルフシャドウ付き視差遮蔽マッピング
第18回 バンプマッピングの先にあるもの(2)~視差遮蔽マッピング
第17回 バンプマッピングの先にあるもの(1)~視差マッピング
第16回 微細凹凸表現の基本形「法線マップ」(3)
第15回 微細凹凸表現の基本形「法線マップ」(2)
第14回 微細凹凸表現の基本形「法線マップ」(1)
第13回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(5)
第12回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(4)
第11回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(3)
第10回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(2)
第9回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(1)
第8回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(8)
第7回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(7)
第6回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(6)
第5回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(5)
第4回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(4)
第3回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(3)
第2回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(2)
第1回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(1)

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