【コラム】

3Dグラフィックス・マニアックス

43 HDRレンダリング(3)~HDRレンダリングの第二の効能

 

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HDRレンダリング第二の効能~露出のシミュレーションが行える

第一の効能は、埋もれていた低い反射率の陰影が見えるようになる……というようなわかりやすい例だったが、逆に、高輝度の光源で高反射率の材質(金属のような鏡面反射など)では当然、陰影処理の結果はディスプレイ表示色を超えた色(輝度)になってしまう。現在、一部のメーカーからハイダイナミックレンジディスプレイ装置というものが発売され始めているが、まだまだ高価で一般向けではない。

よって、HDRレンダリングによって生成されたフレーム(映像)を、一般に普及しているディスプレイで表示するには、どうしても「表示するための調整(≒減色)加工処理」が必要になってくる。この処理系は「トーンマッピング」(Tone Mapping)と呼ばれ、広義には、この処理を含めてHDRレンダリングと呼ぶこともある。

旧BRIGHTSIDE社(現在はDolbyが買収取得)開発、日商エレクトロニクス社発売のHDRディスプレイ「DR37-P」。コントラスト比20万:1、最大輝度3000cd/平方m

さて、前出の「視覚のダイナミックレンジ」の図に示したように人間の視覚において、人間が知覚できるダイナミックレンジは80~120dB前後といわれる。しかし、実際に一度に色として知覚できる範囲は、見ているシーンの最大輝度、あるいは平均輝度に引っ張られてしまう。

例えばこういう経験があるはずだ。携帯電話を室内で開いたときには液晶画面がよく見えるのに、晴れた日の屋外で開くとほとんど見えない。携帯電話の液晶ディスプレイの明るさは変わっていないのに、見えるときと見えないときがある。

これは、人間の目にある光彩(Iris)という部位が、見ている情景全体の輝度に適応して閉じたり開いたりして、眼球内に通す光量を調整しているために起こる現象だ。室内では光彩を開け気味にして網膜に光を多く取り入れていたので、液晶画面の光も明るく見えるが、屋外では光彩が絞られて網膜への光量が減り、液晶画面程度の輝度では網膜に届きにくくなっていたというわけだ。

HDRレンダリングでは、とても暗い輝度領域からとても明るい輝度領域までの陰影を正しくバッファに記録しているので、そのシーンの平均輝度を求めてから、その値を中心としてトーンマッピングを行えばそのシーンを適正輝度で見ることができる。もちろん、適正輝度範囲以下の階調は死んで黒に落ち込んだり、範囲以上の階調は白に飛んだりしてしまうわけだが、実際我々の視覚もそうなのだから、リアルな視界を再現するという意味合いにおいては、それはむしろ好都合となる。このトーンマッピング工程は、目の光彩が見やすい絞りで見る動作を真似たことに相当するのである。

なお、このトーンマッピングを毎フレーム単位で瞬間に行うのではなく、若干の遅延を伴って徐々に行うと、さらにリアリティが増す。

現実世界でも、暗い部屋から明るい屋外へ飛び出すと、一瞬目がくらむ眩しさに包まれるが、次第に目が慣れていき適正な輝度バランスで情景が目に入ってくるようになる。

この、適正輝度に調整する動的なトーンマッピング処理を、わざと若干の遅延を伴って行うようにしてやれば、「明るさ/暗さに目が慣れていく」様子を表現できるのだ。

こうした動的なトーンマッピング処理は、目でいえば光彩、カメラでいえば「絞り」制御に相当し、こうした光量調整による明暗のコントロールはカメラ用語でいうところの「露出補正」に近い。

HDRレンダリングの第二の効能は、こうした露出のシミュレーションが行えるところにあるのだ。(続く)

「HalfLife2:Lost Coast」(VALVE,2005)より。暗い屋内に目が慣れている状態

このまま屋外に飛び出すと屋外の情景が白飛びして見える

次第に目が慣れてくるが奥の石壁のハイライトはやはり白く飛んでしまっている

やっと石壁のハイライトの陰影が正しく見えてくる。これで屋外に露出が適正となった状態だ

(トライゼット西川善司)

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インデックス

連載目次
第99回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(4)~単眼立体視と両眼立体視の有効範囲の考察
第98回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(3)~両眼立体視
第97回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(2)~単眼立体視(2)
第96回 3D立体視の解体新書 - 立体視という知覚(1)~単眼立体視(1)
第95回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(19)
第94回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(18)
第93回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(17)
第92回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(16)
第91回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(15)
第90回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(14)
第89回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(13)
第88回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(12)
第87回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(11)
第86回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(10)
第85回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(9)
第84回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(8)
第83回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(7)
第82回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(6)
第81回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(5)
第80回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(4)
第79回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(3)
第78回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(2)
第77回 人工知性でコンテンツを生成するプロシージャル技術(1)
第76回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(5)~SH Exp演算の大胆な近似による高速化
第75回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(4)~SH Log演算とSH Log次元における遮蔽の統合
第74回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(3)~帯域調和関数(Zonal Harmonics)の導入
第73回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(2)~SH LogとSH Expとは?
第72回 3Dモデルの変形までが可能な動的PRT(1)~3Dモデルの変形に対応した動的PRT技術の台頭
第71回 限定条件付き動的PRT(2)~PSF技法におけるライティング
第70回 限定条件付き動的PRT(1)~動的PRT第一段階PSF技法とは?
第69回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(4)
第68回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(3)
第67回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(2)
第66回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTの基本。静的PRT(1)
第65回 事前計算放射輝度伝搬(PRT)~PRTとは?
第64回 表面下散乱によるスキンシェーダ(8)~表面下散乱とスキンシェーダ(6)
第63回 表面下散乱によるスキンシェーダ(7)~表面下散乱とスキンシェーダ(5)
第62回 表面下散乱によるスキンシェーダ(6)~表面下散乱とスキンシェーダ(4)
第61回 表面下散乱によるスキンシェーダ(5)~表面下散乱とスキンシェーダ(3)
第60回 表面下散乱によるスキンシェーダ(4)~表面下散乱とスキンシェーダ(2)
第59回 表面下散乱によるスキンシェーダ(3)~表面下散乱とスキンシェーダ(1)
第58回 表面下散乱によるスキンシェーダ(2)~ハーフライフ2で採用の疑似ラジオシティライティング(2)
第57回 表面下散乱によるスキンシェーダ(1)~ハーフライフ2で採用の疑似ラジオシティライティング(1)
第56回 水面の表現(5)~大きな波
第55回 水面の表現(4)~水面のライティング(2)
第54回 水面の表現(3)~水面のライティング(1)
第53回 水面の表現(2)~動的なさざ波
第52回 水面の表現(1)~水面表現の歴史
第51回 HDRレンダリング(11)~トーンマッピング
第50回 HDRレンダリング(10)~HDRブルーム/グレア処理
第49回 HDRレンダリング(9)~HDRテクスチャ
第48回 HDRレンダリング(8)~HDRレンダーターゲット
第47回 HDRレンダリング(7)~HDRレンダリングのプロセス
第46回 HDRレンダリング(6)~HDRレンダリングの歴史と動向(2)
第45回 HDRレンダリング(5)~HDRレンダリングの歴史と動向(1)
第44回 HDRレンダリング(4)~HDRレンダリングの第三の効能
第43回 HDRレンダリング(3)~HDRレンダリングの第二の効能
第42回 HDRレンダリング(2)~HDRレンダリングの第一の効能
第41回 HDRレンダリング(1)~HDRレンダリングとは?
第40回 ジオメトリシェーダ(11)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(7)
第39回 ジオメトリシェーダ(10)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(6)
第38回 ジオメトリシェーダ(9)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(5)
第37回 ジオメトリシェーダ(8)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(4)
第36回 ジオメトリシェーダ(7)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(3)
第35回 ジオメトリシェーダ(6)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(2)
第34回 ジオメトリシェーダ(5)~ジオメトリシェーダを活用した新表現(1)
第33回 ジオメトリシェーダ(4)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用(4)
第32回 ジオメトリシェーダ(3)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用(3)
第31回 ジオメトリシェーダ(2)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用(2)
第30回 ジオメトリシェーダ(1)~ジオメトリシェーダのアクセラレーション的活用・ステンシルシャドウボリューム技法の影生成を加速する
第29回 影の生成(10)~改良型デプスシャドウ技法(5)
第28回 影の生成(9)~改良型デプスシャドウ技法(4)
第27回 影の生成(8)~改良型デプスシャドウ技法(3)
第26回 影の生成(7)~改良型デプスシャドウ技法(2)
第25回 影の生成(6)~改良型デプスシャドウ技法(1)
第24回 影の生成(5)~デプスシャドウ技法
第23回 影の生成(4)~ステンシルシャドウボリューム技法(2)
第22回 影の生成(3)~ステンシルシャドウボリューム技法(1)
第21回 影の生成(2)~投射テクスチャマッピング技法
第20回 影の生成(1)~3Dグラフィックスにおける2つのカゲの存在
第19回 バンプマッピングの先にあるもの(3)~セルフシャドウ付き視差遮蔽マッピング
第18回 バンプマッピングの先にあるもの(2)~視差遮蔽マッピング
第17回 バンプマッピングの先にあるもの(1)~視差マッピング
第16回 微細凹凸表現の基本形「法線マップ」(3)
第15回 微細凹凸表現の基本形「法線マップ」(2)
第14回 微細凹凸表現の基本形「法線マップ」(1)
第13回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(5)
第12回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(4)
第11回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(3)
第10回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(2)
第9回 3Dグラフィックスの概念とレンダリングパイプライン(1)
第8回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(8)
第7回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(7)
第6回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(6)
第5回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(5)
第4回 GPUとシェーダ技術の基礎知識(4)
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