米国の宇宙企業スペースXは3月31日、「ファルコン9」ロケットにとって初めてとなる、一度打ち上げた機体をもう一度打ち上げる「再使用打ち上げ」に成功した。

ロケットのコストを劇的に引き下げ、人類の宇宙活動を大きく発展させる可能性を秘めたロケットの再使用化は、スペースXにとって設立以来の目標であり、長年挑戦と失敗と試験を繰り返し、開発を続けてきた技術である。彼らは自信と自負を込めて、このロケットをあえて「再使用」という言葉ではなく、「成功が約束されたファルコン9」(Flight proven Falcon 9)と呼ぶ。本連載ではその挑戦の歴史と、ロケットの仕組み、そして再使用ロケットがもつ可能性と未来を解説する。

第1回では、ロケットの回収と再使用に挑むまでの経緯について、第2回では回収方法やその仕組み、かつての再使用ロケットである「スペース・シャトル」との違いなどについて、そして第3回で、ロケットの着陸と再使用の成功までの経緯と、その成功を実現させたスペースXのやり方について紹介した。

今回は、ファルコン9の完全な再使用を目指す取り組みと、本当にコスト100分の1は達成できるのか、について紹介したい。

ファルコン9初の再使用打ち上げ (C) SpaceX

ふたたび回収に成功した、初の再使用打ち上げを行ったファルコン9の第1段機体 (C) SpaceX

100回の再使用、そして24時間での再飛行を目指す

3月31日の「成功が約束されたファルコン9」の打ち上げ成功によって、ファルコン9が再使用できることは実証された。となると、次に焦点となるのは「どのくらいの頻度で、何回再使用でき、そしていくら安くなるのか」ということである。

第1回で触れたように、イーロン・マスク氏は当初、ファルコン9を1000回再使用することで、コスト100分の1を目指すとしていた。現在の使い捨て版ファルコン9の公称価格は6200万ドル(約69億円。1ドル=110.5円で計算)なので、それが62万ドル(約6850万円。同レート)になるということである。

しかし、現時点で1000回も、それも大規模なメンテナンスなしに再使用できる見通しは立っていない。また、そもそも現在のファルコン9は第1段機体しか再使用できないため、それ以外の部品は毎回新品を使うしかなく、たとえ第1段だけが1000回再使用できたとしても、コスト100分の1は達成できない。

打ち上げのリポート記事でも取り上げたように、今回の打ち上げの正確なコスト、あるいは価格は不明だが、以前にスペースXは、第1段のみの再使用の場合、10%の割引価格を提示するとしており、また別の機会には、最大で30%の割引も可能だというという見通しを明らかにしている。従来のファルコン9はもちろん、競合する他のロケットと比べて、相当に安価であることは間違いないが、100分の1には程遠い。

もし本当にコスト100分の1にしたいのならば、第1段を1000回以上、それも大掛かりな整備なしに再使用でき、なおかつ第1段以外の部品も再使用できるようにしなければならない。しかしそれは至難の業で、これまでの常識からすると不可能といってもよいほどである。

現在再使用されるのは第1段機体のみである (C) SpaceX

回収された第1段機体のグリッド・フィンやスラスター部分。ちなみにグリッド・フィンは現在アルミ製だが、今後は熱に強いチタン製に変えることを考えているという (C) SpaceX

だが、スペースXは諦めてはいないようである。

マスク氏が2016年4月に語ったところによると、ファルコン9の再使用回数について、耐熱シールドなどの一部の部品は10回ごとに交換などを行う必要があるものの、全体的にはおおよそ100回以上の再使用が可能だという。ただし別の機会には10回程度の再使用が可能と述べられており、おそらくは現行型の「ファルコン9 フル・スラスト」が10回程度、再使用を前提とした改良型の「ファルコン9 ブロック5」で100回以上の再使用が可能になる、ということだと考えられる。

1000回にはまだ桁一つ分届いていないが、今よりさらなるコストダウンの余地はある、少なくとも実際に回収した機体を分析したスペースXはそう見ている、と考えて良いだろう。

また今回の成功後の記者会見でマスク氏は、次のゴールとして「再使用にかかる時間を短縮させたい」と語っている。現在は、回収した機体を整備し、ふたたび打ち上げができるようになるまでに4カ月もの時間かかるが、これを24時間にまで縮めるというのである。

これが実現すれば、それだけメンテナンスにかかる設備や人件費などのコストも抑えられるということになり、さらに価格が下げられるかもしれない。

さらにこの会見では、今年の夏の終わりごろに打ち上げ予定の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」で、回収したファルコン9のうち2機を再使用するとも明らかにされた。ファルコン・ヘヴィはファルコン9の両側に、ファルコン9の第1段をブースターとして装着したロケットで、この両側に、回収した機体を再使用するのだという。そしてもちろん、ふたたびの回収も目指すという。

ファルコン・ヘヴィの需要はそれほど多くないが、ファルコン9と並行して、1回の打ち上げで2機(もし中央の機体にも使うなら3機)の再使用機体を使うロケットが飛び続ければ、もちろん成功すればという前提つきではあるものの、再使用打ち上げの実績を若干早く稼ぐことでき、また信頼性に問題ないことをアピールできる。

マスク氏によると、エンジンの根元部分にある耐熱シールドなど一部は10回、機体の大部分は100回の再使用が可能だという (C) SpaceX

ファルコン・ヘヴィの想像図。ファルコン9の両脇に、ファルコン9の第1段機体をブースターとしてくっつけている。今夏に行われる予定の初打ち上げでは、この両脇のブースターに再使用機体を使うという (C) SpaceX

初の再使用打ち上げに仕込まれていたフェアリング回収試験

さらにスペースXは、第1段機体以外の部品の再使用も視野に入れている。

実はあまり注目はされなかったが、今回の打ち上げではフェアリングの回収も試みられている。フェアリングは打ち上げ時に衛星を守るための覆いのことで、第1段の分離から約1分後に分離されるため、それほど速度は出ておらず、回収はそれほど難しくない。部品も軽いのでパラシュートで十分減速でき、着水させても壊れる心配もあまりない。

フェアリングは炭素繊維複合材を使っているため、1回の打ち上げあたりのコストは600万ドルと非常に高価で、再使用できればコストダウンにつながることが期待できる。

すでに過去のファルコン9の打ち上げにおいて、分離されたフェアリングから、姿勢を制御するためのスラスターが噴射される様子が確認されており、公にはされなかったものの、研究・開発を続けていることがわかっていた。そしてファルコン9にとって初の再使用となる今回の打ち上げにおいて、ついに実際に回収が試みられた。

打ち上げ後の記者会見では、2つあるフェアリングのうちの片方が、予定された海域に着水していることを確認したと明らかにされた。それ以上の情報、たとえば無事に回収できたのか、再使用できる状態なのか、もう1つはどうなったのか、といったことについてはまだ明らかになっていない。

ロケットの先端にあるのが、衛星を守るフェアリング (C) SpaceX

ファルコン9のフェアリングは、アルミのハニカム構造の外側に炭素繊維を貼って造られている (C) SpaceX

よみがえる第2段機体の再使用計画

さらに4月1日には、マスク氏によって、第2段機体の回収も目指すことが明らかにされた。

もともと、2011年に発表されたファルコン9の再使用化構想でも、第2段機体の回収・再使用は考えられていた。しかし、第1段はともかく第2段の回収は難しいのでは、という見方は強かった。

ファルコン9の第2段は、第1段との分離後にさらに加速し、人工衛星を目的の軌道まで送り届ける役割をもっている。そのため衛星を分離した時点で、第2段機体も衛星と同じ軌道に乗っており、つまりは第2段そのものが人工衛星になる。

地球低軌道の場合、人工衛星は--すなわち第2段は、秒速約8kmもの速度で飛ぶため、回収するためにはそこから減速して帰ってこなければならない。減速のためのエンジン噴射も必要だが、それよりも大気圏再突入時に受ける熱で燃え尽きないように、宇宙船と同じような耐熱シールドが必要となる。もちろん着陸するためには着陸脚も必要になる。

第2段が最終的に衛星を軌道に投入するということは、第2段が重くなれば、その分がそのまま、打ち上げられる衛星の質量が小さくなる。つまり減速のための追加の推進剤、耐熱シールド、着陸脚などを積む分、打ち上げ能力が下がってしまう。技術的に可能か不可能かでいえば可能ではあるものの、こうした理由から、第1段ほど再使用する旨味がない。

その後、2014年3月にはマスク氏自身から、第2段の再使用に対して否定的な発言がなされており、中止されたものと見られていたが、実際には研究を続けていたようである。

今回のマスク氏の発言によると、まずは今年の夏の終わりごろに打ち上げ予定のファルコン・ヘビーで、第2段を再突入させて回収する実験をやってみるという。ファルコン9とヘビーの第2段はほぼ共通なので、成功すればファルコン9でも実施可能ということになる。

ただ、前述のように第2段の回収は技術的に難しく、マスク氏も「成功する可能性は低い」と明らかにしている。ただ、それでも「やってみる価値はある」として、攻めの姿勢を崩していない。

実際のところ、スペースXはすでに、ロケットを何度も着陸させることに成功しており、さらに「ドラゴン」補給船の運用を通じて、軌道からの大気圏再突入と回収も何度も経験しているため、第2段の回収は、それ自体は不可能ではないだろう。しかし、前述のように第2段に回収のための追加装備を付けることで打ち上げ能力が低下するため、どれほどのメリットがあるのかは疑わしい。

第2段機体はあたかも宇宙船のように、軌道から大気圏に再突入する必要がある (C) SpaceX

第2段の回収は不可能ではないものの、減速のための追加の推進剤、耐熱シールド、着陸脚などを積む分、打ち上げ能力が下がってしまう (C) SpaceX

解決策があるとするなら、まずファルコン9 ブロック5によって向上する打ち上げ能力で、損失を補うということが考えられる。

また、もうひとつ炭素繊維複合材による第2段機体の軽量化もありうるかもしれない。今のファルコン9の第1段、第2段はアルミ・リチウム合金を使っており、これを炭素繊維複合材で置き換えることができれば、今よりいくらかの軽量化が期待できる。そうなれば、再使用に必要な装備で増えた質量も相殺できるかもしれない。

昨年9月にマスク氏が火星移住計画を発表した際、そのための超大型ロケットと宇宙船のタンクを炭素繊維複合材で造ると明らかにしており、その後、実際に試作したタンクの試験も行われている。したがって技術的には、ファルコン9のタンクもカーボンで作り変えることは可能であろう。

スペースXが開発中の、カーボン製の推進剤タンク (C) SpaceX

このタンクはすでに、圧力をかけたり、極低温の推進剤を入れたりする試験が始まっている (C) SpaceX

5分の1、10分の1……再使用の限界はどこか

しかし、たとえロケット全体を再使用することができるようになったとしても、1000回の再使用ができない限りは、コストを今の100分の1にすることはできない。つまるところ、現時点では「コスト100分1」という謳い文句は、究極の目標であり、あるいは注目を集めるためのセールス・トークであり、話半分、あるいはそれ以下に聞いておくべきであろう。

ただ、スペースXは今後、100分の1という目標に向かって、徐々に目標を刻んでいくことになろう。

第3回で触れたように、スペースXはファルコン9の再使用化を進めるにあたって、ソフトウェアの開発で用いられる、アジャイル開発に近いやり方を導入し、徐々に完成度を高めていった。そして今後も同じように、第1段の3回目、4回目の再使用に始まり、フェアリングの再使用や第2段の回収実験などを、迅速に、繰り返し行っていくことだろう。

その中で、第1段が本当に100回の再使用に耐えられるようになるかもしれないし、あるいは第2段の再使用は諦めることになるかもしれない。いずれにしても、スペースXは今の技術で可能な再使用ロケットの限界に--それがコスト5分の1か、あるいは10分の1かはわからないが、ロケットの再使用によってコストを下げられる限界に--到達することになろう。それは間違いなく宇宙開発の革命である。

もっとも、人類が真に宇宙へ飛び出し、生活する時代が訪れるためには、コスト100分の1の実現は必要不可欠である。だが、それが可能かどうかという問いに対しては、「きめわて困難」というのが、現時点での最も適切な答えだろう。

しかし、現にスペースXは、その途方もない目標に向かって突っ走っており、そればかりか、その延長線上に火星移住計画も進めている。さらにスペースXのライバルとも呼ばれる、ジェフ・ベゾス氏が率いる宇宙企業ブルー・オリジンをはじめ、再使用以外のやり方を含め、人類の宇宙進出を目指す企業は他にもいくつも存在している。そのことを踏まえるなら、「きわめて困難だが、可能性がなくはない」くらいは、言ってもよいのかもしれない。

いずれにしても、スペースXのロケット再使用と、それによるコストダウンへの挑戦は、まだスタートを切ったばかりである。結論を出すには早すぎる。

ドローン船に舞い降りるファルコン9の第1段機体。近いうちにこの光景は見慣れたものになるだろう (C) SpaceX

スペースXの当面の最大の目標は、人類の火星移住、そして太陽系の星々の探査にある (C) SpaceX

参考

・SpaceX conducts historic Falcon 9 re-flight with SES-10 - Lands booster again | NASASpaceFlight.com
 https://www.nasaspaceflight.com/2017/03/spacex-historic-falcon-9-re-flight-ses-10/
・SpaceX flies rocket for second time in historic test of cost-cutting technology - Spaceflight Now
 https://spaceflightnow.com/2017/03/31/spacex-flies-rocket-for-second-time-in-historic-test-of-cost-cutting-technology/
・'Flight proven' SpaceX Falcon 9 rocket poised for second launch
 http://www.floridatoday.com/story/tech/science/space/spacex/2017/03/24/spacex-falcon9-rocket-flight-proven-poised-launch-kennedy-space-center-ses10-landing-of-course-i-still-love-you/99549708//
・SpaceX's reusable Falcon 9: What are the real cost savings for customers? - SpaceNews.com
 http://spacenews.com/spacexs-reusable-falcon-9-what-are-the-real-cost-savings-for-customers/ ・Elon Muskさんのツイート: "@RokBottomGamers 100+ for almost everything 10+ for heat shields and a few other items."
 https://twitter.com/elonmusk/status/726216836069515264