米国の宇宙企業スペースXは3月31日、「ファルコン9」ロケットにとって初めてとなる、一度打ち上げた機体をもう一度打ち上げる「再使用打ち上げ」に成功した。

ロケットのコストを劇的に引き下げ、人類の宇宙活動を大きく発展させる可能性を秘めたロケットの再使用化は、スペースXにとって設立以来の目標であり、長年挑戦と失敗と試験を繰り返し、開発を続けてきた技術である。彼らは自信と自負を込めて、このロケットをあえて「再使用」という言葉ではなく、「成功が約束されたファルコン9」(Flight proven Falcon 9)と呼ぶ。本連載ではその挑戦の歴史と、ロケットの仕組み、そして再使用ロケットがもつ可能性と未来を解説する。

第1回では、ロケットの回収と再使用に挑むまでの経緯について、第2回では回収方法やその仕組み、かつての再使用ロケットである「スペース・シャトル」との違いなどについて紹介した。

第3回目となる今回は、ロケットの着陸と再使用の成功までの経緯と、その成功を実現させたスペースXのやり方について紹介する。

ロケット着陸の実験機「グラスホッパー」 (C) SpaceX

着陸脚を装備したファルコン9 (C) SpaceX

着実さと大胆さを合わせた再使用実験

スペース・シャトルなどとは異なる、シンプルながら難しい「パワード・ランディング」によるロケット回収に挑むと表明したスペースXの動きは素早かった。

その構想が発表された2011年には、同社は早くも「グラスホッパー」と名付けた実験機を開発し、2012年から垂直に離着陸したり、空中で静止したり、機体を少し傾けて横方向に移動したりと、ロケットの着陸のために必要な技術を少しずつ学んでいった。

2014年からは新しい実験機「F9R Dev1」が造られ、高度をより上げるなど、グラスホッパーより実践的な飛行試験が行われた。

グラスホッパー (C) SpaceX

グラスホッパーの後継機として実験にあたったF9R Dev1 (C) SpaceX

グラスホッパーなどを使った飛行試験を行うのと並行し、スペースXは運用中のファルコン9を使って着陸の実験を行うことを決定。さらにファルコン9そのものにも手を加えた。

ファルコン9は2010年から運用が始まったが、このときの機体は、同社が以前開発した小型ロケット「ファルコン1」をそのまま大きくしたような造りをしていた。たとえばエンジンはそのまま流用し、その代わりにたくさん装着して、強いパワーを出せるようにしている。これにより、低リスクでかつ低コストで、大型ロケットを開発することができた。この"初期型"のファルコン9は、後に「v1.0」や「ブロック1」といった名前で呼ばれることになる。

v1.0は5回の打ち上げにすべて成功し、新規参入の企業が造ったロケットとは思えない信頼性を示した。ところがスペースXはこの5機をもって引退させ、2013年9月から改良型である「ファルコン9 v1.1」を投入した。エンジンは新型になり、機体の全長も伸び、それに伴い推進剤の搭載量も増え、打ち上げ能力が向上している。

スペースXがこの能力向上型のファルコン9を開発したのには、もちろん純粋に、打ち上げ能力を高め、より質量の大きな衛星を打ち上げるためということもあるが、同時に機体を着陸させるのに必要な余力を生み出すため、という理由もあった。

そして実際に、スペースXはこのファルコン9 v1.1の最初の打ち上げから、着陸と回収に向けた試験を始めたのだった。最初はまず回収は狙わずに、海上にゆるやかに着水できるかどうかという試験から始め、続いて着陸脚を装備し、降下しながら展開することができるかが試験された。

このように書くと、スペースXは着実に試験を進めたという印象を受けるかもしれないが、実際の打ち上げでこのような目新しいことをやったり、新たに着陸脚を装着したり、何かと新しい要素を付け加えていくのはリスクがあるため、他のロケットではまずありえない。

もちろん、着陸が行われる段階では、すでに衛星は第2段ごと宇宙を飛んでいるため、何か影響を与えるものではない。しかし、たとえば打ち上げ時に着陸脚が不意に展開するなど、間接的に失敗の引き金になる可能性はある。そのため試験を始めた当初は、衛星や補給物資を託す衛星会社やNASAなどは、少しばかり神経質になったという。スペースXはこれに対して、「打ち上げ時に着陸脚が展開することなどはまずない」といったことを説明し、了解を取っていったとされる。

ファルコン9の初期型「v1.0」 (C) SpaceX

ファルコン9の現行型「フル・スラスト」 (C) SpaceX

格納庫がいっぱいになるほどの回収成功

そして2015年12月22日、ファルコン9の第1段機体は初めて地上への着陸に成功。さらにこの打ち上げは、v1.1をさらに改良して打ち上げ能力を高めた、「ファルコン9フル・スラスト」の初打ち上げでもあり、完璧な成功をもって初打ち上げを勝利で飾った。

2016年には洋上に浮かべたドローン船での回収にも続々と成功し、これまでに地上で2回、ドローン船で7回の合計9回の回収に成功している。

着陸と回収ができることがほぼ証明されると、スペースXはいよいよ再使用に向けた準備を始めた。もともと同社では、ロケット・エンジンを何度も何度も燃焼させたり、実際にロケットを組み込んで、やはり何度も何度も燃焼させたりといった試験を繰り返していた。そこへようやく、実際に飛んで帰ってきたロケットが手に入ったことで、より本格的な、そして実践的な試験ができるようになった。

同社では、回収したロケットの中から、打ち上げ時の余裕が少なかったために着陸時の衝撃が大きく、他より大きな負荷のかかった機体を選び、再使用には使わない覚悟で燃焼試験を繰り返した。おそらくこれにより、再使用するために何が必要なのか、そして再使用できる回数の限界がどれくらいなのか、といったことがわかったはずである。

その一方で、着陸時の負荷が比較的少なかった機体を再使用に使うことを決めた。この機体は2016年4月に、「ドラゴン」補給船を国際宇宙ステーションに向けて打ち上げたもので、ドラゴンは他の衛星よりも軽く、軌道投入に必要なエネルギーも少なく済んだため、着陸時に余裕が多く残り、あまり負担がかからないような着陸ができたのである。

2016年を通して再使用に向けた点検や整備を行い、2017年1月にはエンジンの燃焼試験にも成功。そして3月31日、初の再使用打ち上げを行い無事に成功し、さらにふたたびの回収にも成功した。

ドローン船に着地するファルコン9 (C) SpaceX

回収成功が続き、格納庫はすぐにいっぱいになった (C) SpaceX

最適解に突っ走ったスペースX、それを支えたソフトウェア的な開発と周囲

スペースXによるファルコン9の第1段回収、そして再使用の成功までの道のりは、失敗の連続で決して順調だったというわけではないが、迷走せず、回収・再使用という一里塚に向けて一直線に走り抜いた。

グラスホッパーのような実験機を造るのは当然として、ファルコン9の実際の打ち上げを利用して実験を行ったことは、まさにスペースXならではのやり方といえる。もちろん前述のように多少のリスクはあったものの、一方で、だからといって、実験のために、宇宙空間すれすれまで飛んで帰ってくるだけの専用の実験機を造って飛ばすよりは、低コストかつ短期間で実験を繰り返しできることは明白だった。

また、打ち上げのたびに着陸脚をつけたり、スラスターをつけたり、あるいはそれらを改良したりと、ロケットにほぼ毎回何らかの新しい要素を加えて実験や試験を行ったことも、スペースXならではの開発方法かつ、きわめて効果的であった。もちろん他のロケットでも、通常の運用の中で何らかの手は加えられることはあるが、スペースXの場合は着陸・回収という、ロケットが衛星を打ち上げるには本来不要であることに対して改良が加えられていったのである。

こうした開発方法は、スペースXが得意とするソフトウェア的なアジャイル開発、つまり最初から最終完成品を狙わず、まず必要最低限の機能をもった製品をリリースし、その後短期間にのうちに、新しい要素を付け加え、試験をしてリリースしていき、徐々に完成度を高めたり、もし間違いがあればすぐに戻って改良したりといったやり方を進めていった。まず最初に大型の衛星を打ち上げられるロケットを造り、実際に打ち上げをやりつつ、着陸に必要な装備を徐々に加えていったのである。

ドローン船に着地するファルコン9 (C) SpaceX

着陸時に機体の姿勢を制御するグリッド・フィン(安定翼)と窒素ガスを噴射するスラスター (C) SpaceX

スペースXによるファルコン9の着陸や回収の成功、そして今回の再使用打ち上げの成功は、宇宙開発や科学・技術の歴史に残る大きな偉業であることは間違いないが、実のところ、そこに使われている考え方や技術は、実はスペースXよりも以前から存在した。

たとえば1990年代にはNASAやマクドネル・ダグラスが中心となって開発した「デルタ・クリッパー」という機体が垂直離着陸の飛行実験を行い、また日本でも、2000年の前後に「RVT」という実験機が造られ、こちらも飛行試験を行っている。しかし両者とも、開発中止などによって、宇宙に到達することはなかった。

歴史に「もし」があったなら、スペースXの偉業は、デルタ・クリッパーや日本のRVTが最初になしとげていたとしてもおかしくはなかった。技術的な最適解の道を、効率よく突っ走ることができた、それも一民間企業でありながらなしとげたことこそ、スペースXの偉業であろう。

さらに、NASAや衛星会社も、彼らのこのやり方を支持し、特にNASAは、国際宇宙ステーションへの物資や宇宙飛行士の輸送を民間に委ねるというプログラムの下で、ファルコン9の開発資金も出している。

もちろんNASAは再使用のために資金を出したわけではなく、ファルコン9とドラゴンの開発に出したのだが、その分スペースXは、自社の資金を再使用に向けた開発につぎこむことができたという点では、間接的に支援したといえる。

その点で、NASAによる「お金は出すから、民間にできることは民間にやらせる」という方針は正しかったばかりか、ロケット再使用の成功という思わぬ成果を生み出した点で大成功だった。

もう少し冷静な言葉を使うなら、NASAとスペースXがそれぞれやりたかったこととやり方がうまく合致した、もちろんすべての宇宙開発にとって有効なやり方かとは限らないが、少なくとも今回の再使用化の開発においては大きな効果を発揮したといえよう(ただし、宇宙飛行士の輸送計画は遅れが続いており、全体的に成功かどうかは判断が難しいところである)。

成功までには失敗を繰り返した (C) SpaceX

回収に成功したファルコン9 (C) SpaceX

参考

・GRASSHOPPER TAKES ITS FIRST HOP | SpaceX
 http://www.spacex.com/news/2013/02/08/grasshopper-takes-its-first-hop
・Grasshopper Completes Half-Mile Flight in Last Test | SpaceX
 http://www.spacex.com/news/2013/10/16/grasshopper-completes-half-mile-flight-last-test
・http://www.spacex.com/news/2014/07/22/spacex-soft-lands-falcon-9-rocket-first-stage
・X MARKS THE SPOT: FALCON 9 ATTEMPTS OCEAN PLATFORM LANDING | SpaceX
 http://www.spacex.com/news/2014/12/16/x-marks-spot-falcon-9-attempts-ocean-platform-landing
・Background on Tonight's Launch | SpaceX  http://www.spacex.com/news/2015/12/21/background-tonights-launch