男性学を研究している武蔵大学社会学部社会学科の田中俊之 助教。0歳児の息子がおり、子育て奮闘中!

2016年の春から女性活躍推進法が施行され、女性にとって働きやすい社会づくりが進められている日本。まだまだ子育てや働く上で課題は山積していますが、男性だって同様に生きづらさを感じているのではないでしょうか。

この連載では男性がゆえの生きづらさについて研究する男性学の第一人者・武蔵大学の田中俊之助教が、共働きで子育てをしている父親が抱える「つらさ」について分析。どうしたら男女共に生きやすい社会になるのか提言していただきます。

今回は現代の父親がどうしてつらいのか、今の社会や理想とされる価値観から読み解いていきます。

「普通」を変えるのが面倒な男性

みなさんは、「家族」をイメージするとき何を思い浮かべますか。きっと多くの人が、自分が育った家族を思い浮かべるのではないでしょうか。家族のことを語るとき、結局自分の家族のことしか知らない。ですから、それが家族の「普通」だと考えてしまうわけです。

今から40年ほど前の1975年は、女性の労働力率が最も低かった年です。つまり専業主婦が最も多かっただろうと推測されるのですが、今、父親になった男性の多くが「父は仕事、母は家庭」という環境で育ったはずです。さらに1980年代に少年時代をすごした場合には、「鍵っ子」という言葉があったことからも分かるように、お母さんが常に家にいないと、かわいそうという風潮すらあったと思います。

このような家族観が「普通」になってしまっているので、そこに変更があるのは男性にとってすごくめんどくさいことに感じられます。なぜなら、家事や育児は妻に任せて現状維持のほうが楽だから。今は全ての男性が正社員になれて、一定の収入が得られ、結婚して家族を養うことができる時代ではありません。ですから実際は、「父は仕事、母は家庭」という形態が今のシステムにあっておらず、変えた方が楽なはずです。しかし、「うちの家族はこうだった」「昔はそうだった」という風に考えて、新しい家族観を作ろうとしていないのですね。

仕事も家庭もずっと「オン」

昔と今の価値観の違いに加えて、「ワークライフバランス」という新しくできた価値観が男性の生きづらさに影響を与えています。「仕事と生活の調和」を目指す言葉であるはずが、「会社が終わったら即、家庭に行かないとまずい」という雰囲気を作っているからです。家庭でも家事・育児という仕事があるので、仕事と家庭の往復だけであればずっと「オン」。「両方がんばりましょう」と言われると、一部のスーパーイクメンを除く一般の男性にとっては、苦痛でしかありません。

たまに「仕事と家事・育児を分刻みでスケジューリングしている」という能力の高い男性もいますが、生活の全てをミッションとしているように見えて見本にしようという気持ちにはならないですよね。さらに「イケダン」(イケてる旦那)まで進むと仕事と家事・育児に加えてファッションまで求められ、よりつらくなってしまいます。

しかし裏を返すと、今のワーキングマザーの状況がまさにこれです。主婦だって、ずっと家庭で仕事をしているということになります。家事や育児に対する社会的なケアが十分ではない日本では、女性にかかる負担も重すぎます。男性と女性のどちらが大変かを比べるのではなく、男性も女性も、家庭や仕事以外の場所で「オフ」を作ることが必要なのではないでしょうか。

育児の「べき論」がマウンティングの道具になる時代

現在、男性の生涯未婚率が2割に達しています。50歳の時点で一度も結婚したことがないということです。結婚しないと子どもを持ってはいけないという規範が強い日本の現状を前提にすると、5人に1人が父親になりません。さらに離婚の件数も増えているので、父親と子どもの血がつながっていないというケースだってありうる。男性の生き方にもいろいろな形があるし、父親も多様化しています。

現実は多様化しているにもかかわらず、「父親はこうあるべき」というべき論にとらわれるからつらいのです。育児にしても「経験しないとわからないことがある」、だから「人は結婚して子どもを持つべき」とべき論を語ることは、未婚の方や子どもがいないカップルに対する差別ではないでしょうか。人間には想像力があるので、経験しなくても分かることはたくさんあります。確かに、僕にも今年子どもができたので、経験して気づいたことはたくさんあります。しかし、「経験しないとわからないことがある」と結婚や育児の未経験者を否定するのではなく、あくまで自分基準で「経験したらわかるようになることがある」くらいにとどめたほうがいいなと思います。

男性は基本的に、育児をがんばっているとほめられます。僕自身も家事や育児についてほめられると気持ちよくなってしまうときがあるんですよね。「あれもこれもしている」と言いたくなってしまう。でもこういう父親を例に出して、ある男性が妻から「●●さんのパパはいいよね」と言われたとしたら苦しい。男性は「人と競争して勝ちなさい」と言われて育ってきているので、人と比べられて競争に勝てないとなるとつらいからです。

子どもができて思うのは、1人で家事・育児をこなすのは、「無理だな」と思うレベルだということ。ですから、母親だけに家事・育児を任せている家庭の父親に対して「育児もしたほうがいいですよ」という提案は必要だと思います。

著者プロフィール

田中俊之
武蔵大学社会学部社会学科 助教。社会学・男性学を主な研究分野とし、男性がゆえの生きづらさについてメディア等で発信している。自身も0歳児の子どもを持つ育児中のパパ。単著に『男がつらいよ』(中経出版)、『<40男>はなぜ嫌われるか』(イースト・プレス)、『男が働かない、いいじゃないか! 』(講談社)などがある。