スウェーデン発のデジタル音楽サービスSpotifyが新しい動きを見せている。無料ストリーミングで知られる同社だが、5月初めに最新のダウンロードサービスや「iPod」統合などの機能を発表、米Appleの「iTunes」対抗との呼び声もあり、期待されてきた米国ローンチがいよいよ近づいているようにもみえる。同時に、デジタル音楽ビジネスと広告モデルへの苦悩も垣間見れる。

音楽ビジネスのパイオニア、Spotifyの最新動向

Spotifyは、広告を付けることで音楽ストリーミングを無料とした、広告付き音楽ビジネスのパイオニア的存在だ。サービス開始は2008年。スウェーデンのほか、本社機能を持つ英国、それにフランス、スペインなど欧州7カ国で展開している。有料サービスも提供するが、同社のユーザーの約9割が無料モデルの利用者だ。今年に入り、登録ユーザーが1000万人に到達したことを発表したが、そのうち有料サービスは100万人程度と報告している。

Spotifyの創業者であり、現在CEOを務めるDaniel Ek氏(写真は2010年のMobile World Congressのもの)

Spotifyの最新の動きとは、(1)無料サービスの新しい制限、(2)音楽ストアを含む新機能、の2つだ。

無料サービスの制約を変更

(1)では、9割が利用する無料サービスを変更。1曲あたりの再生回数を5回までとし、月間の合計再生時間は10時間までとする制限が加わった。新規ユーザーは最初の6ヶ月間は無制限で、その後このルールが適用される。

Spotifyは2010年、月間の合計再生時間を20時間とする制限を設けており、今回これがさらに半分にカットされることになる。Spotifyの創業者兼CEO、Daniel Ek氏は、平均的なユーザーの場合、10曲中7曲の再生回数が5回に達していないことなどを根拠に、「影響を受けるのはヘビーユーザーのみ」とコメントしているが、ユーザーからは反発も出ている。

Ek氏は、新ルールの影響を受けるユーザーに対して有料版への移行を勧めているが、一度無料に慣れてしまったユーザーがすんなりと有料を受け入れるかどうかはわからない。これは音楽に限らず、さまざまなインターネットサービスの課題のように見える。この変更は5月1日より適用されており、今後有料ユーザー数が増加するのか、総ユーザー数に影響があるのかが注目される。

iPod統合強化、音楽ストアの新設、モバイルアプリの開放

(2)の新機能は、iPod統合強化、自社ブランド音楽ストアのローンチなどだ。これまでSpotifyのプレイリストをiPodに移すには「iTunes」を経由する必要があったが、PC側のSpotifyクライアントがiPodを認識するようになった。ダウンロード用の音楽ストアでは、これまで音楽配信の英7Digitalと提携し、7Digitalのホワイトレーベルサービスを利用してきたが、自前でサービスを提供する。プレイリスト単位で購入でき、料金は10曲7.99ポンド~40曲で25ポンド。

同時に、これまで有料ユーザーのみとなっていたモバイルアプリ(Android、iPhone)も、無料ユーザー向けに門戸を開いた。PCとスマホのプレイリストを、Wi-Fiを含むワイヤレスで同期できるというものだ。

SpotifyのiPhoneアプリ

サービス制限、iPod対応に秘められた事情

この2つの動きは何を意味するのだろうか? まずは広告ビジネスモデルの難しさが挙げられる。同社が2010年末に発表した2009年の数値によると、広告収入は450万ポンド、有料サービス収入は680万ポンド。音楽配信に必要な技術インフラはもちろん、レーベルに支払うライセンス料はばかにならず、いまだに赤字といわれている。有料ユーザーが増えれば収益の安定につながることはいうまでもない。

一方で、Spotifyの動きは単なる収入増を狙ったものというより、音楽レーベルのプレッシャーに屈したものではないか、という見方がある。違法ダウロード叩きにやっきになる音楽レーベルは、広告付きの合法サービスであっても音楽が無料で聴けるというコンセプトを快く思っていない。同社のアメリカ進出の遅れ(当初は2009年といわれていた)の最大の理由は、音楽レーベルとの合意にてこずっているからといわれている。その間にも、米国では、Amazonがクラウド音楽サービスを開始し、AppleやGoogleもこの分野に進出すると見られている。Spotifyは米国進出を急ぐべく、今回の無料サービスにさらなる制限を課すことで音楽レーベルとの交渉をスムーズにする狙いでは? という分析が一部でされている。

だが、もし音楽レーベルが本当にプレッシャーをかけているとすれば、レーベル側は慎重になるべきだと思う。Spotifyは登場当時から違法ダウンロードに代わる選択肢をうたってきた。実際、同社の狙い通りに違法ダウンロードをやめてSpotifyを使い始めたユーザーは少なくないようで、今回の変更に失望感をあらわにしたユーザーの中には、「違法ダウンロードに戻る」という書き込みも見られる。実際、Spotifyが展開する国ではデジタル音楽市場が成長するなど、違法ダウンロード対策の効果があるとの指摘もある。

またiTunesを回避したiPod統合からは、Apple対抗を狙う姿勢もうかがえる。デジタル音楽を独占するAppleに挑むのはかなりハードルが高そうだが、Spotifyの機能や使いやすさは定評がある。すでにノルウェーとスウェーデンではiTunesを越えて最大のデジタル音楽事業社になっており、欧州全体ではiTunesに次ぐナンバー2だ。逆に言うと、音楽プラットフォームを確立する戦略をとらなければデジタル音楽を制覇できないと考えた結果かもしれない。

大きな賭けに出たSpotify、その結果はデジタル音楽の今後の流れに影響を与えそうだ。