欧州委員会(EC)が、オンライン音楽市場のプッシュに本腰を入れ始めた。欧州連合(EU)で統一したオンライン音楽ストアの展開に前向きな米Appleのインプットを得て、加盟国の音楽権利団体やレコード業界など関係者に対し、オンライン時代に向けた環境整備を呼びかけている。

現在、iTunesは英国、フランス、ドイツなど欧州の主要市場で提供されているが、国により楽曲カタログのラインナップと価格は異なる。統一通貨のユーロに代表されるユーロ経済圏を目指す一方で、オンライン音楽ストアを展開する上では各国別に著作権管理団体とやりとりする必要がある。そのため、このような価格差につながっているというのが現状だ。

中でも、英国のiTunesの価格が高いことは開始当初から問題視されており、Appleは2008年、消費者団体やECのプレッシャーを受けて、英国版iTunesの価格を値下げした。当時Appleは、英国でオンライン音楽ストアを展開するにあたって、ライセンスなど諸費用が他の国よりも高いことを理由に挙げていた(一部から、英国版の価格差は、レコードレーベルとの合意ではないかという疑惑を受けていた)。ECが行った調査でも、各国版iTunesの価格差は、国により著作権管理体制が異なることが原因であることが明らかになっていた。たとえば現在でも、Black Eyed Peasのヒット曲「Boom Boom Pow」は、同じiTunesでも、英国版では0.99パウンド(約1.13ユーロ)、ドイツでは0.99ユーロ、フランスでは1.29ユーロという(英Guardianの調査)。

今回のECのプッシュは、この部分にスポットを当てるものだ。欧州競争政策担当委員であるNeelie Kroes氏は2008年9月と同年12月の2回、オンラインコマースに関するラウンドテーブルを開き、EU経済圏で展開するオンラインショップの現状や障害などについて関係者の意見をひろった。中でも、デジタル音楽には大きなフォーカスがあたったらしく、初回のラウンドテーブルでは、Apple CEOのSteve Jobs氏、ミュージシャンのMick Jagger氏らを招き、事情や問題点をヒアリングしている。これにより、音楽の著作権は国別に存在する著作権管理団体がライセンスしていることから、国別にオンライン音楽ショップを開設しなければならない現状が再度明らかになった。また、オンライン音楽の売上げを配分するにあたり、1曲につき最大40 - 50もの権利所有者が絡むなど、非常に複雑な構造も報告されている。このヒアリングには、米eBay、レコードレーベルのEMIなども参加している。

そして5月26日(ベルギー時間)、ECは2回のヒアリングの詳細な報告書とともに、フランスの音楽権利団体SACEMが、他の国の権利団体経由で自分たちのレパートリーをライセンスすることに前向きであること、EMIは欧州全体で自社カタログを提供することに前向きであることを発表した。さらに、欧州全体で単一のライセンスが提供されるのであれば、同じカタログと同じ価格の汎欧州版iTunesの提供を検討するというAppleの意見も引用している。

SACEMは、世界で最も古い著作権管理団体で、12万8,000人のアーティストの作品を取り扱う。Appleはいうまでもなくデジタル音楽市場最大手であり、その影響力は多大で欧州でも人気だ。ECはこれらと合意を取り付けることで、他の著作権管理団体やレコード業界、デジタル音楽ストアに圧力をかける狙いだ。

これは、iTunesが提供されていないポーランド、スロバキアなどのEU加盟国にとっても朗報である。Appleは現在EU16カ国で展開しているが、残りの国については、著作権ライセンスなどの費用とカタログ、それに市場とを照らし合わせて採算がとれないと判断、まだ進出していない。ポーランドの消費者はすでにECに対し、iTunesを利用できないとして苦情を挙げていた。

一方、今回のECのプッシュは一部の著作権管理団体には脅威となるだろう。ECは過去にも、放送局RTL Group、英国のオンライン音楽プロバイダ、Music Choiceの苦情を受け、著作権管理団体を調査している。その結果、2008年、各国の著作権管理団体に対し、自国の著作権管理団体の利用を強制する独占行為が見られるとして、著作権市場開放を命令していた。だが、改善が見られないことから、ECはその後、制裁金を示唆していた。

調査会社の米Forrester Researchの欧州音楽市場報告書によると、2013年には欧州音楽市場の売上げの57%がデジタル音楽になるという予想を打ち出している。だが業界では、欧州のデジタル音楽の課題として、米国に比べて割高で消費者の利用が遅れていること、根強い違法ダウンロード問題などが挙がっている。汎欧州iTunesの開設などの取り組みが、オンライン音楽市場を加速させることになるかが注目される。