IMG Worldwide Official Siteより

ハリウッド(米芸能界やプロスポーツの世界)でとくにここ数年プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)と呼ばれる金融関係の企業各社の存在感が高まっている。この連載でも以前に何度か、そうした企業の名前が出てくる話を書いたことがある(『アメリカン・アイドル』の司会者、ライアン・シークレストに関する話などで)。先週(9月下旬)にニュースが出ていた高級ヘッドフォン&オーディオ機器メーカー、ビーツ(Beats Electronics )に関する話題もそうした流れにあるもので、「Beats by Dr. Dre」のヘッドフォンで知られる同社にカーライル・グループというPEファンドが5億ドルを出資することになったという。

Beats Gets Infusion of Capital From Carlyle Group - NYTimes
Carlyle to Invest $500 Million in Dr. Dre's Beats Electronics - WSJ

ビーツについても過去に何度か触れたことがあるが、『アメアイ』に昨シーズンまでメンター役で登場していたジミー・アイオヴィン(インタースコープ・ゲフィン・A&M会長)とラッパーのDr.ドレが2008年に始めた同社は、ここ数年で急成長。2010年に2億ドル以下だった売上が昨年には約10億ドルまで増え、その間に従業員数も30人から360人程度まで増加した、などの説明がWSJ記事にはある。

ビーツではこの取引で手に入れた資金のうち、2億6500万ドルを使って、経営不信が続く台湾のスマートフォン・メーカー、HTCから自社株の残りを買い戻すことになる。HTCは一昨年にビーツから株式の過半数を3億ドルで取得したものの、その直後から製品販売の停滞・減少などが目立ちはじめ、ここ1年ほどはかなり深刻な経営状況に陥っている。一方、ビーツはそのHTCから昨年、前年に売却した自社株の約半分を買い戻しており、残り半分についても買い戻しの準備を進めているとの話が暫く前から報じられていた。

今回の話で目を惹いたのは、ビーツに資金を提供したのがカーライル・グループであるという点。同グループについては、ジョージ・ブッシュ(父)元米大統領やジョン・メージャー元英首相をはじめ、世界各国の首脳・閣僚経験者を数多くアドバイザーに迎えるなど、以前から「政商」的な色が濃いファンドとして知られていた。また、今年6月に表面化し、いまなお新たな情報のリークが続いている米NSA(米国家安全保障局)をめぐるスキャンダルの一件でも、国防関係の大手下請け企業ブーズ・アレン・ハミルトンの大株主として脚光を浴びていた。そんな流れもあり、「なぜカーライルがビーツに?」と意外な気がしたが、「カーライルは以前から消費者関連分野の企業にも投資してきており、ダンキン・ブランズ(ダンキン・ドーナッツとバスキン・ロビンスを所有する持ち株会社)もかつての投資先のひとつ」といった説明がWSJ記事には出ている。また前回の話で登場した中国一の大富豪、王建林の大連万達グループが現在所有する米映画館チェーンのAMCエンターテイメントに投資していたこともあったという。

AMC Said to Be Talking to Chinese Buyer - NYTimes

ところで。このビーツのニュースとほぼ前後して、「IMGワールドワイド(IMG Worldwide)の売却先探しが進んでいる」という話もニュースになっていたが、こちらにもカーライル・グループの名前が出てくる。

First-Round Bidding to Begin in Auction of IMG Talent Agency - NYTimes

IMGワールドワイドは、もともとスポーツ関連からスタートした大手タレントエージェンシーでーー同社日本支社の会社案内には、「プロゴルファーのアーノルド・パーマーの代理業からスタートした」などとあるーー、現在はジャスティン・ティンバーレイク(JT)や人気モデルのケイト・アプトンなど多数のタレントの代理人も務めているほか、スポーツやファッション関連のイベントの企画・運営、スポーツ番組の制作、さらには米大学のライセンスビジネスなど、さまざまな分野の事業を手がけているという。アイススケートの「スターズ・オン・アイス」や、9月はじめのニューヨークファッションウィークあたりにも絡んでいるらしい。

そんなIMGに身売り話が出ているのは、2004年から同グループを所有しているフォーストマン・リトルというPEファンドの共同創業者で、IMGの会長も務めていたテッド・フォーストマンが一昨年11月に亡くなったため(同ファンドではそれ以来資産の処分を進めてきている)。NYTimesによると、いまのところ最高で25億ドル程度の値が付くのではないか、といった話も出ているという。

First-Round Bidding to Begin in Auction of IMG Talent Agency - NYTimes

NYTimesでは、IMGの売却先について「ウィリアムモリス・エンデバー(WME)かクリエイティブ・アーティスト・エージェンシー(CAA)のどちらかになる公算が高い」としている。いずもハリウッドを代表するタレントエージェンシーで、WMEにはシルバーレイク・パートナーズ(Silver Lake Partners)が、CAAにはTPGがそれぞれ出資しているから、「タレント事務所を表に立てた大手PEファンド同士の戦い」という見方もできる。なお、シルバーレイクもTPGもテクノロジー関連の話題でよく目にするファンドで、前者については最近まで続いていたデル(Dell)の上場廃止計画で、マイケル・デルの支援者として度々名前が登場してもいた。

このふたつのグループのほかに、前述のカーライルやベイン・キャピタル(Bain Capital)、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(Kohlberg Kravis Roberts、KKR)といったPEファンドあたりにも打診の話がいっているとNYTimesには書かれてある。その昔、企業の敵対買収が盛んに行われていた80年代後半に、当時「史上最大のLBO」として話題になったRJRナビスコの争奪戦で、テッド・フォーストマンとKKRのヘンリー・クラビスが角突き合わせていたことをかすかに記憶している者としては、「両社が取引する可能性がある」というだけでもちょっと不思議な気もしてしまう。四半世紀という時間の経過がこんなところにも反映されている。

いっぽう、以前にNYTimesで「IMG獲得に名乗りを上げるかもしれない」と書かれていたワッサーマン・グループや、リラティビティ・メディアの名前は出ていない。前者は「NBAで最も影響力のあるエージェント」といわれるアーン・テレムを擁する。創業者のケーシー・ワッサーマンは、旧松下電器にMCA(ユニバーサル映画など)を売却したルー・ワッサーマンの孫で、ビル&ヒラリー・クリントン財団の管財人なども務めている。また、リラティビティ・メディアは映画の制作プロダクションからスタートし、近年ではプロスポーツ選手のエージェント業などにも手を広げてきている企業。『ワイルド・スピード』シリーズや『レ・ミゼラブル』などの制作にも参加するなど、その存在感を増してきている。