第81回アカデミー賞授賞式でのライアン・シークレスト Erik Ovanespour / (C)A.M.P.A.S.

あのライアン・シークレストのいまを伝える特集記事が、Wall Street Journal(WSJ)アート&エンターテインメント欄のトップを飾っていた(8月31日付:iPad版では「Friday Journal」=金曜娯楽版の一面)。「アメリカン・アイドル」(アメアイ)の司会者として有名人の仲間入りを果たしたライアンが、ハリウッドのモーグル(大立者)の座を手に入れられるかどうかの正念場を迎えているようである。

「アイドルは大立者に果たして変身できるか」という見出しのこの記事では、テレビやラジオの人気司会者としてよく知られたシークレストの「表の顔」とともに、敏腕プロデューサーとしての「もうひとつの顔」が詳しく紹介されている。


Can an Idol Be a Mogul? - WSJ

本人に同行取材して「いつも体力維持のための特製野菜ジュースを手放さない」とか「子供の頃は、これといって秀でた点もなく、だからいつもいろんな活動に首を突っ込んでいた」とかあるいは「仕事中毒で、仲良しのジェフリー・カッツェンバーグと、朝5時からスマホでメッセージをやりとりしている」など、その人となりを伝えようという描き方は、米国のメディアではお馴染みのもの。

ただし、そうした部分以上にお金が絡む話が詳しいのは、さすがに一流の経済紙といったところ(ちなみにジェフリー・カッツェンバーグはドリームワークスSKGのCEO。ディズニー時代に『美女と野獣』『ライオンキング』などを制作し、頭角を現す。スティーヴン・スピルバーグ監督らと自分たちの会社を作ってからも『シュレック』など多くのアニメーション映画をプロデュースしている大物の一人)。

シークレストの「ミニ・メディア帝国」

この記事には、シークレストが関わりをもつビジネスをひとまとめにした図表の付録がついている。

RYAN'S WORLD - WSJ

この図にあるとおり、シークレストはいまのところ自分がタレントとして稼ぐ部分のほうが多い。具体的には、アメアイ司会者としての契約が年間1500万ドル(昨シーズンまで審査員を務めたジェニファー・ロペスや、J-Loに代わって新たに審査員を務めることになったマライア・キャリーのギャラが2000万ドルといわれているから、それよりは少し低め)。米最大のラジオ網クリアチャネル(Clear Channel)と結んだ契約が年間2500万ドル——月~金の毎日放送がある「On Air With Ryan Seacrest」、それに週一度の「American Top 40」の2つの番組を担当——、さらにNBCUniversalと結んだ2年間の契約(五輪関連や大統領戦関連の仕事はこれ)が2500万ドル。そのほか、コカコーラ、P&G、フォードの3社と結んだエンドースメント契約が年間700万ドルで、しめて「年間売上6500万ドル」とある。

ただし、いま脚光があたっているのはむしろプロデューサーとしての手腕のほう。こちらには自分の名前を冠したテレビ番組・映画製作会社(Ryan Seacrest Productions:RSP)、それに持ち株会社にあたるRyan Seacrest Media(RSM)というのもある。

躍進のきっかけはカーダシアン

テレビ番組のプロデューサーとしてシークレストが注目を集めるきっかけとなったのが、以前にも少し触れた「Keeping Up with the Kardashians」というリアリティ番組。この企画を思いついてケーブルテレビ局のE!に売り込んだのがシークレストだったという。当初は「セレブ一家の派手な生活ぶりを追っかけるだけの中味のない番組」「シークレストの浅はかな思いつき」といった辛口の評価も聞かれたこのリアリティ番組が、蓋を開けてみると大ヒットに。そして、昨年夏に放映されたキム・カーダシアンの例の結婚式中継特番は全米で1000万人を超える視聴者を集めたという。

このリアリティ番組の成功をきっかけに、シークレストの「経営多角化」が加速。その後RSPでは、カーダシアン関連の複数の派生シリーズ——そのなかのひとつである「Khloé & Lamar」という番組には、キムの妹クロエと亭主のラマール・オドム(NBAのスター選手)が主演……とあるから、この姉妹、よほどバスケットボール選手と縁があるのかも知れない——のほか、ジェイミー・オリバーを起用した番組を制作したり、リース・ウィザースプーンなどを起用した映画の制作も進めているという。

強力な援軍、手強いライバル

さて。そんなシークレストの才能を見込んでのことだろう、今年2月には2つのプライベート・エクイティ(PE)ファンド(投資会社)が、RSMに、なんと3億ドルもの資金提供を約束したという発表があった。しかもそのうちの1社は、このところ何かと話題のベイン・キャピタル、というのだから、シークレストもビジネスマンとして「メジャーリーグの仲間入りまで、あと一歩」といったところに来ているとみえる。

ちなみに、ベイン・キャピタル(Bain Capital)というのは、共和党大統領候補に選ばれたミット・ロムニー(元マサチューセッツ州知事)らが立ち上げた投資会社(一時は「ハゲタカファンド」と呼ばれていたような類の金融系企業)で、身近なところではトイザらスやバーガーキング、ダンキンドーナツなどの買収にも参画。ロムニーらはかつて、かなり阿漕な手口をつかって荒稼ぎしていたという話が、7月にVanity Fairで暴露されて、一部で大きな話題になっていた。

Where the Money Lives - Vanity Fair

ついでに書くと、「阿漕」というのは、たとえば買収した企業で従業員の年金カットなどのリストラ策を実施し、業績がすこし回復したところで、第三者から巨額の借り入れを行わせ、入ってきたお金の大半をそのまま一時配当金として自分たちの懐に入れる……といったもの。巨額の借金を背負わされた買収先企業は経営が立ちゆかなくなって破産、従業員は路頭に迷う羽目に、という悲惨な結末。ただし、シークレストとの取引に関してはまだそういった生臭い話は出ていない模様。

それはさておき。

3億ドルもの資金を手に「いい買い物」をし、しかもそれを何倍にも増やして返さなくてはいけないシークレストがまず目を付けたのが、「師匠」でもあり「憧れの人」でもあった故ディック・クラーク(今年4月に没)のつくったDCPという番組制作会社。「ゴールデン・グローブ賞」「アメリカン・ミュージック・アウォード(AMA)」、それにシークレスト自身も出演する大晦日の年越し番組などの放映権をもつこの会社は、現在NFLワシントン・レッドスキンズのオーナーが支配する投資会社が大株主となっているが、レッドゾーン・キャピタルというこの大株主が今年に入ってDCP売却の意向を表明。それを受けて、シークレストのほかに、大手放送局のCBSや、「アメリカン・アイドル」の制作会社19エンターテインメントを傘下にもつコアメディアグループ(Core Media Group:旧CKX)なども、獲得に意欲を見せていることが伝えられていた。

この争奪戦の結果はまだ出ていないが、最近(8月末時点)の情報では、グッゲンハイム・パートナーズというやはり大手の投資会社が獲得しそうな情勢だという。

Guggenheim Partners nearing deal for Dick Clark Productions - LA Times

グッゲンハイムは今年春に、MLBのロサンゼルス・ドジャースを獲得した投資家グループの中心的存在だが、このグループはドジャース獲得になんと21億ドルもの大金を払ったことで世間を驚かせていた。そんなグッゲンハイムのこと、DCPに対しても3億8500万ドルという破格の値段を提示しているそうで、大物投資家をバックに付けたシークレストでもさすがに太刀打ちできないとなったのだろう、前述のWSJ記事には「値段がつり上がったため、獲得競争からは手を引いた」とも書かれている。

もう9月だというのに未だ陣容が固まらないアメアイ新シーズンの行方とならんで、カメラに映らないところでのシークレストの「大勝負」の成り行きも気になってしかたがない今日この頃である。

追記

このDCPをめぐる争奪戦、レイバーデイ明けの9月4日に決着がついた。ライアンの「敗退」が確定したとWSJが報じている。

Guggenheim to Buy Dick Clark Firm - WSJ