【コラム】
いまや世界の"Matz"となったRuby開発者のまつもとゆきひろ氏ですが、まつもと氏が英語で行ったプレゼンテーションがGoogleのTech Talks Channelで公開されています。質疑応答までいれると1時間近いプレゼンテーションをそつなくこなしている様子が伺えます。
ところが、まつもと氏ご自身がブログで触れられているように、コメント欄にはまつもと氏の英語に批判的な書き込みが多数あります。ジョークを交えながら、あれだけの時間を英語でプレゼンテーションされているのに、「英語を勉強したほうがいい」というコメントはほんとうにお気の毒です。
ですが…まつもと氏の英語でのプレゼンテーションには日本人にありがちな間違いが多々見受けられるので、失礼ではありますが、今回はまつもと氏のプレゼンテーションを題材に、どうすれば英語でよりよいプレゼンテーションができるのかという話をしようと思います。
プレゼンテーションをするにあたって「英語を勉強したほうがいい」といわれると、日本人は一生懸命、発音のトレーニングをしたり、英語の言い回しを覚えたりしますが、実は、発音よりもプレゼンテーションの構成を英語流にするほうが重要なのです。この連載では何度も、"thesis"と言いつづけてきていますが、プレゼンテーションでもthesisは重要です。英語のプレゼンテーションはthesisとこれを強化するいくつかのmain ideas、各main ideaをサポートするexamplesやdetailsで全体を構成します。そして、プレゼンテーションで使うスライドはすべてがthesisをサポートする内容になっていなければなりません。
そのthesisはライティングなどと同様に、プレゼンテーションでもイントロダクションの最後でリスナーにわかるように述べるのが一般的です。そして、いくつかあるはずのmain ideasもわかるようにはっきりと述べないといけません。さらに、各スライドについて話を始めるときには、英文のトピックセンテンスにあたる話しから始めるのがセオリーです。つまり、このスライドで何を言いたいのか、それがthesisとどう関係があるのかです。
私はプレゼンテーションのクラスをいくつかとってきましたが、評価されるのはほぼ50%が構成や内容です。残りの50%が発音、eye contactは十分か、などのプレゼンテーションを行っている態度などが評価されます。構成部分の50%がだめだとなると、評価できるのは残りの50%で、どんなに発音をよくしようとがんばっても、発音そのものが占める割合はけっして大きくありません。たとえば、informativeといわれるタイプのプレゼンテーションの評価項目はこのようになっていました。
これを見ると、発音に関係しているのは最後の2項目だけで、評価全体のうちわずか14%ほどです。
さて、まつもと氏のプレゼンテーションはどうでしょうか。いかにも日本人好みの構成です。特に何かを主張するわけではなく、次から次と話が広がって、さまざまな情報提供が行われています。もりだくさんで、日本人ならとても満足できる内容のはずです。
しかし、英語のネイティブスピーカーが聞くと、何を言いたいのかわからない --- "What is the point?"と首を傾げてしまう流れと言えます。上記の評価項目と照らし合わせると、英語が下手という印象を与えている理由がわかるのではないでしょうか。逆に英語らしいプレゼンテーションはたとえ内容がすばらしくても、それを和訳しただけのプレゼンテーションでは日本人にあまりウケないでしょう。主張が強すぎたり、くどい感じになってしまったりするので、日本人には合わないはずです。まつもと氏ご自身がブログで、プログラミング言語が変わると「メンタルモデルをスイッチ」しなければならないと言っていますが、日本語から英語に言語が変わる場合でもやはり「メンタルモデルをスイッチ」する必要があるのです。
それではどうすればいいのでしょうか? なんといっても重要なのは自分の主張であるthesisを決めて、プレゼンテーション時にはっきりと言うことです。たとえ情報提供のプレゼンテーションであっても、自分が情報を提供することで主張したいのは何か、これを言うのが英語です。そして、thesisは「Ruby 1.9について」のようなbroadなものはだめで、もっとnarrow downして、少なくても「Ruby 1.9の○○について、××のような話をする」のようになっていないといけません。たとえば、本コラム第40回、第41回でとりあげたNeal Gafter氏のプレゼンテーションの場合、thesisは「現在のJava言語が持つ問題を解決するためにクロージャという新APIを提案する」でした。しかも、このthesisはプレゼンテーションの冒頭を聞いただけですぐにわかるようになっています。残念ながら、まつもと氏の場合、最後まで聞いてもthesisを書き出すのは難しいでしょう。日本人の場合、narrow downしたthesisを決めてプレゼンテーションを構成するようなトレーニングを受けていないのが普通なので、できないのはやむを得ないでしょう。しかし、リスナーが thesisを書き出せないプレゼンテーションでは「何が言いたいのかわからない」という評価をもらう可能性が高いです。英語でネイティブスピーカーにわかってもらえるプレゼンテーションをしたい場合は、日頃からいろいろなスピーチや英文に触れて、"thesisは何か"を見つけ出すようにするといいでしょう。
主張であるthesisが決まったら、次はthesisを強化するいくつかのmain ideasです。くどいようですが、各main ideaはthesisを強化するものか、少なくてもthesisとの関係を説明できなければなりません。効果的なmain ideasを考えるときにはどのようなタイプのプレゼンテーションにするかを最初に決めると、見つけやすくなります。たとえば、Gafter氏のプレゼンテーションは比較的全体を構成しやすいproblem-solvingタイプでした。この場合、main ideasとしては、
といった内容を取り入れればいいのです。一方、まつもと氏のプレゼンテーションは、情報提供が目的のinformativeタイプと思われますが、このタイプは全体をうまくまとめるのは予想以上に難しいことを気に留めておいてください。Informativeの場合、thesisをnarrow downしてうまく自分の意見を主張するのが簡単ではありませんし、main ideasを決める段階で主張が発散しないように注意しないといけません。このタイプをうまく構成するには"mapping"(またはclustering、webbingなど)と呼ばれる手法(「Graphics and Learning by Dee Dickinson」)を使って、main ideasを取捨選択して構成するといいでしょう。
そして、プレゼンテーション時にはリスナーの期待を裏切らない話し方に気をつけます。これは何かというと、本コラム第39回でnote-takingの話をしたときに、リスナーが注意して聞くべきポイントは何かを説明しました。これはスピーカが注意して言うべきポイントでもあります。最初の部分で、アウトラインを用意するなど、何についてどういう話をするのかといったthesisを述べたら、transition words(転換語: thereforeやhoweverなど)やsignal words(順番を表す語: first、second、lastなど)を使って「どのmain ideaについて話をしているのか」がリスナーにわかるように進めます。ときには、"the point is"という言い回しを使ってthesisを強化していくのもいいでしょう。
今回は英語でのプレゼンテーションで「何がいいたいのかわからない」と言われないための、構成の話をしました。まつもと氏のプレゼンテーションについていろいろ書きましたが、あくまで日本語ではまったく問題がない場合でも、英語にすると通用しない例としてとりあげたものです。あんなに立派なプレゼンテーションなのに、どうして英語が下手という印象を与えるのかの理由を理解していただければと思います。次回はもっと具体的にどうすればいいのかの話をする予定です。
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