直訳ではどうもしっくりこないんですけど

最近では、英語で書かれたソフトウェアのドキュメントや記事を日本語に訳したものを読む機会も増えたような気がします。便利にはなりましたが、直訳風の日本語に違和感を感じたり、何を言っているのかわからなくて何度も読み直してみたりした経験はないでしょうか。日本語の英訳もまた同様で、日本語として何も問題のない文章をそのまま英訳すると、たとえ正しい英文であっても何を言いたいのかわからないと思われてしまうことがあります。その例として、前回はSeasar2プロジェクトの紹介文をあげましたが、今回は雑誌記事の一部を題材にどうすれば英語らしい文章にできるかを考えてみましょう。

英訳するにあたっての問題点はどこなのか

題材に使わせていただくのは技術評論社から出版されている「WEB+DB PRESS Vol.38」に掲載されている「DBチューニング入門 Part1 理論編 第1章 RDBMSのカラクリ」(羽生章洋 著)にあるハードディスクについての話です。説明の都合上、パラグラフ番号をローマ数字で、文章番号を括弧付きの数字で書き込んであります。

■ハードディスクのしくみ

I (1)ではそのハードディスクとはどういうものでしょうか。(2)これも追求しだすときりがないのですが、昨今ではハードディスクがどういうものかを知らないまま実務に携わっている方もいらっしゃるということを見聞きしますので、簡単に触れておきます。(3)なお、ここでは磁気ディスクのことを示しています。

II (4)ハードディスク内にはその名のとおり、円盤があります。(5)円盤がぐるぐると回っており、円盤に記録されているデータをヘッドが読み書きするというしくみです。(6)ちょうど昔のレコードを想像するとよいでしょう。(7)以後、話を単純にするために、円盤の片面だけが記録できるようになっていて、円盤が1枚しかない状態で説明します(注1)。   (8)(注1)実際には、一枚のディスクの両面が記録面になっており、そのディスクが同じ軸に対して複数積み重ねられています。

III (9)ディスクは軸を中心にして回転しています。(10)この軸は「スピンドル」と呼ばれ、軸を回しているのが「スピンドルモーター」です。(11)回転速度は毎分7,200回転、10,000回転、15,000回転などの種類があります。(12)ディスク(磁気ディスク)のことを「プラッタ」とも呼びますが、ここではディスクとしておきます。

IV (13)1枚のディスク上には、同心円状の「トラック」と呼ばれるものが並んでいます。(14)トラック上にはデータをビット単位で記録する磁気媒体が並んでいます。(15)トラックの上に磁気ヘッドが移動してくることで、その場所に対してデータの読み書きが行われます。

V (16)この各トラックに読み書きを行うのが「ヘッド」(磁気ヘッド)ですが、ちょうどレコード針のようにトラック間を移動します。(17)ヘッドがついている棒状のものを「アーム」あるいは「スイングアーム」と呼びます。(18)ヘッドはアームが動くことで、トラック間を移動します。

この題材は丁寧にわかりやすく説明されていて、日本語の文章としてはまったく問題ありません。これを読んで「何を言いたいのかわからない」と思う人はまずいないでしょう。レコードが実際に動いているのを見たことがない人が想像しにくいかもしれないくらいでしょうか。ところが、英訳する、あるいは英文ライティングという観点からじっくり眺めてみると、「わからない」と言われてしまいそうな単語や文章がいくつもあります。

"thing"は使ってはいけない

まずは、使われている単語の問題はあるかという点から眺めてみましょう。気になるのは4回使われている"もの"という表現(文(1) (2) (13) (17))とカタカナ語です。"もの"という表現はあいまいなので、できるだけ誤解のないクリアな文章を好む英語では使わない努力をしたほうがいい単語です。私は英文ライティングを始めたころに"thing"を使うなと先生に注意されました。何気なく使ってしまうようで、注意されるまで気づいていませんでした。

かわりに、その"もの"が指している何かを具体的に書きます。たとえば、ひとつめの"もの"(文(1))ですが、5つのパラグラフを読むと、おそらく「構造と動作」を指しているのではないかと思われます。「ではハードディスクとはどのような構成でどのような動作をするでしょうか」のほうがより英語的です。

もう1つのカタカナ語は英訳時には特に注意したい言葉です。"ガソリンスタンド"のように英語ではない英語のようなカタカナ語が日本で多数使われているのはご存知かと思います。「コンピュータ用語だから大丈夫」と思わず、英語で通用するのかを必ず調べましょう。今回の例文ではハードディスクという単語を使っていますが、英語では"a hard drive"か、この文章では特に具体的に"a magnetic hard disk"と書いたほうが的確です。また、「ディスクをプラッタとも呼ぶ」との説明があります(文(12))が、英語では"platter"が一般的で"disc"とはあまり言わないようです。さらに"スイングアーム"(文(17))という名前も検索すると、"特許をとった特別なアーム"を意味しているようです。このアームは英語では"actuator arm"と言わないとわかってもらえないかもしれません。

冗長すぎるくらいでちょうどいい

次に、文章について見てみましょう。日本語の文章にありがちで、英語と明らかに違うところは表現が貧弱で文章が短いという点です。日本語の頭しかない私は貧弱な表現を脱して、いかにdescriptiveにするかでかなり苦労しました。

たとえば文(4)に"円盤"という表現がありますが、英語ではこれだけで終わってはいけません。数はいくつなのか、硬いのか軟らかいのか、どのように動作するのかなどの詳細説明を加えます。このようにしていくうちに、短い文章は表現が豊かになり、短い文章の羅列から脱出できるようになります。特に、日本語では数を意識した書き方をあまり行わないのですが、英語では動詞の変化や代名詞など影響が大きいので数は重要です。英文にする場合は、"円盤があります"ではなく"複数の円盤があります"のように書き換えましょう。

また、英語では自分の意見を表現することも大切です。たとえば文(2)ですが、"知らない"のはgoodなのかbadなのか、書き手の意見がはっきり表現されていません。日本語ではgoodかbadかを明言せずそれとなくほのめかすことがあり、「何が言いたいのだろうか」という疑問に継ってしまいがちです。できるだけ、自分の意見を明言するトレーニングをするといいでしょう。

いちばんやっかいな構成は…

そして、英訳時に一番問題になるのが構成ですが、この題材ではどうでしょうか。やはりこのままでは英語になりません。まず、文(1)ですが、ハードディスクがどのようなものかを聞くa rhetorical questionで始まっていますから、次の文章はハードディクスの説明でなくてはいけません。ところがまったく違う話になっています。これではネイティブスピーカはさっそく「何を言いたいのだろう」と思ってしまいます。文(1)はパラグラフIIの最初にもってくるとぴったりです。しかし、ここは、データベースの話の前にハードディスクの話を持ち出した理由に繋げたくて疑問文を書いたところなので、「知らない人が多いんだ」という答えを想像できるような質問文に変えると効果的でしょう。

2つめ以降のパラグラフは表現をdescriptiveにしていくと、複数の文章がひとつにまとまってしまうので、自然に構成が変わっていきます。

というわけで、英語にしてみました

一部ですが、以上の考察を踏まえて英文に訳してみると次のように書けるでしょう。

How many software developers can explain the internal structure and mechanism of a magnetic hard disk? Before, I believed all of them could answer it accurately; however, I recently learned that the fact was not what I'd expected. In light of this, I'll add brief explanation of the magnetic hard disk, which is known as a hard drive or hard disk.

The magnetic hard drive consists of several stiff platters that spin together on a single common spindle and read/write heads on both sides of each platter. A spindle motor on the bottom of the spindle makes the platters turn as a result of rotating the spindle at the speed of 7,200, 10,000 or 15,000 revolutions per minute(RPM). Each platter is divided into thousands of tracks, which make concentric circles over. A stick-shaped actuator arm positions the read/write heads to seek one of tracks to retrieve or store data.

日本語のまま理解するにはまったく問題のないわかりやすい文章でも、英訳しようとする書き直さないといけない部分がいくつもあることがわかったでしょうか。英訳する場合は、ひとつひとつの文章について、その文ははなんのために存在しているのか、表現は十分か、内容はクリアかなどを自問自答すると直すべきところが見えてくるでしょう。日本語の置き換えではない、わかってもらえる英語を目指してがんばってください。

提供:マイナビ転職エージェント

「マイナビ転職エージェント」は、株式会社毎日コミュニケーションズが運営する、人材紹介会社仲介型の転職サイト。

あなたのキャリアやスキルをプロのコンサルタントが丁寧に判断して、成功転職へ導きます。第三者があなたの市場価値を判断する「紹介型転職」は、転職界の新スタンダード。ぜひあなたが納得できる転職を実現してください。