トランプ次期米大統領がトヨタ自動車のメキシコ新工場建設計画を批判しました。大統領選勝利以後、日本企業を名指しで批判したのは初めてで、個別企業の経営に介入するようなやり方には日本の産業界全体に困惑が広がっています。1月20日に正式に大統領に就任するトランプ氏がどのような発言をし、政策をどのように具体化するのか、2017年はトランプ大統領の一挙手一投足に振り回される年になりそうです。

トランプ氏がツイートしたトヨタ批判の内容とは?

まず今回のトヨタ批判の内容を見てみましょう。トヨタ自動車はメキシコで新工場を建設中で、年間約20万台のカローラを生産し米国などに輸出する計画です。これに対しトランプ氏はツイッターで「ありえない! 米国内に工場を建設しろ。さもなければ高い関税を払え」と投稿したのです。

トヨタ自動車はメキシコ新工場で年間約20万台を生産予定

トランプ氏は大統領選挙中から「米国に雇用を取り戻す」とのスローガンを掲げ、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しを主張してきました。NAFTAは米国、メキシコ、カナダの3カ国がお互いの関税をゼロにするなどの自由貿易協定で、1994年の発効以降、人件費の安いメキシコで製品を生産し米国に輸出する企業が増えています。トランプ氏はNAFTAによって米国の雇用がメキシコに奪われているとして批判、これが白人を中心とする労働者層の支持を集めて大統領選勝利の要因となりました。

選挙後には個別企業を標的にし、米大手空調メーカーのキヤリア社、自動車大手のフォードやGM(ゼネラル・モーターズ)などのメキシコ工場移転や新工場建設計画に対し「恥知らず」「高い関税をかける」と激しい言葉で批判していました。これに屈する形でキヤリア社は12月に移転計画を撤回、フォードも年明け早々の1月3日にメキシコ工場建設中止を発表したばかりです。

トランプ氏は米国のキヤリア社、フォード、GMにも介入

これに続いて、ついに日本企業にも矛先が向けられたわけです。しかしトヨタがメキシコ工場で生産するカローラは、カナダ工場から移管するものであって、米国工場での生産や雇用を縮小するものではありません。トヨタはその点を強調してトランプ氏に理解を求めていくとしていますが、それでトランプ氏が矛を収めるかどうか、気がかりです。

(ついでに言えば、トランプ氏はトヨタのメキシコ新工場の建設地の州の名前を間違えています。このように事実を誤認したまま批判しているのですから、乱暴さがよく分かります)。

この問題の影響はトヨタだけにとどまりません。メキシコへはトヨタの他にホンダ、日産自動車などの大手自動車メーカー、ブリヂストン、新日鉄住金、三菱電機など多くの日本企業が進出し、米国向けの輸出拠点としています。今後はトランプ政権の出方によっては、米国、メキシコを含めた北米戦略全体の見直しを迫られるかもしれません。

メキシコへはトヨタの他にホンダ、日産自動車なども進出している

トランプ氏は「雇用を取り戻す」との公約実現が最大の使命だと言いたいところなのでしょう。それが彼を大統領に押し上げた支持者との約束でもあり、おそらくその基本姿勢は変わらないことが徐々に明らかになってきたと言えそうです。

ただ例えばNAFTAそのものを見直すとすればカナダやメキシコとの政府間交渉が必要になりますから時間がかかります。そこで、誰でも知っている大企業を標的にして主張をのませれば、目に見える形で分かりやすく成果を示せます。トランプ氏の一連の"圧力"にはこのような読みがあるとみられます。

そのようなやり方はポピュリズム(大衆迎合主義)であり、保護主義です。そのうえ個別企業の経営に介入するやり方は健全な企業活動と自由主義経済をゆがめることになりかねませんし、それは結局のところ米国自身にマイナスとなって跳ね返ってくるものです。

トランプ氏はメキシコからの輸入には高い関税をかけるとも発言しています。しかし関税分は米国内での販売価格に上乗せされて、米国の消費者が負担することになるのです。トランプ氏はせっかくインフラ投資や減税、規制緩和などで米国経済の成長を図ろうとしているにかかわらず、その経済効果を帳消しにしかねないと言っていいでしょう。

もう一つ、トランプ氏の情報発信がもっぱらツイッターを通じて行われていることにも問題があります。今回のトヨタ批判もツイッターへの投稿でした。もちろんツイッターで情報発信すること自体は結構なことですが、それが個人の感想レベルなのか公式のものなのかがあいまいですし、字数も短いという制約もあります。

その一方で、トランプ氏は大統領に当選はまだ一度も記者会見を行っていません。当初は12月に開く予定でしたが、理由を明確にしないまま延期されています。したがっていまだに新政権の基本姿勢や政策について体系的な説明が行われていないのです。

トランプ氏はメディアに不信感を持っているようですが、それでも民主主義国家のトップというものは自らの考え方や政策を記者会見など公式の形で表明することが求められますし、その場で記者の質問にもきちんと答える責務があります。当面は1月11日に記者会見を予定していますが、大統領就任後はどのような形で情報発信を続けるのかにも注意が必要です。

1月20日には就任式が行われ、ここでの就任演説の内容に注目が集まります。続いて1月下旬か2月上旬には議会で初の一般教書演説を行います。これらを通じてトランプ大統領の政策の内容が明確になるのかが焦点です。そして4月末までの就任100日間で政策の具体化をどこまで進めるかがトランプ大統領の勝負どころとなるでしょう。

いずれにしても2017年はトランプ大統領の政策や発言に世界中が振り回されることを覚悟しておいたほうがよさそうです。

トランプ減少は欧州にまで拡大か

一方、トランプ現象は欧州にも拡大する気配を見せています。移民排斥や反EUの声が大きくなっている欧州の現状には、トランプ現象と同じ背景があるからです。2017年の欧州では3月にオランダで総選挙、4~5月にはフランス大統領選、秋にはドイツの連邦議会選挙と重要な選挙が続きますが、いずれも反移民、反EUを掲げる極右政党が勢力を伸ばすとの予想が出ています。

中でも最大の焦点はフランス大統領選です。同大統領選は4月の第1回投票で過半数を獲得した候補がいなかった場合は上位2者による決選投票が5月に行われます。注目の的は極右政党「国民戦線」の女性党首、ルペン氏で、決選投票に残るとの予想が増えているそうです。トランプ氏は必ずしも極右とは言えませんが、ポピュリズム、保護主義などの点で共通項が多いのは事実です。

またドイツでは移民受け入れを進めてきたメルケル首相の支持率が低下しており、秋の連邦議会選挙で与党が敗北すると予想するエコノミストもいます。

このほか、昨年12月に首相が辞任したイタリアでは暫定内閣が発足しましたが、18年に行われる予定の総選挙が今年に前倒しになる可能性があります。同国では銀行の不良債権問題を抱えて金融不安がくすぶっており(詳しくは本連載第76回)、政治混迷と経済危機の連鎖が懸念されます。

一方、昨年6月の国民投票でEUからの離脱を決めた英国ですが、その後の離脱の手続きは全く進んでいません。国民投票後に就任したメイ首相は今年3月末までにEUに離脱を通告するとしていますが、フランスやドイツなどEU側の主要国で選挙が続くため、今年秋までは離脱交渉がほとんど進まない可能性が高そうです。

2017年の世界の予定は?

こうして世界の主要国を見渡すと、日本の政治が最も安定していることが分かります。それは経済にとっても好材料です。日本経済の今年の見通しについては次号以降で詳しく見ていきたいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
オフィシャルサイト「岡田晃の快刀乱麻」