【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

78 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?

78/91

トランプ次期米大統領がトヨタ自動車のメキシコ新工場建設計画を批判しました。大統領選勝利以後、日本企業を名指しで批判したのは初めてで、個別企業の経営に介入するようなやり方には日本の産業界全体に困惑が広がっています。1月20日に正式に大統領に就任するトランプ氏がどのような発言をし、政策をどのように具体化するのか、2017年はトランプ大統領の一挙手一投足に振り回される年になりそうです。

トランプ氏がツイートしたトヨタ批判の内容とは?

まず今回のトヨタ批判の内容を見てみましょう。トヨタ自動車はメキシコで新工場を建設中で、年間約20万台のカローラを生産し米国などに輸出する計画です。これに対しトランプ氏はツイッターで「ありえない! 米国内に工場を建設しろ。さもなければ高い関税を払え」と投稿したのです。

トヨタ自動車はメキシコ新工場で年間約20万台を生産予定

トランプ氏は大統領選挙中から「米国に雇用を取り戻す」とのスローガンを掲げ、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しを主張してきました。NAFTAは米国、メキシコ、カナダの3カ国がお互いの関税をゼロにするなどの自由貿易協定で、1994年の発効以降、人件費の安いメキシコで製品を生産し米国に輸出する企業が増えています。トランプ氏はNAFTAによって米国の雇用がメキシコに奪われているとして批判、これが白人を中心とする労働者層の支持を集めて大統領選勝利の要因となりました。

選挙後には個別企業を標的にし、米大手空調メーカーのキヤリア社、自動車大手のフォードやGM(ゼネラル・モーターズ)などのメキシコ工場移転や新工場建設計画に対し「恥知らず」「高い関税をかける」と激しい言葉で批判していました。これに屈する形でキヤリア社は12月に移転計画を撤回、フォードも年明け早々の1月3日にメキシコ工場建設中止を発表したばかりです。

トランプ氏は米国のキヤリア社、フォード、GMにも介入

これに続いて、ついに日本企業にも矛先が向けられたわけです。しかしトヨタがメキシコ工場で生産するカローラは、カナダ工場から移管するものであって、米国工場での生産や雇用を縮小するものではありません。トヨタはその点を強調してトランプ氏に理解を求めていくとしていますが、それでトランプ氏が矛を収めるかどうか、気がかりです。

(ついでに言えば、トランプ氏はトヨタのメキシコ新工場の建設地の州の名前を間違えています。このように事実を誤認したまま批判しているのですから、乱暴さがよく分かります)。

この問題の影響はトヨタだけにとどまりません。メキシコへはトヨタの他にホンダ、日産自動車などの大手自動車メーカー、ブリヂストン、新日鉄住金、三菱電機など多くの日本企業が進出し、米国向けの輸出拠点としています。今後はトランプ政権の出方によっては、米国、メキシコを含めた北米戦略全体の見直しを迫られるかもしれません。

メキシコへはトヨタの他にホンダ、日産自動車なども進出している

トランプ氏は「雇用を取り戻す」との公約実現が最大の使命だと言いたいところなのでしょう。それが彼を大統領に押し上げた支持者との約束でもあり、おそらくその基本姿勢は変わらないことが徐々に明らかになってきたと言えそうです。

ただ例えばNAFTAそのものを見直すとすればカナダやメキシコとの政府間交渉が必要になりますから時間がかかります。そこで、誰でも知っている大企業を標的にして主張をのませれば、目に見える形で分かりやすく成果を示せます。トランプ氏の一連の"圧力"にはこのような読みがあるとみられます。

そのようなやり方はポピュリズム(大衆迎合主義)であり、保護主義です。そのうえ個別企業の経営に介入するやり方は健全な企業活動と自由主義経済をゆがめることになりかねませんし、それは結局のところ米国自身にマイナスとなって跳ね返ってくるものです。

トランプ氏はメキシコからの輸入には高い関税をかけるとも発言しています。しかし関税分は米国内での販売価格に上乗せされて、米国の消費者が負担することになるのです。トランプ氏はせっかくインフラ投資や減税、規制緩和などで米国経済の成長を図ろうとしているにかかわらず、その経済効果を帳消しにしかねないと言っていいでしょう。

もう一つ、トランプ氏の情報発信がもっぱらツイッターを通じて行われていることにも問題があります。今回のトヨタ批判もツイッターへの投稿でした。もちろんツイッターで情報発信すること自体は結構なことですが、それが個人の感想レベルなのか公式のものなのかがあいまいですし、字数も短いという制約もあります。

その一方で、トランプ氏は大統領に当選はまだ一度も記者会見を行っていません。当初は12月に開く予定でしたが、理由を明確にしないまま延期されています。したがっていまだに新政権の基本姿勢や政策について体系的な説明が行われていないのです。

トランプ氏はメディアに不信感を持っているようですが、それでも民主主義国家のトップというものは自らの考え方や政策を記者会見など公式の形で表明することが求められますし、その場で記者の質問にもきちんと答える責務があります。当面は1月11日に記者会見を予定していますが、大統領就任後はどのような形で情報発信を続けるのかにも注意が必要です。

1月20日には就任式が行われ、ここでの就任演説の内容に注目が集まります。続いて1月下旬か2月上旬には議会で初の一般教書演説を行います。これらを通じてトランプ大統領の政策の内容が明確になるのかが焦点です。そして4月末までの就任100日間で政策の具体化をどこまで進めるかがトランプ大統領の勝負どころとなるでしょう。

いずれにしても2017年はトランプ大統領の政策や発言に世界中が振り回されることを覚悟しておいたほうがよさそうです。

トランプ減少は欧州にまで拡大か

一方、トランプ現象は欧州にも拡大する気配を見せています。移民排斥や反EUの声が大きくなっている欧州の現状には、トランプ現象と同じ背景があるからです。2017年の欧州では3月にオランダで総選挙、4~5月にはフランス大統領選、秋にはドイツの連邦議会選挙と重要な選挙が続きますが、いずれも反移民、反EUを掲げる極右政党が勢力を伸ばすとの予想が出ています。

中でも最大の焦点はフランス大統領選です。同大統領選は4月の第1回投票で過半数を獲得した候補がいなかった場合は上位2者による決選投票が5月に行われます。注目の的は極右政党「国民戦線」の女性党首、ルペン氏で、決選投票に残るとの予想が増えているそうです。トランプ氏は必ずしも極右とは言えませんが、ポピュリズム、保護主義などの点で共通項が多いのは事実です。

またドイツでは移民受け入れを進めてきたメルケル首相の支持率が低下しており、秋の連邦議会選挙で与党が敗北すると予想するエコノミストもいます。

このほか、昨年12月に首相が辞任したイタリアでは暫定内閣が発足しましたが、18年に行われる予定の総選挙が今年に前倒しになる可能性があります。同国では銀行の不良債権問題を抱えて金融不安がくすぶっており(詳しくは本連載第76回)、政治混迷と経済危機の連鎖が懸念されます。

一方、昨年6月の国民投票でEUからの離脱を決めた英国ですが、その後の離脱の手続きは全く進んでいません。国民投票後に就任したメイ首相は今年3月末までにEUに離脱を通告するとしていますが、フランスやドイツなどEU側の主要国で選挙が続くため、今年秋までは離脱交渉がほとんど進まない可能性が高そうです。

2017年の世界の予定は?

こうして世界の主要国を見渡すと、日本の政治が最も安定していることが分かります。それは経済にとっても好材料です。日本経済の今年の見通しについては次号以降で詳しく見ていきたいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
オフィシャルサイト「岡田晃の快刀乱麻」

78/91

インデックス

連載目次
第91回 28日衆院解散 - 消費増税などが争点、一転して「自民vs小池新党」の構図に
第90回 米債務上限引き上げ・デフォルト回避で安心感 - しかしトランプ大統領と身内・共和党の溝広がる
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

もっと見る

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事