【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

75 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒

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トランプ氏勝利、日本への影響は?

トランプ次期米大統領が早くも日本を大きく揺さぶっています。世界の首脳の中で最も早く安倍首相と会談し友好ムードを演出したのもつかの間、21日には「就任初日にTPP(環太平洋経済連携協定)から脱退する)と明言し、日本を困惑させています。しかしその一方で、市場ではトランプ氏の経済政策への期待が膨らんで、株高・円安が一段と進んでいます。果たしてトランプ大統領の登場は日本にどのような影響をもたらすのでしょうか。

まず市場の動きから見てみましょう。日経平均株価はトランプ氏の勝利が決まった9日(日本時間)に919円安の1万6,251円まで急落した後、翌日には1,092円高と大幅反発し、その後も上昇を続けています。21日には10カ月半ぶりに1万8,000円を回復しました。10日から22日までの9営業日のうち下落したのは1日だけ。しかもその日の下げ幅はわずか4円でした。その間の上昇幅は1,911円、上昇率は11.8%に達しています。

米国の株価も上昇が続いています。代表的な株価指数であるダウ平均株価は連日最高値を更新し、1万9,000ドル台をつけました。前号で見た通り、トランプ氏が打ち出している大規模な公共投資と大幅減税、規制緩和などへの期待が高まっていることが背景で、株価上昇の勢いが止まらない雰囲気になっています。

米大統領選後、ニューヨークの株価より日本の株価のほうが上昇率が大きい

ここで興味深い現象が起きています。ダウ平均株価の上昇率は、8日から23日までで4.1%でした。これでも相当な上昇ですが、トランプ氏のおひざ元であるニューヨークの株価より日本の株価のほうが上昇率が大きいのです。

その原因は円安です。為替相場は、トランプ氏勝利直後に一時1ドル=101円台まで一気に円高となりましたが、その後は一転して円安となっています。日本が休日だった23日の海外市場では112円台まで円安が進みました。これは、トランプ氏の経済政策が米国経済の成長に効果があるとの見方からドル買いが強まっているため、ドル高、つまり円安が進んだのです。

米大統領選後、101円台まで一気に円高になったが、その後一転して円安に

円安は輸出産業の収益を改善させ、日本の景気全体を好転させます。これをうけてトヨタ自動車や日立製作所など輸出企業の株価上昇率がより大きくなっており、日本の株価全体を一段と押し上げることになっているわけです。

円安を受けてトヨタ自動車、日立製作所など輸出企業の株価上昇率がより大きくなった

ドルは円に対してだけでなく、ユーロなど他の主要通貨に対しても高くなっています。本質的には円安というよりドル高です。本連載の前号で、トランプ氏の経済政策とドル高が1980年代前半のレーガン時代に似ていると書きましたが、その様相がますます強まっていると言えるかもしれません。

日本との関係で見ると、当時もレーガノミクスの効果で米国の景気が好転し、その余波が日本にも及びました。当時の日本は2度にわたる石油危機の影響で景気低迷が続いていましたが、米国国内の景気回復とドル高・円安のおかげで輸出が急速に増加し景気が好転していきました。

今後しばらくの間は、その当時と似たような展開になるのではないかとの期待が市場には広がっています。しかしその一方で、懸念と不安を拭えないのも事実です。

保護主義という最大の懸念

懸念の一つが、トランプ次期大統領がいつまでドル高を容認するかという点です。その"前例"はレーガン時代にありました。レーガン大統領の1期目(1981~85年)はドル高でしたが、輸出が不利になってきたことや金利が高くなりすぎたことなど、次第にドル高の弊害が目につくようになってきました。こと、などです。そこでレーガン大統領は2期目に入った1985年に為替政策をドル安誘導に転換したのです。その年の9月、先進5カ国(米、日、西独、英、仏)の財務大臣・中央銀行総裁がニューヨークのプラザホテルに集まって、ドル高是正(つまりドル安誘導)で合意(いわゆる「プラザ合意」)、各国が猛烈な勢いでドル売り協調介入に踏み切ったのでした。その結果、円相場は1ドル=240円台から2年後には120円台まで一気に円高が進んだという歴史があります。

トランプ氏も、いずれドル安路線をとる可能性がありそうです。「米国に生産と雇用を取り戻す」と主張しているトランプ氏が、ドル安に転換させて米企業の輸出増加を図ろうと考えてもおかしくありません。日本に対しても、通商交渉を有利に進めるために円高プレッシャーをかけるというのは、かつて貿易摩擦の激しかった1990年代に見られた光景です。

こうした考え方は保護主義につながるもので、これがトランプ氏の経済政策で最も懸念されるところです。保護主義の問題点は前号で指摘した通りですが、21日のビデオ演説で「就任初日にTPPから脱退する」と表明しました。トランプ氏は勝利決定後は過激な発言を控えていましたし、人事ではTPPに前向きと言われ知日派でもある投資家のウィルバー・ロス氏を商務長官に起用することを検討していると報道されるなど、現実路線への軌道修正に期待が出ていました。

それだけに21日の「TPP脱退」明言で、トランプ氏の翻意は困難になったこと、保護主義的な考えが強いことがあらためて印象づけられた感があります。米国のTPP脱退は、TPPの存在意義をないに等しいものにするだけでなく、新たに2つの問題を生じさせることになります。

第1は、世界的な保護主義の拡大と自由貿易の後退につながるおそれがあることです。トランプ氏の考えの基本となっている「米国第一」はある意味では当然のことで、それが米国経済の成長をもたらす可能性がある半面、自国の利益を最優先する保護主義になりやすいものです。

保護主義がいかに世界経済にとってマイナスになるかは歴史が示しています。1929年に米国で株価が大暴落したことをきっかけに世界大恐慌が起きましたが、各国は不況に対応して自国産業を保護するため輸入品に高い関税をかけるようになりました。各国が他国の関税に対抗して、また関税をかけるような形で世界貿易の縮小を招き、それが世界大恐慌を深刻なものしたのでした。これはやがて第2次世界大戦を引き起こす経済的背景の一つとなったのです。

今日でも、トランプ氏の保護主義が、欧州などでも広がりつつある移民排斥やEUからの離脱などの動きを勢いづかせることになりかねないことが危惧されるところです。

第2は、中国との関係です。TPPによるアジア太平洋地域での自由貿易圏形成は中国に対抗、あるいは中国への経済的けん制の意味合いも持っています。しかしTPPが頓挫するか米国抜きになれば、がぜん中国の存在感が増すことになります。中国が中国主導の貿易圏づくりに力を入れてくることが考えられます。

このことはTPPの問題にとどまらず、安全保障の問題でもあります。トランプ氏は国際的な問題への関与を減らし日米安保体制を見直す発言もしていましたが、そのことは東アジアでの米国と日米同盟による抑止力を低下させることにつながりかねません。その機をとらえて中国が南沙諸島や尖閣諸島周辺などの海洋進出を一段と活発化させる可能性がありますが、そのへんについてトランプ氏がどのように考えているかは明確ではありません。

トランプ氏の主な政策と日本への影響

以上のように、トランプ氏の政策や考え方には日本にとって景気などで期待できる反面、通商・貿易や安全保障などでは心配な面が多いというのが現実です。トランプ氏の政策の全体像はまだ明確になっていないところが多く、私たちは当分の間ほんろうされることになるのでしょうか。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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インデックス

連載目次
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

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