【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

55 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか

 

55/64

鴻海が買収決定、しかし契約延期で一波乱?

シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されることが決まりました。鴻海は4890億円でシャープの株式の約66%を買い取るとともに、主取引銀行が保有するシャープ株のうち1000億円を買い取るなど、合計6600億円の支援を行います。シャープに対しては、政府と民間企業26社が出資する官民ファンドの産業革新機構も支援策を提案していましたが、シャープの取締役会は最終的に鴻海案受け入れを決定しました。

これでシャープは鴻海の傘下で経営再建をめざすことになります。ただシャープ側の買収受け入れ決定直後に、鴻海は「はっきりさせなければならない内容がある」として買収契約の一時延期を表明しました。最終決着までまだ一波乱あるかもしれません。

今回のニュースで多くの人が関心または疑問に思うのは、(1)シャープはなせ鴻海の傘下入りを決めたのか(2)シャープの技術、日本の技術が海外に流出してしまうのではないか(3)そもそもシャープはなぜ経営危機に陥ったのか(4)これでシャープは経営再建ができるのか――などでしょう。これらについて考えてみましょう。

鴻海とは愛憎半ばする関係?

まず(1)の点ですが、その答えは、鴻海の方が条件が良かったことにつきます。鴻海の出資額は前述の通り6600億円ですが、産業革新機構が示していた支援策では出資額は3000億円でした。出資のほかに2000億円の融資枠を設定するとの案も含まれていましたが、あくまで融資ですし、だれがどのように融資するのかはあいまいです。つまり鴻海が産業革新機構の2倍以上のお金を出してくれるわけで、あまりにも条件が違いすぎました。

しかも鴻海は電子機器の生産受託サービス(FMS)の世界最大手で、売上高15兆円にも上ります。「鴻海」というブランドの最終製品を生産しているわけではないので一般消費者にはなじみが薄いのですが、アップルのiPhoneの生産を受託するなど、世界中の大手電機・ハイテク企業を顧客に持つ超優良企業です。シャープにとっては、鴻海の傘下に入ることで豊富な資金力と幅広いネットワークを活用できるメリットもあります。

実はシャープと鴻海との関係は4年前に始まっていましたが、一時は関係が悪化するなど、いわば愛憎半ばする間柄でした。2012年3月にシャープの経営不振が表面化し、鴻海が約10%分を出資すると合意したのが始まりです。出資額は当時の株価で670億円の予定でしたが、その後シャープの株価が大幅に下落したことから、鴻海は出資比率の拡大を要求、これをシャープ側は拒否したため両社の関係は悪化し、翌2013年3月に鴻海の出資見送りが発表されました。

この時期には、鴻海の郭会長の対応が高圧的としてシャープ側の反発を買ったとも言われています。しかしその一方で、シャープが建設し稼働していた大阪府堺市の大型液晶工場を鴻海との共同出資会社(SDP)に移管し、パートナーとしての関係も続いていました。

シャープと鴻海の関係

こうした経過から、シャープの経営陣の間には鴻海の傘下に入ることには抵抗感もあったといわれており、当初は産業革新機構の方が有利だったのもそれが一因のようです。しかし今年に入って郭会長が支援額を大幅に引き上げ、積極的なプレゼンをしたことで形勢が逆転したのでした。

技術の流出は大丈夫?

しかしここで気になるのが(2)の点です。確かに、シャープのすぐれた技術が鴻海グループのものになるわけですから、技術流出を心配する声が強まることはうなずけるところです。しかし鴻海グループ入りはシャープの経営判断ですから、それを第3者や国が阻止することはできるものではありません。

それに少し突き放した言い方をすれば、すでに堺のSDPの共同運営などを通じてシャープの技術は事実上は流出していると見た方がいいのかもしれません。一般的に言っても、中国や韓国などのライバル企業は日本企業の技術者のスカウトや半導体製造装置メーカーの技術などを通じて、かなりの技術や情報を得ていると見た方がいいでしょう。

いずれにしても新興国の技術水準の向上という流れはもう変えられるものではなく、日本企業はそれをも上回る独自の技術や商品開発が必要と覚悟せざるを得ない時代に入っているのが現実です。逆に言えばそのことが、日本企業がグローバル競争に勝ち残る道なのです。

経営危機の理由 - 液晶の強みがアダとなって弱みに

そしてそれが、(3)の「シャープはなぜ経営危機に陥ったのか」という点にも関係してきます。経営危機の原因としては、あまりにも液晶に偏り過ぎたこと、その液晶事業への設備投資が過大だったことなどが指摘できます。液晶事業はシャープの絶対的な強みでした。それがアダとなったわけです。

液晶以前のブラウン管テレビ時代、実はシャープはブラウン管を自前で生産していなかったため他の電機メーカーからブラウン管を購入してテレビを生産していました。そのため長い間、家電メーカーとして2番手・3番手企業に甘んじていましたが、逆にそうだったからこそブラウン管をいち早く捨てることができて、液晶で世界を席巻するまでになれたのです。

弱みだったことが強みになったのでした。ところが今度は、その強みとなった液晶に頼りすぎたことが経営不振を招いたのですから、皮肉なものです。強みだったことが一転して弱みに変わってしまったのです。「失敗は成功のもと」ということわざがありますが、「成功は失敗のもと」でもあります。

このような急激な環境変化に素早く対応することが必要なのですが、それに立ち遅れるとあっという間に窮地に陥るわけで、これはどの企業にとっても大きな教訓です。

シャープの経営危機が表面化した2012年、当時の会長だった町田勝彦氏にじっくり話を聞く機会がありましたが、「シャープの技術に自信を持ち過ぎていた。すべて自前でやることにこだわり過ぎていた」としみじみ語っていました。町田氏はまさに「液晶のシャープ」を作り上げた人で、「選択と集中」「オンリーワン経営」という言葉も町田氏が言い始めたものです。その人の言葉だけに印象的でした。

町田氏は経営危機の責任を取って2012年に会長を退任しましたが、その後も経営危機から脱することはできませんでした。一時は2014年3月期決算で黒字を回復しましたが、液晶依存から脱却して新しい成長の柱をどのようにして育てるかという明確な戦略を打ち出せないままに終わってしまいました。これが自力再建できなかった原因です。

シャープの"DNA" - 創業者精神に期待

それでは(4)のポイント、今後シャープは再建できるのでしょうか。鴻海の郭会長は強力なリーダーシップの持ち主のようですので、かなりの成果を上げることが予想されます。しかしそれでも本当に再建に成功するかは未知数です。

ここで期待したいのは、シャープが持つ"DNA"です。シャープはその社名の由来となったシャープペンシルに始まり、ラジオ、電卓、電子レンジ、太陽電池、そして液晶など、時代に先がけて数々の技術と商品を開発してきました。そのような技術力の高さとベンチャー精神にあふれた社風が、同社の強みでした。それは創業者の早川徳次にまでさかのぼり、長年にわたって培われてきたものです。

早川徳次については以前この連載で書きましたが(第28回「"どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ」)、あらためて簡単にご紹介したいと思います。

創業者・早川徳次の生涯とシャープの歴史

早川徳次は不屈の人でした。1893年(明治26年)に東京・日本橋で生まれましたが、幼少のころに養子に出され、養子先の継母から壮絶な虐待を受けて育ちました。彼は実の両親の顔を知らず、自分が養子であることを知らないまま育ったそうです。8歳の頃、近所の金属加工職人の家に住み込みででっち奉公にあがり、腕を磨いて18歳で独立しました。1912年(大正元年)のことで、シャープはこれを創業の年としています。

その3年後に発明したのがシャープペンシルです。特許を取って輸出にも成功し、大ヒット商品となりました。工場を建設し、従業員200人を超す企業に成長していきました。

ところが1923年(大正12年)の関東大震災で妻と二人の子供を亡くし、自らも瀕死の重傷を負いました。工場も焼失してしまい、すべてを失ったのです。しかしそれでも早川はあきらめませんでした。心機一転、大阪に移り住んで再起を図りました。阿倍野区に小さな家を借り、そこで金属加工の下請け仕事を始めました。その場所が現在のシャープの本社です。

しばらくして、日本でラジオ放送が始まることを知った早川はラジオの試作に取り組みました。当初はラジオや電機の知識はまったくなかったそうですが、1925年(大正14年)にラジオ受信機の製作に成功しました。これが国産初のラジオで、放送開始と同時に爆発的な売れ行きとなりました。こうして今日のシャープの基礎を作り発展していったのです。

早川徳次は1970年(昭和45年)まで社長をつとめましたが、終戦後間もなくの1950年(昭和25年)に倒産の危機に直面したことがあります。この時、早川は苦労の末に危機を乗り切り再建を果たしました。そしてその後、テレビの国産第1号、電子レンジ国産第1号、世界初のオールトランジスタ方式の電子式卓上計算機などを次々と世に送り出していったのでした。

早川のこのような人生を知ると、だれでも勇気づけられるはずです。早川が壮絶な少年時代を耐え、関東大震災ですべてを失っても再起したことを考えれば、今のシャープも苦境を乗り越えられるはずです。鴻海の傘下入りを機に、シャープが創業者精神を取り戻してよみがえることを期待したいものです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

55/64

インデックス

連載目次
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

もっと見る

関連したタグ

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事

[冬目景]月刊マンガ誌「バーズ」で新連載へ
[00:00 6/30] ホビー
JR東日本、仙石東北ライン上り始発・下り最終が女川駅へ - 8/6直通運転開始
[23:45 6/29] ホビー
「ガンダム名鑑ガム」に第2弾登場、マンダラガンダムの3形態も再現
[23:35 6/29] ホビー
[夏のドラマ見どころ]男の生き様 山田孝之、2年ぶりウシジマ 三上博史は初深夜 フジ日9は中島裕翔
[22:56 6/29] エンタメ
なかはら・ももた「買われた星」地方の和菓子職人と東京から来た社長のBL
[22:55 6/29] ホビー