【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

41 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる

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連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


フォルクスワーゲン(VW)による排気ガス不正問題、明らかに意図的な不正

ドイツの大手自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)による排気ガス不正問題の衝撃が世界中に広がっています。企業不祥事と言えば日本では東芝の不正会計が起きたばかりですが、今回のVWの問題は不祥事の度合いとインパクトの大きさで東芝問題をはるかに上回り、史上最悪とも言える不祥事に発展しています。

今回の問題は、排ガス規制をクリアするため試験のときだけNO2など有害物質の排出量を少なくするソフトを搭載していたというものです。そんなことが可能なのかと私も最初は驚きましたが、続々と報道される各メディアの記事から不正の内容が明らかになってきました。

通常、排ガスの検査は室内に設置されたローラーの上で車を走らせて、排出されるガスを測定して規制値に適合しているかどうかを見ます。この時の走行ではハンドルを切ることはありませんし、加速度やスピードはほぼ一定です。すると、エンジンの電子制御装置のソフトが「これは試験だ」と認識して排ガスのNO2などを規制基準内に抑えます。

一方、通常の路上走行では頻繁にハンドル操作を行いますし、スピードは常に変化しますので、ソフトは「通常走行モード」に切り替わって、排ガス低減機能を無効化するのだそうです。その結果、実際の排ガスは基準値の最大40倍であることが明らかとなったのです。

メーカーの製品に関する不祥事では、設計や製造工程でのミスあるいは不具合などがよく問題になりますが、今回はそのような次元ではなく、検査をパスするためにわざわざそのようなソフトを作成し搭載していたわけで、明らかに意図的な不正だと言わざるを得ないでしょう。

本当にトップが関与していなかったのかどうか?

しかもどうやらそれが長期間にわたっていたらしいのです。各種報道によりますと、不正は2009年に米国で発売されたディーゼル車から始まったとされています。VWではその2年前の2007年に、今回辞任したヴィンターコーン氏が社長に就任し、同氏の強力なリーダーシップのもとで急激な規模拡大を進めてきました。これが今回の不正の背景の一つとなったともみられます。2007年時点でVWの世界での新車販売台数は約600万台で、900万台を超えていたGM(ゼネラル・モーターズ)やトヨタ自動車に大きく水をあけられていました。しかしその後は急速に販売台数を伸ばし、2014年はトップのトヨタに9万台の差まで肉薄。2015年1-6月では僅差ながらトヨタを抜いて、ついにトップを奪いました。

世界の新車販売台数(VW、トヨタ、GM)

その陰で不正が行われていたわけです。ヴィンターコーン氏は「不正は知らなかった」としていますが、本当にトップが関与していなかったのかどうか。実は同氏は技術畑出身で、新車の発売については詳細に至るまで詳しくチェックしないとゴーサインを出さなかったそうですから、やはり責任は免れないところですし、事実上組織ぐるみと断じられてもやむを言えないでしょう。

2015年1-6月の世界新車販売台数

しかし一方で、VWの不正をドイツ政府、あるいはEUが黙認していたのではないかとの疑惑も指摘されています。ウォールストリートジャーナルは「ドイツの自動車業界ほど政府と密接な関係を持つ業界はない」と政府と業界の“癒着が背景にあると手厳しく批判しており、欧州のメディアも「EUが2013年の時点で不正ソフトの存在を把握していたが規制当局は問題を追及しなかった」と報じています。EUはこれまでディーゼル車を推進しており、欧州内では新車販売台数の半数を占めるほどになっていましたが、こうしたことが今回の遠因となったとすれば、今回の問題は根が深いと言わざるを得ません。

今回の問題はどのような影響を与えるのか!?

それでは今回の問題がどのような影響を与えるのでしょうか。3つの側面から見たいと思います。

まず自動車業界に与える影響です。自動車業界ではこれまでもトヨタの米国でのリコール、GMの大規模リコールなど"不祥事"が起きています。しかしトヨタの場合はほとんどが濡れ衣でしたし、GMのケースはエンジンの点火装置の不具合などよって死亡事故が出ていたにもかかわらず長年にわたって放置していた(あるいは隠していた)という重大な問題でしたが、それでもいわばGM固有の問題でした。しかし今回は、業界全体を揺るがしかねない問題です。

実は、試験走行時の排ガスは基準内であっても通常の路上走行時には基準を超えていることはよくあるというのです。走行試験では前述のように一定の条件で排ガスを測定しますが、例えば坂道は含まれていません。また試験走行では2人乗車時を想定しているのに対し実際にはそれ以上の人数が乗ることもありますので、それだけエンジンに負荷がかかり排ガス基準をオーバーすることは珍しくないというのです(「日本経済新聞電子版」9月27日付け)。

つまり排ガス測定試験の条件にはずれた状況での有害物質の排出については、「多くのメーカーが、この程度なら許容されるだろうと考えている」と同記事は指摘しています。そうだとすれば、排ガスの試験のあり方や自動車業界の“常識”そのものが問われることになります。ディーゼル車はもともとNO2の排出量が多いため、それだけ規制も厳しいのですが、試験のあり方を抜本的に見直す必要があると思います。

今回の不正は米国の当局が摘発したものですが、問題は米国内だけで済まされないのは明らかです。またVWだけでなくディーゼル車メーカー全体にも共通する問題でしょう。消費者のディーゼル車離れも予想されます。ウォールストリートジャーナルは「欧州のディーゼル車嗜好に終止符か」とまで書いています(「日本経済新聞電子版」9月24日付け)。

第2は、ドイツ経済と欧州経済への影響です。VWは米国当局から2兆円の制裁金を課される見通しだそうですが、そのほかにも消費者から集団訴訟が起こされれば多額の賠償金や和解金の支払いを迫られる可能性が高いと見られます。また販売済みの車の改修なども加わって、同社の業績が一気に悪化することは避けられないでしょう。人員のリストラなどの可能性も出てくるかもしれません。

VWは、ダイムラー、BMWと並ぶ3大自動車メーカーの1角を占めていますが、その中でもVWがトップで、ドイツ経済の中核的な存在です。関連企業も含めると、その動向は景気の行方にも影響を与える可能性があります。それによってドイツの景気がもし低迷すれば、欧州全体の景気低迷につながりかねません。

ドイツと言えば、製造業の技術力と品質の高さで定評がありますし、環境対策では先進国です。欧州内部ではギリシャ支援などで常に主導的な役割を果たすなど、政治的にも経済的にも「欧州の盟主」的な存在です。しかし今回の問題が、そうした「強いドイツ」にも微妙なかげりをもたらすリスクも意識しておいた方が良いかもしれません。

第3は日本への影響です。VWの該当する車種は日本では販売していませんので、直接的な影響はほとんどないでしょう。ただ今後はVWと取引のある日本の部品メーカーに影響が出てくることも考えられます。

何と言っても影響が大きいのは株価

しかし何と言っても影響が大きいのは株価です。この問題が表面化して以来、世界の株価は下落を続けており、「VWショック」の様相を呈しています。ただでさえ最近の株価は、中国経済への不安や米国の利上げの見通しが不透明なことなどから下落が続いているところですから、それに追い討ちをかける格好になってしまいました。これほど株価を動揺させたということは、VWの不正問題がいかに深刻であるかを株式市場が感じ取ったことを示しています。

日経平均株価も再び1万7000円台に下落しています。ちょうど、安倍首相は2020年にGDP600兆円など「アベノミクス第2ステージ・新3本の矢」を打ち出しましたが、市場ではその方針は評価しつつも具体性に欠けるとの受け止め方が多く、株価を押し上げるにはインパクト不足の感は否めません。今後しばらくの間、株価は不安定な動きが続きそうです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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インデックス

連載目次
第91回 28日衆院解散 - 消費増税などが争点、一転して「自民vs小池新党」の構図に
第90回 米債務上限引き上げ・デフォルト回避で安心感 - しかしトランプ大統領と身内・共和党の溝広がる
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

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