【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

37 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機

37/89

連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


利益の水増し額は2008年度から2014年4-12月期までの合計で1562億円

「不適切会計問題」に揺れる東芝はこのほど、経営刷新委員会を発足させました。同委員会は外部の有識者で構成され、再発防止策や新たなコーポレートガバナンス(企業統治)のあり方を検討します。これで東芝は信頼を回復することは出来るのでしょうか。

東芝の不適切な会計処理は、歴代3人の社長の実質的な指示により利益のかさ上げや損失計上の先送りなどを組織的に繰り返してきたもので、利益の水増し額は2008年度から2014年4-12月期までの合計で1562億円にのぼります。これは同期間の税引き前利益合計額の約3割に相当します。

先に発表された第3者委員会の調査報告書を読むと、その具体的なやり方が分かります。発端はリーマン・ショックによる急激な業績悪化でした。リーマン・ショックから3か月後の2008年12月に「パソコン事業の同年第3四半期の営業損益が184億円の赤字の見込み」との報告を受けた西田社長(当時)は「こんな数字ははずかしくて発表できない」とパソコン事業の社内カンパニー責任者を激しく叱責したそうです。

何が何でも黒字を出す必要に迫られた同事業の責任者はパソコン部品の押し込み販売という方法をとりました。パソコン製品の組立製造を担当する関連会社に対し、大量の部品を販売することで売上と利益を上げたように見せかけるもので、この方法により2008年第3四半期は4億円の営業黒字となりました。

以後、この方法が続けられました。

西田氏の後を受けて社長に就任した佐々木氏も「(提出された利益改善策に対して)まったくダメ、やり直し」「上期決算末までの3日間で120億円の営業利益を出せ」など、部下への要求はエスカレートしていきました。こうして各事業部門では経費計上の先送りが常態化し、利益かさ上げが組織的に行われるようになったと見られます。

歴代社長の"暴走"には3つの動機--"成功体験"・"日立"・"社内対立"

このような歴代社長の"暴走"には3つの動機があったと解釈できます。1つは、西田氏の"成功体験"です。西田氏は社長に就任する前の2004年、赤字だったパソコン事業の立て直しに腕を振るい実績をあげました。固定費の削減や外部生産の拡大、調達の改革などを進めましたが、その時の手法の一つが外部生産を担っていたメーカーへの部品押し込み販売だったのです。この手法で西田氏はパソコン事業の立て直しに成功し、その実績を買われて社長に就任したのでした。そして西田氏の下で当時、パソコン事業の調達改革を手掛けていたのが田中前社長でした。田中氏は、西田氏の後任である佐々木氏の次に社長になりましたが、西田氏が田中氏を推したといわれています。

第2の動機は同業のライバル会社、特に日立製作所への対抗意識です。リーマン・ショック後は多くの電機大手各社も赤字に転落し、中でも日立製作所は2009年3月期に7873億円の最終赤字となりました。これは製造業では過去最大の赤字でした。しかしその後の業績回復はめざましく、構造改革の見本のように言われるようになりました。当時の経営トップのリーダーシップのもと、採算の悪い事業の見直し・統廃合、社会インフラ事業部門など採算が見込める事業の強化などを進めたのです。

これに対し東芝はリーマン・ショック後の業績改善で後れを取っていました。そうした焦りが歴代社長を暴走させたのかもしれません。西田氏は会長就任後、社長ら経営陣に対して「日立に負けるな」とハッパをかけていたそうです。

第3は、西田氏と後任の佐々木氏の対立です。西田氏は自分の後任社長に佐々木氏を選んだはずですが、社内の会議でしばしば佐々木社長を批判していたそうで、両者の不和は社内では周知の事実だったようです。佐々木氏が社長に就任して4年後の2013年2月、佐々木氏の社長退任と副会長就任、田中氏の社長就任が発表されましたが、その時メディアは「異例の人事」と報じています。会長の西田氏は留任したのに対し、佐々木氏が就任する副会長職は第2次世界大戦中におかれたことがあるだけ、新社長の田中氏は同社初の調達部門出身と異例ずくめだったのです。この人事発表の記者会見でも西田氏と佐々木氏が対立する発言をして話題となったほどです。

第3者委員会の調査報告書は「佐々木氏の社長時代には、当時会長だった西田氏からのプレッシャーが強かった。西田氏に対抗するため佐々木氏は部下に利益のかさ上げを事実上求めた」と指摘し、田中社長についても「西田氏を後ろ盾にバトンを受けた後も、佐々木氏に対抗する狙いから収益維持を絶対視していた」と記述しています。

このような動機が重なって、歴代社長の下で長年にわたって「不適切な会計処理」が続けられてきたわけです。まさに利益至上主義、しかもそこには短期的な発想しか見えてきません。東芝という会社をどのように強くして成長させていくかという戦略、経営トップとしての理念・哲学は全く感じられません。これが根本的な問題でしょう。

企業統治(コーポレートガバナンス)の優等生のはずだったのだが…

今回の問題は、経営トップこのように利益至上主義に陥って過大な要求を部下に押し付けたこと、部下がそれに従わざるを得ないような企業風土が蔓延していたこと、そしてそれらを監視する機能が発揮されてこなかったことが背景と指摘することができます。

実は東芝は早くから経営者を監視監督する委員会の設置や社外取締役の導入などを実施しており、企業統治(コーポレートガバナンス)の優等生と言われていました。形の上ではコーポレートガバナンスは整っていたはずなのですが、「仏作って魂入れず」だったわけです。

したがって同じような不祥事を防ぐには、(1)経営トップの暴走に歯止めをかける対策と組織体制、(2)上司の理不尽な要求にも逆らえないような企業風土の改革、(3)利益至上主義からの決別――などが必要です。東芝が信頼を回復するには、まさに企業風土の改革を含めて、実効あるコーポレートガバナンス改革を進めることが不可欠なのです。当面は、9月に臨時株主総会を開くことになっており、それまでに有効な再発防止策や経営改革の方針が打ち出せるかが焦点となります。

どの企業でもこうした問題が起こる可能性--企業統治に「魂」を

ただよく考えてみると、短期的な利益至上主義とまで言わないにしても、決算期ごとに利益を重視することは当然のことですし、前述のような「ライバル会社に負けるな」といった競争心はどの会社でも持っているものです。社長の言うことに部下が逆らえないというのも、多くの会社でありがちなことです。その意味では、どの企業でもこうした問題が起こる可能性を秘めているとも言えるでしょう。

したがって東芝の問題はどの企業にとっても他人事ではありません。海外からは、日本企業全体への信頼が揺らぐことにもなりかねません。すべての経営者が社会的責任を深く自覚して、コーポレートガバナンスの確立、それも形式ではなく「魂を入れる」ことが何よりも求められます。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

37/89

インデックス

連載目次
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

もっと見る

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事