【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

34 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?

34/89

連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


ますます読めなくなったギリシャ情勢、国民投票は本当の"民主主義"?

世界中の注目を集めたギリシャの国民投票は、予想外の大差で「緊縮反対」が"勝利"しました。これによってギリシャ情勢の行方はますます読めなくなったというのが正直なところです。

そもそも今回の国民投票は、本来の民主主義のあり方から見てきわめて問題の多いものでした。チプラス首相は国民投票前に何度かテレビ演説し、「緊縮にNOを」と国民に呼びかけていましたが、そのYESかNOかを問う対象であるはずのEUの財政改革案について国民に詳しく説明した様子はありませんでした。また「これはユーロ離脱を問うものではない」とも強調していましたが、緊縮反対を貫けばユーロ離脱につながる可能性があるわけで、そのことに触れないのは明らかに意図的だったと言えます。また政府が「NO」への呼びかけをくり返した半面、YESの主張が国民に周知される機会が十分与えられていたのでしょうか。

こうしてみると、今回の国民投票が本当の意味で民意を表したと言えるのか、いささか疑問が残ります。皆さんもよく御存じのように、ギリシャは民主主義発祥の国であり、直接民主主義から始まっています。国民投票はまさに直接民主主義の手法で最も民主的に見えますが、しかし本当の民主主義とは同時に責任を伴うものです。その観点から言えば今回の国民投票の結果が、EUなど国際社会に対して、そしてギリシャの将来に対して本当に責任を果たすことになるのでしょうか。

パルテノン神殿は古代ギリシャ民主主義の象徴(2012年、筆者撮影)

EUが譲歩すると2つの問題

それでは今後のギリシャ問題はどうなるのでしょうか。国民投票の結果を受けてEUは急きょ、7日に首脳会議を開き、今後の対応を協議することになりました。報道によりますと、ギリシャ政府はこの席で新たな提案を出すということですが、チプラス首相は国民投票の結果を盾にこれまで以上に強硬に緊縮緩和を要求してくる可能性があります。

これに対しEUは「民意」を尊重して譲歩するのでしょうか。しかしEUが譲歩して緊縮緩和や追加金融支援を認めると2つの問題が生じてきます。一つは、"ごね得"を許してしまえば、「それなら我が国も」とイタリアやスペインなどに緊縮緩和の動きが広がるおそれがあることです。もう一つはギリシャへの譲歩はEU各国の自国国民の反発を招くことです。EUなどのギリシャ支援はもともとは各国の税金が間接的に回っていくものですから、特にドイツ国内では「放漫財政を続けた怠け者のために私たちの税金が使われるのは許せない」との声が一段と強まることは必至です。ですからそう簡単に譲歩するわけにはいかないのです。

しかしその半面、EUには緊縮緩和要求拒否を貫けない事情もあり、悩ましいところです。国民投票には前述のような問題点があったと言っても、やはり民意は民意ですから、ある程度は考慮せざるを得ないのが現実でしょう。そのうえ追加支援も拒否すればギリシャのユーロ離脱が現実味を帯びてくる可能性がありますが、EU首脳がそれを決断できるかどうか。何しろこれまでの欧州統合という壮大な戦略がつまずくことになりますし、もしギリシャのユーロ離脱を機にロシア側に追いやってしまうことにでもなれば欧州全体の安全保障にもかかわる重大な事態となりかねません。

今後の事態の展開、焦点は3つ

このように、今後の事態の展開はなかなか読みにくいのですが、焦点は3つあります。まず、ギリシャ政府の資金繰りです。ギリシャ政府は当面、7月20日に35億ユーロ(約4700億円)の国債償還を控えています。これはECB(欧州中央銀行)が民間金融機関から買い取って保有しているものですが、これが返せないとギリシャの国債の信用はほとんどゼロに等しくなると言っても過言ではないでしょう。

すでにギリシャ政府はIMF(国際通貨基金)への返済(15億ユーロ)期限が6月30日でしたが、返済しませんでした。このためIMFはギリシャを「延滞国」としていますが、これに続いて35億ユーロの借金返済もできなければ、完全なデフォルト(債務不履行)状態となります。しかしギリシャ政府の金庫にはほとんどおカネがないため、返済のためには新たな金融支援が必要なのです。したがって7月20日までに金融支援についての交渉がまとまるかどうかが焦点となります。

第2の焦点は、民間銀行の資金繰りです。ギリシャ政府は6月29日から銀行を休業させるとともに、預金引き出し額の制限や海外送金禁止などの資本規制を実施しています。当初は銀行休業を7月6日までとしていましたが、これを延長するようです。ギリシャの各銀行のおカネがないからで、ECBが緊急流動性支援(ELA)という制度を使ってギリシャ中央銀行を通して各銀行に緊急資金を供給して、なんとかしのいでいるのが現実なのです。

このような状態は市民生活に重大な支障が出始めています。先日、アテネ市内に住むギリシャ人の知人にメールで様子を聞いたところ、「家賃を現金で払わなければならないのに、1日60ユーロ(8000円余り)しか引き出せないので困っている」との返事がきました。銀行休業が長引けばもっと生活への影響は深刻なものになるでしょう。

しかし現状のままで銀行を再開すれば、今度は多額の預金流出が起きて、ELAによる資金供給を大幅に増やさなければ、たちまちのうちにギリシャの各銀行は破たんしてしまうような状態です。銀行休業がいつまで続くのか、そして再開後の混乱は避けられるかどうか、銀行破たんは避けることができるかどうかが焦点です。

ちなみに、ギリシャに進出している日本企業の対応も電話で取材してみました。三井物産アテネ支店ではすでに4月頃から「週末に何か起こるといけないので、週末には銀行口座になるべく現金を残さないようにしている」とのことでした。同社ではまた「オフィスの家賃や従業員給与の支払いを、ロンドンの欧州現地法人本社から行うように変更済み」だそうで、万全の態勢で危機管理にあたっているようです。

第3の焦点は、ユーロ離脱はあるのかということです。多くのギリシャ国民は緊縮にはNOに投票しましたが、ユーロ離脱は望んでいません。ギリシャ政府も同じです。EUにとっても、もしギリシャのユーロ離脱ということになれば、これまでユーロ統合を進めてきた基本戦略そのものの練り直しを迫られることになりますし、遠心力が強まることは避けたいはずです。つまりギリシャ側、EU側の双方ともにユーロ離脱は望んでいないわけで、実際にユーロ離脱まで突き進む確率は低いと見ています。

ただそれでも国民投票前と比べると、ユーロ離脱の確率は高まったと言わざるを得ないでしょう。前述の7月20日までに交渉がまとまらなければ時間切れとなり、ギリシャは完全なデフォルト状態となってしまいます。政府も銀行もおカネが底をつき、通常の経済活動もマヒしかねません。

そのため緊急避難的にユーロの代替として、ギリシャ国内だけで通用する「借用保証書」を発行する可能性がささやかれ始めています。これはユーロとは別に臨時の通貨が発行されることになるもので、事実上のユーロ離脱という意味合いを持ってきます。いわばなし崩し的なユーロ離脱ということになります。その可能性も一応頭に入れておいた方がいいかもしれません。

ギリシャが経済再建に取り組み、それをEUが支援することこそ最も必要

このように当面は以上の3つが焦点ですが、それらを乗り切ったとしても中長期的な先行きにも大きな困難が横たわっています。当面の資金繰りをしのいでも、チプラス政権が要求するように緊縮を緩和しても、それらはあくまでも当面の対策であって、抜本的な財政再建への道筋は見えてきませんし、疲弊している経済を立て直す戦略も描けていません。

現在のギリシャ経済はすでに3年近くも失業率25%超という異常な事態が続いています。実質GDPも2008年~2013年まで6年連続で大幅なマイナス成長で、2014年は0.8%増とわずかながらプラスになりましたが、今年の1-3月期は再びマイナス成長に沈んでいます。このような経済をそのままにしていて、財政再建ができるわけがありません。

実はこれまでの財政緊縮の一方で、何ら経済活性策がとられてこなかったことがむしろ最大の問題点だったと言えます。つまり成長戦略です。ギリシャ政府が経済再建に取り組み、それをEUが支援する――本当はこれこそ最も必要なことなのです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

34/89

インデックス

連載目次
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

もっと見る

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事