連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


チプラス首相が「国民投票」実施表明、ギリシャ問題は"想定外"の展開に

ギリシャがついにデフォルト(債務不履行)の瀬戸際に追い込まれました。前回のこのコラムで「ギリシャ危機はひとまず回避」と書いたばかりでしたが、全く予想もしない展開になってしまいました。しかし一番驚いたのは、当のEU首脳たちだったかもしれません。なぜこのようなことになったのか、現地からの報道をもとに経過を整理してみましょう。

まずギリシャが21日に新たな財政改革案を提示し、EU側では当初は比較的前向きに評価する意見が出ていました。これが「合意近し」との報道になったわけですが、しかしEU側がギリシャ案を精査したところ、年金改革などがまだ不十分、増税が法人税に偏っているのは問題などの批判が強まり、24日のEU財務相会合では合意が持ち越しとなりました。

これを受けて今度はEUの中心的立場にあるドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が26日、ギリシャのチプラス首相に新提案を行いました。その内容は、ギリシャが構造改革を受け入れれば、支援期間を6月末から11月まで5か月延長し、その間に155億ユーロ(約2兆円)を4回に分けて融資するというものでした。6月30日の期限切れを目前に控え、チプラス首相への最後通告でした。

ところがチプラス首相はこの提案に反発し、その日の深夜(日付けは27日)に突然、テレビ演説で「EUの新提案、つまり財政再建策を受け入れるかどうかについて7月5日に国民投票を実施する」と表明したのです。そして国民投票の結果が出るまで、30日の返済について「数日の猶予を求める」との考えも表明しました。

ギリシャのこの国民投票表明はEUにとって寝耳に水だったようで、報道によりますと、EUの首脳や関係者がこれを知ったのは「チプラス首相からの連絡ではなく、ツイッターに流れたニュースだった」そうです(日本経済新聞電子版・6月28日)。このような交渉相手への非礼な対応は今回に始まったことではありませんが、そもそもこの段階になって国民投票というのは、自ら決断せずに国民に責任を丸投げしたと言われても仕方無いでしょう。

早ければ7月1日にもデフォルトとなる可能性

これに対しEUは27日に開いた財務相会合で、支援延長拒否と国民投票反対を決めました。しかも「ギリシャを除くすべてのユーロ圏」で。これは何事も全会一致を不文律にしてきたEUとしては異例のことです。以前なら、イタリア、スペインなど、ギリシャと似たように財政危機に陥った国々が味方になってくれたかもしれませんが、今回は完全にギリシャを突き放した格好です。それらの国はいずれも財政緊縮策を進めて財政再建に努力してきたのに、ギリシャは財政改革をしてこなかったわけですから、もはやEU全体を敵に回してしまったようなものです。これで、30日限りでギリシャへの支援は打ち切りとなるわけです。

一方、ギリシャ議会は28日、賛成多数で国民投票を承認しました。これで30日に迫っているIMFへの15億ユーロの返済はメドが立たなくなったと見てよいでしょう。早ければ、7月1日にもデフォルトとなる可能性が高まっています。

デフォルトは企業なら倒産、あるいは資産の差し押さえということですが、国の場合はどうなるのでしょうか。ギリシャ政府は新たな融資を受けられないので、年金や公務員給与の支払いもができなくなったり、予算も執行できなくなって通常の行政サービスにも支障が出る可能性があります。

またすでに銀行からの預金流出が増加しており、銀行の資金繰りにも大きな不安が高まっています。ギリシャの民間銀行はECB(欧州中央銀行)からギリシャ中央銀行を通してELA(緊急流動性支援)という枠組みで資金的な支援を受けていますが、このままでは同国の金融システム全体が崩壊の危機に陥る恐れがあります。

これは当然、欧州全体の金融システムと経済を揺るがすことになりますし、日本にも株安、円高などを通じて影響が波及します。

デフォルトとなる場合、"国民投票"に微妙な影響が出る可能性がある!?

実は最短で7月1日にデフォルトとなる場合は、幸か不幸か、7月5日の国民投票より先に起きるということです。ギリシャ国民がその混乱を経験することによって国民投票に微妙な影響が出る可能性があるのではないかと、実は私はにらんでいます。

このような事態に至って、「やっぱりEUの支援なしには成り立たない」「ユーロを離脱すればもっとひどいことになる」と悟って、EUの財政再建案受け入れ賛成が増えるのではないかという推測が成り立ちます。前回に紹介した通り、6月上旬に実施された世論調査「ギリシャ政府はEUに譲歩すべき」との答えが70%との結果が出ていますので、国民投票では「EUの財政再建案受け入れ賛成」が多数になる可能性はありうると思います。

その場合は、EUの支援は再開され事態は解決に向かうでしょう。しかし「反対」を呼びかけたチプラス政権は退陣せざるを得なくなるでしょう。そうなるとまた政局が混乱し、新政権ができるまで時間がかかるという別の問題が起きる懸念があります。

今回の事態、ギリシャが"民主主義発祥の国"だということが皮肉に見える…

しかし逆のこともあり得ます。「ここまで追い込んだEUはけしからん」と感じる人が増えるかもしれません。国民投票で「拒否」との結論が出た場合は、さらに経済混乱が長引く恐れがあります。国民投票が終わって間もなくの7月20日には、ECBが保有しているギリシャ国債35億ユーロ(4700億円)、続いて8月20日には同じく32億ユーロ(4300億円)の償還、つまり借金返済の期限がやってきますが、これも返済できないことになります。

しかも国民投票で「NO」との答えを出すことは、ギリシャ国民が事実上ユーロ離脱を選択することを意味するわけで、そのことは一段と事態を混迷させることになるでしょう。EUが統合を進めてきた戦略そのものが根底から覆るわけですから、欧州全体の不安定化につながる恐れも出てくるでしょう。

それにしても今回の事態を見ていると、ギリシャが民主主義発祥の国だということが何とも皮肉に見えてきます。現政権は今年1月の総選挙で勝利したという点では民意によって選ばれたわけですが、その民意を盾に財政緊縮を頑なに拒否し、今度は土壇場で「国民投票」という形で民意を利用しようとしています。

しかしその実態はギリシャ国民の利益を損なう行動を繰り返しているのですから、本当に民意を代表していると言えるのでしょうか。今度の国民投票ではどのような民意が示されるのか、民主主義のあり方を考えるうえでも、今度の国民投票に注目したいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。