【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

28 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ

28/89

連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


シャープが経営危機に陥った背景とは?

シャープが再び経営危機に直面しています。このほど発表した2015年3月期決算は最終損益が2223億円の大幅赤字となり、同社は経営再建のための3カ年計画をまとめました。果たしてシャープは再建できるのでしょうか。

同社は2015年3月期決算について、昨年5月の時点では最終利益が300億円の黒字になるとの見通しを発表していました。ところが年度途中から業績が急速に悪化したため、今年2月には300億円の赤字になると、一転して赤字予想に修正しました。そして最終的な結果は2223億円と、3か月前の見通しよりさらに大幅に赤字が膨らんだことになります。

同社の経営危機は2012年頃から表面化し、2012年3月期に3760億円、2013年3月期には5453億円と、2年連続で過去最大の赤字となりました。そのため同社は経営再建に取り組み、2014年3月期はいったん黒字に回復しましたが、それが再び赤字に陥ったわけです。これで過去4年の通算で赤字が1兆円以上に達したことになります。

シャープが経営危機に陥った背景には、液晶依存経営がありました。シャープと言えば、かつては液晶テレビ「AQOUS」が一世を風靡し、「亀山ブランド」は世界に広がりました。私はちょうどそのころ、亀山工場と堺工場を取材したことがありますが、今となってみればあの時期がシャープの絶頂期でした。

間もなく、大型の液晶テレビは急速に需要が減退し、その主な用途は携帯電話向けからスマホ向けの中小型へと大きく変化していきました。スマホも続々と新機種が発売され、液晶に求められる仕様や機能なども短期間で次々と変化していきます。

もともと液晶というのは大規模な設備投資で多額の費用を要する事業です。ところが市場のニーズはあっという間に変化していくのですから、すぐに設備は陳腐化し、設備過剰の状態になってしまいがちです。しかしシャープはそんな液晶事業に集中し過ぎました。液晶という「成功体験」にこだわり、市場の変化に追いつけなかったことが経営危機を招いたと言えるでしょう。

経営危機の瀬戸際にある企業の再建策としては、いかにも中途半端

今回、シャープは決算発表と同時に、経営再建のための資本増強策と中期経営計画を発表しました。資本増強策は金融機関などから2250億円の出資を受けるとともに、資本金を現在の1218億円から5億円に減資します。これによって累積損失を解消し、財務面の不安をなくすのが狙いです。

また中期経営計画は2015年度から2017年度の3年間で経営を再建するため、社内カンパニー制の導入、生産拠点の集約、本社売却、人員削減などを実施するというのが主な内容です。これにより2018年3月期には1200億円の営業黒字をめざすとしています。

しかしこの計画は経営危機の瀬戸際にある企業の再建策としては、いかにも中途半端という印象が否めません。文書には「不採算事業からの完全撤退」「成長分野へのリソース集中」などの文言が並んでいますが、どれも具体性に欠けています。不採算事業からの撤退や切り離しなど、もっと思い切ったリストラが必要ですし、同時に液晶依存から脱却して今後の成長の柱をどのように構築するのかといった戦略が打ち出されていません。これがないと、再建への道筋が描けたとは言えません。

ちょうど経営危機が表面化した3年前、町田会長(当時)は「自社の技術に自信を持ち過ぎ、最初から最後まで全て自前でやるという"自前主義"にこだわり過ぎた」と反省の弁を漏らしていましたが、現経営陣もまた過去の成功体験から決別しきれていない印象を受けます。

創業者・早川徳次氏の"不屈の精神"

このようなシャープの姿を見ていると、現経営陣には創業者・早川徳次氏の不屈の精神を思い起こしてほしいものだと、つくづく思います。

シャープの創業者・早川徳次氏(出典 : シャープホームページ)

1893年(明治26年)に東京・日本橋で生まれた早川徳治は、幼少のころに養子に出され、自分が養子であることも実の両親の顔も知らないまま、養子先の継母に虐待を受けて育つという壮絶な少年期を過ごしました。それを見かねた近所の人に助けられて東京・下町の職人の家に弟子入りし、腕とアイデアを磨き、18歳で職人として独立、しばらくしてシャープペンシルを発明したのです。1915年、早川が21歳の時でした。それが後のシャープの社名の由来となるのですが、この時は「早川式繰り出し鉛筆」という商品名で売り出し大ヒット商品となりました。東京・本所区(現在の墨田区)にあった自宅のそばに工場を増設し、従業員200人を超す企業に成長していきました。今で言えば、東京で注目の若手ベンチャー経営者です。

ところが1923年9月に関東大震災が起き、早川はすべてを失ったのです。奥さんと2人の子供が犠牲となり、早川自身も大火傷を負い煙を吸って生死の境をさまよいました。自宅も工場も焼けてしまい会社は倒産。そのうえ取引先から支払いを迫られ、進退窮まった早川はシャープペンシルの特許を無償で譲渡して支払いに替えました。

壮絶な少年時代を送った末に手に入れた成功と幸せ――これを一瞬のうちにすべてなくしてしまったのです。早川は心機一転、同年11月に大阪に移り住むことにしました。夜行列車で大阪に向かう時の様子を、早川はのちの自伝で次のように振り返っています。

『あちらこちらと焼けた建物の跡が、夜の孤灯の影に黒く横たわっているのを新橋近くの車窓から見るともなく見ていた。(中略)今の夜汽車の中の心の冷えは、ただ11月の夜気だけでないことを身に沁みて感じたのであった。』

こんなどん底に突き落とされても早川はあきらめませんでした。震災から1年後の1924年、大阪市内で金属加工の下請け事業をスタートさせます。その場所が現在のシャープの本社です。やがて日本でラジオ放送が始まるとの情報を得てラジオ受信機の製作に成功します。知り合いの時計店の主人が米国から持ち帰ったラジオ受信機をもらい受け、それを分解するところから始めました。早川の伝記によれば、当時はラジオの構造はおろか電機の原理もよく知らなかったそうですが、試行錯誤の末にやっと実用機の製作にこぎつけます。これが国産ラジオの第1号でした。ここから事業は軌道に乗り、のちのシャープとなっていったのでした。

危機に直面している時だからこそ、創業精神が必要

このような早川の、何があってもあきらめない不屈の精神、過去にこだわらずにゼロからのスタートをいとわないチャレンジ精神――これが早川の再起の原動力となったのです。それだけではありません。シャープペンシルは、当時ちょうど西洋から万年筆が輸入されるなど、筆書きからペン書きに変わっていくというニーズの変化を読んだものでしたし、ラジオ国産化はラジオ放送開始をにらんだ新規事業だったと表現することができます。まさに時代の変化を先取りして機敏に成長事業を育てていったわけで、それがシャープの技術力の基盤となったのです。

現在のシャープを見ていると、そのような創業者精神がやや忘れ去られているような気がします。「目の前の危機をどう乗り切るかが問題で、創業精神など過去は関係ない」と思う人がいるかもしれませんが、今のように危機に直面している時だからこそ、前述のような創業精神が必要なのです。シャープがそれを取り戻せるかどうかに再建がかかっていると言っても過言ではないでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

28/89

インデックス

連載目次
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

もっと見る

人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事