【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

25 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き

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連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


中国が"ソフトムード"に変化した背景は?

日本政府は、中国が主導して創設するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加見送りを決めましたが、その是非をめぐり議論が続いています。ちょうどそのさ中、安倍首相と習近平国家主席との日中首脳会談が行われ、続いて安倍首相はオバマ米大統領との首脳会談などのため訪米の途につきました。日米・日中の関係はきわめて重要な局面を迎えています。

22日にインドネシアで行われた日中首脳会談のニュース映像を見ていて、両首脳がぎこちなさを残しながらも笑顔で握手していたのが印象的でした。昨年11月の初会談の際は習主席が終始仏頂面で険悪なムードでしたが、それから比べるとずいぶん態度が変わったものだと感じます。内容の面でも「日中関係は一定の改善」で一致しました。

また首脳会談に先立ち、安倍首相はアジア・アフリカ会議(バンドン会議)で演説し、先の大戦への「深い反省」を表明しましたが、「植民地支配と侵略」や「心からのおわび」には触れませんでした。しかしそれに対する中国政府のコメントは批判をかなり抑制した内容でした。

中国がこのようにソフトムードに変化した背景には、AIIBへの日本の参加を促したいという思惑があるからです。AIIBにはヨーロッパの主要国が軒並み参加し、創設メンバーは当初の想定を上回る57カ国に達しました。中国としては上出来のスタートとなったわけですが、それでも運営が不透明になるのではないかとの疑念が国際的には強いのが実情です。そこで中国は、AIIBが国際機関としての信用力を高めるためには日本の参加が必要だと認識していると見られます。

「シルクロード構想」と「AIIB」で中国主導の経済圏を形成していく戦略

AIIBは、アジアなど新興国のインフラ投資のプロジェクトに資金を融資することを目的としていますが、中国はAIIBの最大の出資国として影響力を強め、米国に対抗する大経済圏を作る狙いがあります。

一方で、習近平政権はシルクロード(一帯一路)構想を掲げています。これはアジアから欧州に到る国・地域の鉄道や道路、港湾など陸と海のインフラを2ルートで整備する構想で、2014年末に中国人民銀行の傘下に「シルクロード基金」を創設しました。同基金がアジア各国のインフラ整備を支援するというものです。つまり、「シルクロード構想」とAIIBがクルマの両輪のような形で中国主導の経済圏を形成していく戦略なのです。

そして中国のこの国際的な経済戦略は、軍事的にも海洋進出を進め大国としてのプレゼンスを高めているのと軌を一にしています。安保と経済は密接につながっているのです。

したがって日本がAIIBに参加すれば、中国は日米の間にくさびを打ち込み、中国主導の国際金融の枠組みに日本を取り込めることになります。それはとりもなおさず、日米同盟に亀裂を生じさせることを意図するものなのです。したがってこの観点からは、日本がAIIB参加を見送ったことは妥当だったと思います。

IMF(国際通貨基金)やアジア開発銀行などに多くの国が不満

逆に言えば、だからこそ中国は日本に対してソフトムードで参加を呼びかけ続けているのです(もちろん、戦後70年談話の内容次第ではまた事態が変化するかもしれませんが)。ただ、AIIBは欧州など多数の国が参加したことによって、より透明な運営が求められるようになり、中国が恣意的に影響力を行使することがしにくくなる可能性もあります。ある意味では中国にとっては痛しかゆしかもしれません。今後は日本が参加して内部から監視するという選択肢も排除すべきではないでしょう。

また、欧州やアジア各国が予想以上にAIIBに参加したことは、IMF(国際通貨基金)やアジア開発銀行など既存の国際金融機関の運営に対し、多くの国が不満を持っていることの表れです。日本はIMFへの第2位の出資国、アジア開発銀行は第1位の出資国ですので、それらの改革にも取り組む必要がありますし、個別プロジェクトによってはAIIBとの連携などの模索も必要かもしれません。ただそれにしても、今後もAIIB問題は、前述のような中国の狙いと戦略をよく頭に置いたうえで議論していく必要があります。

AIIBの狙いと戦略に対応するのが「TPP(環太平洋経済連携協定)」妥結

では日本と米国は、中国のそのようなAIIBの狙いと戦略にどのように対応すべきでしょうか。その答えの一つがTPP(環太平洋経済連携協定)妥結なのです。

安倍首相の訪米を控えて、TPPについての日米の交渉が精力的に行われ、全面決着には至りませんでしたが一定の前進がありました。皆さんの中には、TPP問題はしばらく動きがなかったのに、急に最近になってニュースになっているなあと感じている人が多いのではないかと思います。それには安倍首相の訪米前というスケジュールの事情もありましたが、同時にAIIB創設という中国の動きをにらんだものなのです。

TPPはもともとシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国で2005年にスタートしましたが、2010年以降に米国などが交渉に加わり、現在では12カ国が交渉に参加しています。TPPは原則「関税ゼロ」の自由貿易圏を作ることが目的で、それによって参加各国の経済成長に貢献するとともに、広い範囲で自由経済圏を形成し世界経済全体にも利益をもたらすことが期待されています。と同時に、そのことは経済の面での中国の影響力拡大を抑えることにつながるのです。

そしてその中心にいる米国と日本が、まさにこのタイミングで連携を強めることが重要になっているのです。TPPをめぐっては、よく「日本が米国に都合よく利用される」「日本の一部産業や農業が打撃を受ける」として反対する声がありますが、TPPのこのような意義をしっかりと認識した上で議論すべきです(そのうえで、マイナスの影響が出る分野については激変緩和措置など個別に政策的な対応策をとることが必要になるでしょう)。TPPによって日本が関税引き下げとゼロの恩恵を最大限に生かすとともに、アジアの成長を取り込み、日本経済の本格的な復活につなげることが重要です。これはアベノミクス「第3の矢」・成長戦略でもあるのです。

このような観点から、今回の日米首脳会談は従来にも増して重要な意味を持っています。日米同盟の強化と経済連携、そして中国に対する対応で、どのような内容になるかに注目しましょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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インデックス

連載目次
第91回 28日衆院解散 - 消費増税などが争点、一転して「自民vs小池新党」の構図に
第90回 米債務上限引き上げ・デフォルト回避で安心感 - しかしトランプ大統領と身内・共和党の溝広がる
第89回 トランプ政権は崩壊寸前!? 米政治不安で株安・円高か - バノン氏解任で政策修正の期待も
第88回 日本橋の高速道路を地下化が具体化 - 都市景観を改善、周辺の再開発と連携
第87回 選挙で明暗分かれたイギリスとフランス - イギリスのEU離脱の行方は混迷
第86回 G7で亀裂を呼んだトランプ大統領 - ロシアゲートで前途に暗雲
第85回 フランス大統領にマクロン氏、ポピュリズム拡大にひとまず歯止め - 新政権のカギは経済立て直し
第84回 フランス大統領選"3度目のまさか"は避けられた - 安堵感広がるが、なおリスクも
第83回 英国がEU離脱を通知 - 交渉は難航か、スコットランドなど国内にも火種
第82回 オランダ総選挙の次はフランス大統領選 - 欧州の政治リスクは続く
第81回 トランプ大統領に批判集中だが、NY株価は11日連続で史上最高値
第80回 “日本批判”を封印した日米首脳会談に安堵感
第79回 トランプ大統領の日本批判は事実誤認--だが日本経済は逆風に耐える力あり
第78回 トランプ次期大統領の矛先がトヨタへ - 2017年は保護主義、ポピュリズムの「懸念」が「現実」に?
第77回 トランプ新大統領を迎える米国を現地取材 - やはり根強い批判、しかし景気は予想以上に好調
第76回 Brexit、トランプの次はイタリア・ショック!?--欧州経済危機再燃の恐れも
第75回 "トランプ大統領"で株高・円安いつまで?--景気には期待、保護主義には警戒
第74回 トランプ大統領の衝撃--保護主義が最大の懸念だが国内経済政策には期待も
第73回 米大統領選の世論調査、トランプ氏が上回る - 株価下落・円高が現実に!?
第72回 米大統領選はどうなる!? 大詰めで波乱 - 市場は「トランプ大統領」を警戒
第71回 米大統領選が終盤戦 - 苦しくなったトランプ氏、浮かび上がった3つの問題点
第70回 現地で見た”Brexitショック”のその後(下) - スコットランド独立? 北アイルランドも!?
第69回 現地で見た"Brexitショック"のその後(上) - 予想外に活気があった英国
第68回 リオ五輪のメダル最多で、景気は本格回復!? 五輪と景気の意外な関係
第67回 28兆円の経済対策と内閣改造 - アベノミクス再強化でデフレ完全脱却めざす
第66回 トルコのクーデター未遂事件の影響は? 中東安定、難民問題、欧州経済の鍵
第65回 参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策
第64回 英国EU離脱ショックはリーマン・ショック級--欧州統合は空中分解のおそれ
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
第32回 ギリシャ危機はひとまず回避、しかし険しい道続く--ロシア・中国の影も…
第31回 米国の利上げはいつ? - イエレン議長のバックグラウンドを考慮すると…
第30回 円安はどこまで進むのか?--米国はいつまで円安を"容認"する!?
第29回 日本の対外純資産が24年連続で世界一、もはや"貿易"で稼ぐ国ではない!?
第28回 "どん底"からの復活 - シャープは創業者・早川徳次氏の精神を取り戻せ
第27回 トヨタが3期連続最高益へ、好決算の陰で"死角"はないのか!?
第26回 安倍首相訪米の隠れた"もう一つの成果"--なぜ米国は「円安」を容認するのか?
第25回 「TPP交渉」加速の陰に「AIIB」の存在あり--日本を巡り米国と中国が綱引き
第24回 セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?
第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

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