【コラム】

経済ニュースの"ここがツボ"

12 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"

 

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連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


ECB(欧州中央銀行)がついに「量的金融緩和」

ユーロ圏の各国で構成するECB(欧州中央銀行)がついに「量的金融緩和」に踏み切りました。景気低迷が長引きデフレに陥る懸念が強まったため、市中に供給する資金の量を増やして景気テコ入れとデフレ阻止をめざすことが狙いです。ECBはこれまでも量的緩和を模索してきたものの踏み切れないでいましたが、最後にその背中を押したのは原油安でした。

まず量的緩和とは何かを説明しておきましょう。通常、中央銀行は政策の目安となる金利(=政策金利)を上げたり下げたりして景気と物価の安定を図ります。

景気が悪くなると政策金利を下げること(=利下げ)によって企業や個人の金利負担を軽くして景気を刺激します。これが金融緩和です。

ECBはこれまで景気の低迷に対応して政策金利を段階的に下げてきましたが、現在では0.05%とゼロに近づき、これ以上は利下げできないところまで来ています。そこで今度は金利の上げ下げではなく、資金の供給量を増やす政策に変更したものです。これが量的緩和です。

具体的には、ユーロ圏各国の国債を保有している民間銀行から、ECBがそれら国債を買い取り、その代金を民間銀行に支払います。銀行がそのおカネで企業や個人向けの貸出を増やすことによって、世の中に広くお金が回るようにしようという方法です。ECBが買い取る各国国債の規模、つまり供給するおカネの量は今年3月から少なくとも2016年9月までの19カ月間、毎月600億ユーロ(約8兆円)、総額で1兆ユーロ超(約150兆円)にのぼります。

このような量的緩和はリーマン・ショック後にいち早く米国のFRB(連邦準備理事会)が導入し、昨年末に終了するまで3度にわたって実施しました。日銀もアベノミクスの「第1の矢」として2013年4月から実施しています。

ドイツなどが強く反対、インフレやバブルを懸念

ECBも昨年から量的緩和導入を議論してきましたが、ドイツなどの強い反対で実施に踏み切れないでいました。反対の理由は、量的緩和によって大量のお金がじゃぶじゃぶ状態になりインフレやバブルを生む心配があるからです。

これには歴史的な背景があります。ドイツは第1次世界大戦後に敗戦と戦後賠償金の支払いなどの影響で物価上昇率1万%以上という超インフレに見舞われました。パン1個が1兆マルクになったとか、コーヒー1杯を飲んでいる間に値段が何倍にもなったというウソのような実話が残っているほどです。フランクフルトにあるドイツ連邦銀行(ユーロ発足前のドイツの中央銀行)の通貨博物館には、その頃発行された100万マルク札や100兆マルク札などの紙幣が展示されてあります。以前にこれを見た時「あの悲惨な超インフレを二度と繰り返してはならない」というドイツの強いメッセージを感じました。

このような歴史からドイツ連銀は「インフレを絶対起こさない」という強い使命感を持って金融政策を進めてきました。ユーロ統合によって発足したECBもその精神を受けついでいるのです。そのような精神は中央銀行としてきわめて重要なことですが、そのことから金融緩和には慎重になる傾向がECBには見受けられました。従来からの利下げもスローペースでした。

欧州の景気低迷は止まらず、物価上昇が鈍化

しかし欧州の景気低迷は止まりません。2010年以降のギリシャ危機など欧州各国が財政危機に対応するため、EUなどからの金融支援を得る代わりに増税や歳出削減などの緊縮策を実施した結果、財政の危機的状況は一応脱することは出来たものの、景気の悪化に拍車をかけてしまったのです。

そして景気低迷の長期化によって物価上昇が鈍化し続けました。2011~2012年頃は前年同月比で2%台の上昇率で推移していましたが、2013年2月に2%割れ、同年10月に1%割れとなり、2014年もさらに低下が続いていました。そして2014年12月にはマイナス0.2%と下落に転じました。このままではデフレに陥ってしまうおそれが強まったわけです。

最悪のタイミングで原油安、ECBは量的緩和を最終決断

まさにそのタイミングで原油価格の下落が加速したのでした。原油安は物価全体を下げる効果があります。実際、12月の消費者物価の品目分野別にみると、エネルギー価格は6.3%の下落で、これが全体をマイナスにした最大の要因でした。この連載でこれまで何度か指摘したように、本来なら原油安は消費国経済にとって恩恵なのですが、現在の欧州の経済の状態では物価下落→デフレとなってしまうのです。

また原油安がロシア経済を悪化させ、それが経済関係の深い欧州に跳ね返ってくるリスクも高まっています。ウクライナ情勢も依然として欧州にとって懸念材料です。こうして欧州にとって、原油安のマイナスの影響が米国や日本以上に大きくなる可能性があるわけです。こうしたことがECBに量的緩和を最終決断させた大きな要因となったことは間違いないでしょう。

量的緩和だけでは不十分、成長戦略が重要

ただ今後のことを考えると、いくつか問題も残っています。量的緩和は景気のテコ入れには一定の効果を発揮しますが、それだけでは不十分だということです。経済を立て直すためには経済活動を活性化させ成長を促す政策が不可欠ですが、今のところ欧州各国政府には目に見えた動きは出ていないのが実情です。アベノミクスにたとえれば、量的緩和=第1の矢は放たれましたが、第2の矢、第3の矢が必要です。欧州の場合は第2の矢=財政出動は各国の財政赤字の状況から見て望み薄ですので、第3の矢=成長戦略が重要です。

ギリシャ総選挙の結果も気になります。急進左派連合が勝利したことで、今後のギリシャの政権の行方、そしてEUとの関係や緊縮策の見直しが具体化されるのか、その展開によっては景気にも影響を与える可能性があります。

そもそも、原油価格の先行きもいまだに不透明です。いずれ原油安のプラス効果が欧州にも表れるものと思いますが、短期的には不安定な動きが続くでしょう。

このように欧州は当面の世界経済にとって最大の焦点となっています。しばらくは欧州から目が離せません。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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インデックス

連載目次
第63回 英国がEU離脱なら株安・円高進行のおそれ
第62回 消費増税を延期した本当の理由 - 経済成長なしに財政再建はあり得ない
第61回 伊勢志摩サミット、注目は"財政出動"--終了後に消費増税延期を正式決定か
第60回 急激な円高・株安はなぜ起きたか - 米大統領選も円高要因に?
第59回 セブン&アイ鈴木会長、突然の退任に波紋 - セブンは強さを維持できるか
第58回 公示地価は全国平均で8年ぶり上昇、地方圏も底上げ--資産デフレ脱却へ前進
第57回 自動車・電機など賃上げ低水準、景気浮揚には力不足 - 消費増税延期の後押し材料に?
第56回 "トランプ旋風"いつまで続くか - 世界経済にマイナスの影響のおそれ
第55回 シャープが台湾・鴻海の傘下入りで再建の行方は? - 創業者・早川徳次の不屈の精神を取り戻せるか
第54回 株安・円高が加速 - 主な原因は海外だが……
第53回 マイナス金利の影響早くも広がる - 預金金利引き下げなど続々
第52回 マイナス金利を導入したのはなぜ? - 景気回復が期待できる4つの経路
第51回 原油安で"イランつぶし"を狙ったサウジの戦略は変化するか?--減産の兆しも
第50回 原油安はいつまで続くのか!?--サウジVSイランで減産どころかシェア争いも
第49回 2016年、日本経済はどうなる?--"景気回復続く"4つの理由、消費増税再延期も!?
第48回 2015年の世界経済、救ったのは"米国"--2016年はギリシャ、原油安など要注意
第47回 パリの同時テロ、低迷する欧州経済に追い討ちか--"移動の自由"はどうなる!?
第46回 幕末の「薩長土肥」に学ぶ地方創生のヒントとは!?--日本は今"第2の明治維新"
第45回 中国やブラジルなど新興国はなぜ変調?--今や"世界経済最大のリスク"に
第44回 消費税の軽減税率、安倍首相は財務省に不信感--再増税自体の先送りも?
第43回 ノーベル賞日本人2人受賞の快挙が示す日本の底力
第42回 VWは不祥事の"典型"パターンの一つ--トップの指示? 黙認?
第41回 VWの排ガス不正、"史上最悪"の企業不祥事 - 自動車業界全体に影響広がる
第40回 欧州への難民流入、EU統合の理念揺るがす--受け入れめぐり"東西対立"
第39回 日経平均下落の原因は"中国"だけではない--"安倍景気"息切れ、追加緩和も
第38回 中国はなぜ人民元を切り下げた? - 「経済安定」こそ習近平政権の生命線
第37回 優等生・東芝はなぜ「利益水増し」を行ったのか!?--日立への対抗意識も動機
第36回 ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏
第35回 中国株はなぜ急落したのか!?--EUと深い関係、ギリシャ危機の影響に注意
第34回 ギリシャ「緊縮反対」が"勝利"、デフォルト・ユーロ離脱に突き進むのか!?
第33回 ギリシャ、ついにデフォルトか!?--7・1デフォルトの場合、国民投票はどうなる?
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第23回 「株価回復は2万円で終わりではない」 - 長期的な上昇相場の"通過点"
第22回 日銀短観、「景況感は横ばい」の"謎"--デフレの"トラウマ"いまだ
第21回 サウジはなぜイエメン内戦に介入!?--原油価格や世界経済に新たな波乱要因か?
第20回 貿易赤字が縮小傾向、何が起きているのか? - その原因と影響を探る
第19回 3月中にも「日経平均2万円」達成か--"賃上げ・原油安"が強烈な追い風に
第18回 賃上げ機運高まる - "実質賃金"はプラスに転換できるか?
第17回 なぜ日経平均が15年ぶりの高値をつけたのか!?--日本経済の"歴史的転換"背景
第16回 「日経平均」が15年ぶりの高値、過去3回の上昇局面と何が違うのか!?
第15回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(3)--ドイツへの"敵意"の背景とは!?
第14回 ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?(2)--ユーロ発足時から危機の"タネ"
第13回 EUはけしからん!? - ギリシャの「ユーロ離脱」はありうるのか?
第12回 ECBがついに「量的金融緩和」、原油価格の下落で"最終決断"
第11回 フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」
第10回 なぜ原油価格が下落している?(2) - ヘッジファンドなどの資金が一斉に"逃げ"
第9回 2015年の米国経済、注目点は!? - 3つの構造変化で景気持続の可能性
第8回 2015年の日本経済はこうなる - 「日経平均2万円」へ"4つの追い風"
第7回 原油安でルーブル暴落、ロシアは一体どうなるのか?--欧米による"経済制裁"!?
第6回 総選挙で自民・公明の与党が勝利、でも株価が下落したのはなぜ?
第5回 なぜ原油価格が下落している? - OPECと米国が"我慢比べ"、日本への影響は?
第4回 "訪日外国人数"が過去最高 - 「観光」は"経済成長"の柱になりうるのか?
第3回 "GDPショック"走る - 消費再増税延期・衆院解散でアベノミクスの行方は?
第2回 「米中間選挙」でオバマ民主党が"歴史的大敗"、日本経済への影響は?
第1回 "電撃的"だった日銀の「追加緩和」~その背景と効果は?

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