連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


衝撃的だったフランスの新聞社銃撃テロ事件、すでに経済にも影響

フランスの新聞社銃撃テロ事件は大きな衝撃でした。フランスでは370万人が参加してテロに抗議するデモが行われるなど反テロの機運が高まっています。その一方で、今回のようなテロがフランスだけでなくヨーロッパに広がることへの危惧が広がっており、経済への影響も懸念されています。

経済的な影響はすでに一部で出始めているようです。在仏日本商工会議所のホームページによると、パリのホテルの客室稼働率はテロ後は3~5ポイント低下しており、特に超高級ホテルの稼働率は44%程度に下がっているそうです。外食産業でも特に夜の客足が落ちている、外出をしばらく控えるという消費者の行動がみられるとも伝えています。フランスをはじめヨーロッパでは景気低迷が続いているだけに、今回のテロ事件が消費の心理を冷え込ませ、景気を一段と低迷させる可能性は否定できないでしょう。

今回のテロのニュースを聞いて、私は2001年にアメリカで起きた同時多発テロ、いわゆる「9.11」を思い出しました。当時、テレビ東京のニューヨークに駐在していましたが、あのワールドトレードセンタービルには取材先だった金融機関や企業が何社も入居していましたし、知人も多数いましたので、それはもう言葉には表せないほどのショックでした。テロの惨状を日本に向けて徹夜で放送しながら、並行して知人の安否確認に走り回ったことが鮮烈によみがえってきます。経済面では、証券取引所が1週間近く取引を休止するなどニューヨークの金融街全体が機能停止となり、一般市民も外出を控えるなど、アメリカの景気が一気に落ち込んでいきました。9.11はアメリカ経済に深刻な打撃を与えたのでした。

今回のテロは景気への影響だけでなく、中長期的な観点からも波紋を広げる可能性

今回は9.11と比べて被害の大きさや影響度は違いますが、それでも前述のように多少の影響は避けられないでしょう。すでにヨーロッパの景気低迷の影響で2014年12月のユーロ圏の消費者物価はマイナスとなり、このままではデフレに陥るとの懸念が現実味を帯びている状況です。それに対応してECB(欧州中央銀行)は1月22日に開く定例理事会で量的緩和の導入を決めるとの観測が高まっています。このように欧州の景気はきわめて重要な局面にさしかかっている時だけに、テロの影響が気がかりです。

今回のテロはこうした景気への影響だけでなく、中長期的な観点からも波紋を広げる可能性があります。ヨーロッパ各国は人口の高齢化と労働生産人口の減少が進行しており、その中でトルコなどイスラム圏からの移民が増加し欧州経済を支える役割を果たしているのです。しかしその一方で移民の増加が一部で軋轢を生んでいることも事実で、今回のテロをきっかけに移民排斥の動きが強まることも予想されます。そうなれば、ヨーロッパの経済の枠組みと社会の安定を揺るがしかねません。欧米とイスラム圏との対立激化という方向に進んでいく心配もあります。

戦争や紛争などが国や地域の経済・政治などに影響を与える「地政学リスク」

こうしたテロ、あるいは戦争や紛争などが特定の国や地域の経済・政治などに影響を与えることを「地政学リスク」と呼びます。多くの場合、中東などで地政学リスクが高まると原油価格が上昇し、世界の株価が下落するという現象が起こります。例えば、古くは1973年にイスラエルとアラブ諸国との間で戦争が勃発し(第4次中東戦争)、それをきっかけに石油危機が起きました。また1990年にイラクのフセイン大統領(当時)による隣国クェートへの侵攻、2003年のアメリカのイラク戦争開始など、何度となく地政学リスクは高まり原油価格は上昇してきました。

最近でもイランの核開発疑惑、シリア情勢の緊迫化、イスラム国の軍事攻勢など、地政学リスクが高まるたびに原油価格が上昇します。

地政学リスクは中東だけではありません。ウクライナ情勢が緊迫した時も原油価格が上昇し、世界同時株安となる場面がありました。

そしてこれまでは原油価格が上昇すると、ガソリンなど燃料代の上昇や原材料コストの上昇などで経済にとってはマイナスとなって株価が下落、逆に原油価格が下落すると経済にはプラスとして株価が上昇するのが普通でした。ところがこの連載で書いたように、現在は逆の動きとなっています。原油価格の下落が余りにも急ピッチなため、短期的なマイナス面に焦点が当たって世界の株価が下落しているのです(詳しくは第10回・1月13日付け)。

株価上昇と経済安定のためには地政学リスクをできるだけ抑えることが必要

このため一部には「地政学リスクが高まれば原油が下げ止まる」という、いささか不謹慎な観測もささやかれていました。たしかに地政学リスクが高まれば原油価格は上昇するかもしれません。しかしそれでは本末転倒です。第一、原油上昇の原因が地政学リスクでは株を買おうという投資家は少ないでしょう。それどころか株価はさらに下落してしまいます。当然のことですが、株価上昇と経済安定のためには地政学リスクをできるだけ抑えることが必要です。

地政学リスクは以前からどの時代にも存在したものですが、特に最近は世界経済を揺るがす要因になっています。残念なことですが、もはや地政学リスクを抜きに経済を語れない時代になったということでしょうか。やはり何よりもテロを許さない、そして安定した社会を作りテロを徹底的に抑えることが経済安定のためにも不可欠です。人類の英知が試されています。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。