こんにちは。イチローの関西弁に驚愕のイチイです。

この間、Webニュースにてマリナーズのイチロー選手が乱闘に巻き込まれた、というニュースを見ました。クールなイメージゆえ乱闘とは程遠そうな彼、一体どうしちゃったの? と記事を読むと、どうやら彼自身が乱闘を起こしたわけではなく、ただ巻き込まれただけらしい。ハハーンやっぱね、とするりと受け流しそうな記事なのですが、末尾に見過ごしがたい一文が書かれていました。

試合後、興奮した彼は「わからへん」と関西弁でコメントしたそうなんです。なんで? と思い調べてみればイチローは名古屋の出身。ネイティブ関西圏出身ではありません。そういえば神戸の球団だったこともあったけど、それだけで海の向こうでとっさに「わからへん」なんて出てくるものなんでしょうか? そりゃぁこっちが「わからへん」だわ、と思ったのです。

しかしこの1文を読んだときに、なんだか和んでしまったのも事実。天才・イチローの孤高なイメージが、関西弁によって一気に親しみやすいものになったのです。それはまるでブラックコーヒーに少しだけミルクを足したかのように。方言の影響力のすごさを感じた一件でした。

方言の効果は絶大なのはわかるのですが、それだけに、標準語しか話すことのできないイチイはその力をとっても警戒します。ときに嫉妬すらします。昔の彼(仙台出身)は京都弁好きでした。あのおっとりした感じがたまらんというのです。一緒に旅行に行って、うどん屋で食事をしたときのこと。店員の女の子が最後に「ありがとー」といいました。この「ありがとう」は、語尾に向けて一気にイントネーションが下がる標準語の「ありがとう」ではなく、「と」にアクセントを付ける郷土独特の発音でした。その「ありがとー」だけで彼のハートはノックアウトされたらしく、その後もしつこく「あの『ありがとー』は胸キュンだったわ」と繰り返すので、腹が立ってケンカになったりもしました。「何よあの顔で京都弁ってだけで!!」と。

1つのカップルに危機をもたらすくらい、方言はあなどれないってことですよ。警戒すべきものなのですよ。できることなら私もしゃべりたい。しかし、東京人が無理してしゃべる関西方言ほどサブいものはありません。大阪弁をしゃるべるためには、「なんでやねん」というだけでなく、発するすべての言葉が大阪仕立てでないとウソものとすぐ見破られてしまうので、一朝一夕にマスターできるはずはないのです。

ああ、もし神様が現れて、「日本全国の方言を完璧にしゃべる能力と、英語をそこそこしゃべる能力、どちらがほしい?」と言われたら、一体どちらを取ったらいいのでしょう。かなり迷ってしまうと思います。

今回はすべて岡山方言で書かれたホラー小説『ぼっけえ、きょうてえ』を紹介いたします。著者は岩井志麻子さん。山本周五郎賞、日本ホラー小説大賞を受賞した表題作「ぼっけえ、きょうてえ」を始めとする4編からなるホラー短編集です。「ぼっけえ、きょうてえ」とは岡山地方の方言で、「すっごく、こわい」という意味です。この表題が、表題作のタイトルでもありながら、本の内容を端的に表すダブルミーニングになっていると思われます。なぜなら4編すべてがすっごくこわくてかつ岡山方言だから……。

表題作は、岡山の遊郭で醜い女郎が客である男に寝物語で自分の身の上を話すというストーリーです。全編が女の科白によるもので、岡山方言を十分に堪能できます。

うちらは村八分じゃったけど、その時だきゃあ呼ばれて行くんよ。
その時いうたら、間引く時に決まっとりましょう。腹から引きずり出すのと、産ませたのを縊る時とあったな。村の者に会うのは、そん時だけじゃ。
妾(わたし)は四つの頃から、その手伝いをしとった。

(「ぼっけえ、きょうてえ」(岩井志麻子))

この女の半生はあまりに悲惨なものでした。岡山県の津山市の近くの村で育ったという女は村民から虐げられ、家畜以下の極貧生活を強いられていました。のっけから壮絶なのは、引用にあるような"仕事"。その描写は読者を震え上がらせるに十分の迫力です。

さらには怖いもの聞きたさで話の続きをせがむ男により、女のさらに怖ーい秘密が明るみに出てきます。

何が怖いって、お化けが怖いわけじゃないのです。怖いのは、日本の集落の閉鎖的な怖さや、女の怨念そのものなのです。よく言うではありませんか。人間が一番怖い生き物だと。日本の土とそこに染みついた血のにおいが、むわっと濃厚ににおってきそうなドロドロのストーリー。そこに効果的なのが、岡山方言です。

方言を使うことで、直接的な表現が避けられます。しかし、直接的な表現を避けることができるからこそ、エグい内容を含ませることができます。ベールをかけつつもさらに怖さを増す効果を見事に出しているのです。

ホラ、やっぱり方言てズルい! しゃべるだけでなく、書いて表現するにも巧みな著者に、イチイはまたしても激しく嫉妬の念をいだくのでした。

「ぼっけえ、きょうてえ」

著者:岩井志麻子
出版社:角川書店
価格:483円
データ形式:ドットブック
購入サイト:電子文庫パブリ