【コラム】
こんにちは。バレンタインデーには既製品チョコを! のイチイです。いつから手作りをしなくなったのかわかりませんが、バレンタインが自分にとって、そうウキウキするイベントでなくなったことは確かです。
皆さんはどうだった? 自分史上もっとも強烈な、印象に残っているバレンタインは、ワサビ入りチョコレートをあげた時です。正真正銘の本命チョコでしたが、当時の彼が、誕生日やクリスマスなど、イベント大好きの"イベント男"だったので、まったく問題なかったのです。「この中のどれかにワサビ入りチョコがあるよ」と聞いて軽くひきつつも、きちんと第1個目でワサビ入りを引き当ててくれた彼。あれは、見るも食べるも、涙の真実の愛だったのかもしれません。
ワサビ入りチョコにも寛容だった彼との決定的な別れの原因は、皮肉にも、イベント男がもっとも大切にしているイベント、「彼女の誕生日」に引き起こされたのでした。
彼が福岡に転勤になり、会う頻度も四半期に1回ほどになっていた頃でしたが、イベント魂は健在でした。月曜日だったイチイの誕生日に合わせ、週末の休みをフルに使って、東京まで遊びに来てくれました。彼は、日曜日の夜の最終便で、福岡へ帰るはずでした。そこで、予約しておいたレストランで早めの食事をし、閉店間ぎわの新宿のマルイでプレゼントを買い物。同じデザインのウォッチを買うことにし、ゴールドにするかシルバーにするかを迷って、結局ゴールドに決めました。そこまでは、客観的に見ても極めてうまくいっているカップルだったのですが……。
彼が最終便に間に合わないかもしれない、と分かったときから、運命の歯車が動き出していました。実際、空港まで行ったものの最終便を逃がしてしまった彼は、イチイの部屋でもう1泊することになりました。はからずも誕生日の瞬間まで一緒にいられることになったわけ。しかし、誕生日の瞬間にそばにいた、そのことこそが、不幸の始まりでした。誕生日の瞬間、イチイのケータイに電話がかかってきたのです。反射的にとってしまった電話相手は、気楽な男友達。しかし、電話を切ったとき、イベント男の彼が怒りの沸点に達していることがわかりました。
「誕生日の瞬間に、他の男と電話するなんて……」
何気ない1本の電話をとったことで、彼の逆鱗に触れてしまったのです。イチイは、ばさり、と何かを投げつけられました。それは、彼が空港から来る途中に買ったらしい、祝いの花束でした。
こんなブロークンハートな事件があったので、最終便と、誕生日の花束にはトラウマがあるイチイです。そんな心の傷をえぐるようですが、林真理子著「最終便に間に合えば」を今回取り上げます。
林真理子さんは、ある意味女の「勝ち組」だと思うんです。美とキャリア。女の自己実現欲の最たる2つをものにしているのですから。しかも、努力によってここまで持ってきているところがすごい。女としても、物書きの端くれとしても、頭が下がる思いです。
さて、「最終便に間に合えば」も、美とキャリアに悩む女の実情が、リアルに伝わってくる短編集です。表題作は、平凡なOLからフラワーアレンジメントの第1人者として、一躍名声を得た女性、美登里の話。物語は、フォアグラのサラダを食べる男の描写から始まります。
男が生野菜をあんなふうにゆっくり食べることは、まずありえない。たとえそれがフォアグラ入りの贅沢なものだったとしても。
男は、最終便で札幌から東京へ帰らなければならない美登里を、姑息に引きとめようとしているのです。男は、美登里が冴えないOLだった頃の恋人。フォアグラのように美味に成長した美登里を、執拗に引き止めます。
「もう一泊していけばいいじゃないか」
「明日、九時の飛行機でたてば十分昼に間に合う」
あの手この手の甘い言葉で口説き落とそうとするのです。こういう経験は自分自身にはありませんが、男女のやりとりが妙にリアルで、感情移入がとてもしやすいと思います。まず読んでいて、男への怒りが湧き上がります。何だこの男、妻子持ちのくせに。付き合っていたときは、収入の少ない女に寿司を買ってこさせて、代金も渡さないヒモ男だったくせに。でも、そういう"だめんず"にハマッてしまった女の気持ちもわかってしまうわけで。そして、自己実現した上でもう1度言い寄られ、そりゃあ勝ち誇りたい気分になるでしょ、と思うわけで。
男の欲望とずうずうしさ、女のプライドと弱さのせめぎ合い。結果的に残ったのは、やはり女のプライドだったというのも、著者の生き方にマッチしているようで、リアルに迫るものがあります。
最終便に間に合えば、どうだったのか?
女のプライドは守られ、男も女もそれぞれの道に帰っていく。はたしてそれだけでしょうか。離陸した飛行機の中でコンパクトを開き、自信に満ちた自分の表情を確認した美登里は、一瞬にぶい痛みを感じます。
自分も長原も、なんと意地汚い存在なのだろうか。
最終便に間に合って、プライドは守られましたが、そこには汚い欲望だけが残ったのです。間に合うことは美しくない。そうか、間に合わないからこそ美しいんだ! そう気づいたイチイは、間に合わなかったからこそ壊れた、はかない自分の恋愛が、今となって救われた気がしたのでした。
「最終便に間に合えば」
著者:林真理子
出版社:文藝春秋
価格:420円
データ形式:XMDF/.book
購入サイト:ビットウェイブックス
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