【コラム】

ちょこっとイイブック

31 ちょこっと、おかわり! - 「空中庭園」(角田光代)

一井おん  [2005/09/21]

こんにちは。2泊3日の韓国旅行から帰ってきたイチイです。実は、この旅行「おかわり」なんです。3か月前にも韓国に行ってました。同じ2泊3日、同じソウル、エアーとホテルと送迎のみのパッケージツアーという同じ構成。

なんでと聞かれれば困ってしまいますが、誘われたんだもの。それに、この前の旅行は部署旅行で、今回は友達グループとの気楽な旅行なので、公私の区別があります。とはいえ、やはり行ったことには変わりません。有給休暇の理由を告げれば上司にも先輩にも当然ながら「この前一緒に行ったじゃない」と言われてしまい、「いや、今回はプライベートなんで」と「ミステリアスなイチイさん」を演出してみたものの、別に芸能人でもなし、もったいぶるほどのことでもなし。

実は4回目でもあるソウル(いい加減他の都市行けよ)、見所は見尽くしてしまい、特にこれといってしたいこともありません。歴史名所は見たし、アカスリもしちゃったし、焼肉何回も行ったしなぁ。その上、「何回も行ったことあるならいい店知ってる?」と聞かれ、きわめて自然な流れで、気づけば同じアカスリエステ、気づけば同じ焼肉屋、気づけば同じ韓流ドラマロケ地……。3か月前の旅行を忠実にトレースしている自分に気づきました。マーキングする犬か私は? 「思い出の上書き保存」をしにきたのか?

別れた彼氏が、前にイチイと一緒に行ったフィレンツェ・ヴェネチアの旅を現カノとした、というネタは、前のコラムでも書いたと思います。その後日談として、彼の「フィレンツェで前と同じ美術館に行ったよ」という言葉にはまだ心がざわつかなかったのですが、「ヴェネチアで別の島に行ってみたよ」という言葉に、激しく動揺してしまいました。「思い出の上書き保存」をするときには、必ず前回との「差分」があるわけで。繰り返すことでも、少しずつ変化していくのが現実の世の中なんだなぁと思いました。

さてさてリアルライター、イチイは今日もコラムを書かねばなりません。今回は、当連載も30回を超えたということで、以前にも取り上げた作家さんの作品を取り上げる、すなわち「おかわり」という初の試みをしてみます。というわけで、今回は直木賞作家角田光代さんの「空中庭園」です。

今回のコラムのテーマ「おかわり」には、3つの意味がこめられています。1つ目はさっきも言ったように、作家さんのおかわり。2つ目は、キーワードのおかわり。前コラムでは、「女同士のラブホテル」と題して直木賞を受賞した「対岸の彼女」を取り上げましたが、今回の「空中庭園」でも、なんとラブホテルが重要キーワードになってるんですねぇ。3つ目は、短編のおかわり。どういう意味かというと、「空中庭園」には、何も知らない人が読むと実に面白いしかけがついているのです。

  • ラブリーホーム
  • チョロQ
  • 空中庭園
  • キルト
  • 鍵つきドア
  • 光と、闇と

目次を見ると、短編集。そうかそうか、表題の短編が真ん中に入っているスタンダードな短編集ね。じゃあ、通勤電車で1本ずつ読んでこうか……そんな心づもりでいると、ところがどっこい大きく裏切られてしまいます。実は、この6つの短編はすべて同じ家族(と家庭教師)を描いていて、一人称がそれぞれ違うというオムニバス形式なのです。時系列は大まかな順番に進んでいて、オーバーラップすることはありません。短編を繰り返しながら、1つの小説を作り上げるという、おかわり形式の1本の小説なのです。

6編に登場する6人の人物は、女子高生のマナ、その弟の中学生コウ、母親の絵里子、父親の貴史、絵里子の母のさと子、コウの家庭教師で貴史の愛人のミーナです。マナが一人称の「ラブリーホーム」では、マナが、自分の「仕込まれた場所」が、「野猿」というラブホテルであることを知るところから始まります。ラブホテル「野猿」はレギュラーメンバーのように毎回登場し、ついには登場人物のほとんどが足を踏み入れるという大活躍ぶりです(老女のさと子がどういう形で入ったかは、読んでのお楽しみ)。

さきほど、個人的な元カレとのフィレンツェ・ヴェネチアうんぬんの話をしましたが、小説の場合でもそれは同じで、同じテーマを繰り返すにも少しの「差分」があるとドキリとさせられます。心に闇を抱えた主婦の視点。どこかクールな女子高生の視点。愛人に甘える夫と、それを「ダメ男」と片付ける愛人の視点。同じ家族を描いているのに、視点が変わるとまったく違う世界に感じられ、読み手は透明人間になったような、罪悪感と好奇心の入り混じった気分にさせられるのです。

おかわりのごはんにふりかけをかけるのか、明太子を乗せるのか、はたまたチャーハンかおじやにしてしまうのか。おかわりに差分=バリエーションをつける構成は、読み手にとってなかなかの魅力です。そういえば、この前ソウルに行ったときは、初めておかゆを食べることができました。今まで、焼肉とかビビンバとかベタな韓国料理ばかりだったので、一応先輩に報告するだけの差分ができて、よかったなぁと思うのでした。

「空中庭園」

著者:角田光代
出版社:文藝春秋
価格:368円
データ形式:.book
購入サイト:電子書店パピレス

    写真で見るニュース

    特設サイトの情報

    人気記事

    一覧

    イチオシ記事

    新着記事

    本音ランキング

    特別企画

    一覧