墨染といえば黒。カーボンといえばブラック。水墨画は無彩色の世界。タイヤやカーボン繊維は黒。そう、炭は黒の代名詞でございます。なのですが、赤い炭も白い炭もあるでよ。と、今回はそんなお話withハイテク素材です。

肉や植物を燃やすと、できる「炭」。その色といえば、「黒」。でございます。というか、墨色といえば、黒のことですね。身近な炭といえば、エンピツやシャーペンの芯に使われるグラファイトがあります。描くを意味するグラフィックから出た言葉だそうですが、このグラファイトは炭素がシート状に組み合わさった物質でございます。グラファイトは黒鉛ともいいますが、鉛じゃなくて炭素なんですね。なめても鉛中毒にはなりません。色の濃さは、混ぜ合わせる粘度の割合で調整するのだそうでございます。

あと、書道の時につかう炭がありますねぇ。硯でする墨、あれはゴマ油などを燃してでる煙がついたススを集め、にかわで固めて作るのだそうです。こうすることで粒子がそろった上質な墨になるのだそうです。筆ペンでおなじみの呉竹に、その製造法の動画がございますな。工場というには、何か風雅な作り方でございます。ところで、日本の墨の9割は奈良で作られているのだとか。そんなに集積していたとはちょっと驚きでございます。

さて、そんな炭、あとは備長炭かなってな炭ですが、最近はハイテク素材としてもてはやされていますな。というと「?」な感じになるのですが、炭といわずにカーボンというと、そうか、となります。たとえばカーボン繊維。たとえばカーボン繊維強化プラスチック(CFRP)などですな。日本の東レが大量製造に成功し、最新の航空機の材料にも採用され、ブイブイいわしてる、あれでございます。

東レの炭素繊維「トレカ」 (編集部撮影)

さらに、最近ではフラーレンやカーボンナノチューブがハイテク素材として一般的になってきました。フラーレンは60個以上の炭素が球形のカゴのように結合したもので、建築家のバックミンスター・フラーが提唱したボール型の建築物の構造と似ていることからそんな名前がつきました。カゴ型なので、スカスカ。でも強固ということで、軽くて強い材料になるのですね。1985年に発見され、発見者のクロートーらは1996年のノーベル賞を受賞しています。昨今では、大量生産や応用がはじまっています。炭素はエジソンが電球のフィラメントに採用したことでも有名なように、電気を通しますので、接点不良を直すといった用途にも使われていますな。なお、発見者のクロートーは元々、天文学者で、宇宙の炭素の探索をしていました。フラーレンは地球の炭素での発見ですけどね。

さらに、フラーレンを伸ばしたような形のカーボンナノチューブは、1991年に飯島澄男さんが電子顕微鏡で発見し、電線や強固で軽量な繊維としての応用が注目されています。ちなみに、フラーレンのほか、グラファイト1枚だけみたいなグラフェンの発見はノーベル賞をもらっている(2010年)ので、カーボンナノチューブの飯島さんも間違いない…といわれてずいぶんたちますねえ。今年くらいはどうやろねー。

ということで古代から現代まで、まあ黒い炭に囲まれながら暮らしているわけですな。ただ、一貫して炭は黒いもの。ということになっておりますな。ちなみに、私はフラーレンの粉末を見たことがありますが、やっぱりというか、黒いものでございました。

ところで、炭素だけでできていても、黒くないものもあります。エンピツのように、粘度とまざっているから…ではなく、炭素だけなのに黒くないもの。それは、ダイヤモンドでございますな。ダイヤモンドが炭素であるというのは、19世紀のデービーという英国の天才科学者によって証明されています。ダイヤモンドを燃やすと、二酸化炭素がでるというので、証明したのですな。ダイヤモンドは炭素の結晶ですな。

もっともほとんどのダイヤモンドは黒っぽい色なのだそうです。不純物がすくないと東明、もとい透明になるのですが、それが宝石として使われるのだそうです。その宝石でも、ほとんどの宝石ダイヤはわずかに黄色いのですね。これは窒素がわずかに入っているためだからだそうです。結晶にわずかな欠陥があるので色づくのですな。つまり、黄色い炭はあるわけです。また、ダイヤモンドのなかにはブルーダイヤモンドというのがあります。ただ、これは炭のせいではなく、ほかの混ぜ物のいたずらですね。

では、赤い炭はなんでしょうか? 実は先ほどでたハイテク素材フラーレンが、赤っぽい色をしているのです。というと、あんた「やっぱりというか、黒いものでございました」とさっき書いたばかりやないかいといわれそうですなー。

はい、粉末のフラーレンは黒いのですが、これをトルエンなどの透明な溶液にいれると見事なワインレッド、さらに炭素が70個のちょいと大きなフラーレンだと赤色になるのです。つまりフラーレンは赤い炭なのですな。

ただ、まあフラーレンなんて特殊だと思いたくもなります。ところがですね、調べるとフラーレンは自然界に結構あるってなことがわかってきたのでございます。フラーレンはクロートーが友人のロバート・カールとリチャード・スモーリー(ノーベル賞を共同受賞)に依頼して合成実験をしたときに、偶然できたものです。実験は、グラファイトに強力なレーザーを当てるといった方法で行われたのです。その後、グラファイトに放電してもフラーレンができることがわかり、さらに、どうも結構フラーレンって簡単にできてしまうことがわかってきました。ちなみに、カーボンナノチューブを発見した飯島さんも、グラファイトに放電してできた物質のなかに、電子顕微鏡でボール状の構造をみつけています。1980年のことですが、クロートーらの1985年の発見の論文を読んで、あわてて1987年に論文を書いています。

あるとわかると、あちこちに見つかったのがフラーレンなのですねー。ちなみに、フラーレンの構造については、日本の大澤映二さんが1970年に予言していますが、この大澤さん、おもしろいことに、奈良の墨に赤っぽい艶があるものを知って、それはフラーレンが混ざっているせいじゃないか? なんて言ったことがあるんですね。で、墨のなかのフラーレン探査も結構やられたもようですで、実際にフラーレンを見つけたらしい。ただ、色に影響しているという結論になったかどうかは、私にはわかりませんでした。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。