いまから70年あまり前。たった2年間だけ、毎日新聞が運営したプラネタリウムが東京にありました。小さなものではなく、当時世界最大クラスの20mドーム。座席はおそらく400席あまりで、一時は年間100万人以上が利用した東京の名所でもありました。今回のどこでもサイエンスは、ちょっと趣を変え、東京のサイエンス名所だった、幻の毎日天文館をご紹介いたします。

80年前。昭和12年(1937年)。これは、日本にプラネタリウムが登場した年です。設置されたのは当時、隆盛を極めた大阪でございました。大阪市立電気科学館。現在の関西電力と大阪市交通局の前身、大阪市電気局が開設した「日本初の科学館」に「小学校3校分」の建設費をかけて設置されたのだそうでございます。金あったんですねー。大阪。目的は、電気の利用など、科学知識の普及だったそうでございます。

この大阪市立電気科学館は、戦災を乗り越え、なんと平成元年まで存在していたのでございます。大阪に旅行したとき、閉館前の古びた建物をみて「大阪は大都市なのに、古い科学館だなー」と思ったのを覚えておりますが、日本初の施設が大事に使われていたのですね。地元では四ツ橋のプラネタリウムと、地名(駅名)で親しまれていたそうでございます。

さて、その翌年の1938年、東京にもプラネタリウムが登場しています。東京駅から500mほど、山手線の隣駅、有楽町駅の西口前に設置された、東日天文館でございます。これは後に毎日天文館と改称します。東日は東京日日新聞、毎日はこの東京日日新聞が1943年の社名変更で毎日新聞になったところから来ています。つまり、マイナビの関連会社だった(現在は友好会社)毎日新聞社のプラネタリウム館だったのですね。ちなみにマイナビのあるパレスサイドビルのホームページの「竹橋ガイド」に、この毎日天文館の紹介と写真が載っています(コレとかこれですね)。新聞社の社屋の一部を天文館(プラネタリウム)にあてていたようですが、屋上にあるドームは印象的だったでしょうねー。

当時の毎日天文館の様子を写した写真 (出所:パレスサイドビル 竹橋ガイドWebサイト)

この東日(毎日)天文館。開館年は100万人以上が訪れたなんて話もございます。日本のプラネタリウムメーカー五藤光学の「ドームナビ」で、児玉さんという方が書かれていますね。これはとんでもないことで、現在日本でトップクラスの名古屋市科学館で年50万人。世界一のニューヨークのアメリカ自然史博物館ヘイデンプラネタリウムで100万人くらいです。いや、毎日新聞、えらいことしてたやないかいー! という感じでございますな。

そこで、いったい、なんで毎日新聞がそんなことをしていたのか? できたのか? というのが不思議でございます。もちろん、新聞やマスコミなどは文化もコンテンツの1つですから、その振興にもいろいろ活動していて、スポーツ文化だと、高校野球の甲子園大会を主催したり、将棋大会を主催したり、また文化ホールを持っていたりしますな。美術館の展覧会はナントカ新聞社が主催というのは、よく見るわけでございます。

しかしながら、プラネタリウムをやるっていう算段はなんだったんでしょうか? 実は、毎日新聞の経営に加わる前田久吉という実業家が、プラネタリウムは儲かるとソロバンをはじいていたらしいんですな。実際、前年にできた大阪市立電気科学館は大盛況だったわけですが、当時ドイツから輸入するプラネタリウムが、結果を見てからもってくるなんてできるわけないわけです。海外でうけていて、これはオモシロいぞという情報を握っていたとしかいいようがないわけですね。

また、昭和13年というと、戦争モードに日本は突入しており、娯楽的な要素があるプラネタリウムはどうかいな? という感じもあります。それを「いや、星の知識は、戦場に役に立ちますので」というので押し切ってしまったようなんですね。実際、北極星の高度で緯度はわかりますし、星の動きで時差から経度もわかります。星空をみて、主立った星が見分けられるのは、海の上で戦闘機や軍艦が迷子にならないため、GPSなぞない時代には確かに重要だったわけでございます。

さて、そうして盛況であり、軍の覚えもめでたかった毎日天文館ですが。1945年5月の空襲で被災し、再建不可能になったそうです。壊れたドームが、有楽町駅から見えて、ファンは悲しい思いをしたらしいですな。

その後、ビルは取り壊され、現在は有楽町ビルジングがあとに残っています。東京に再びプラネタリウムが建設されるのは戦後12年、1957年の渋谷駅前の東急文化会館屋上の五島プラネタリウムまで待たねばなりません。その後、プラネタリウムは国産化され、現在では全国に300ばかりのプラネタリウムがあり、かなり身近な存在になっているわけです。小学校の授業で行ったなんて存在なんですな。

ところで、そんななか、まだプラネタリウムがない県が1つだけあります。それは高知県です。高知県庁に声があがっちゃうくらいです。実は高知には1965年に安芸市役所が、そして1966年になんと高知新聞がプラネタリウムを開設しているのですが(ちなみに同年、愛媛も愛媛新聞社が開設)、その後台風の被害などもあり1970年代に廃止になっています。でも、ついに2018年夏、県と市が一緒に科学館を設置、プラネタリウムもオープンの予定だそうでございますよ。よかったですねー。高知!。

プラネタリウムは昨今では、団体の利用をのぞくと、かなり大人率が高い施設になっています。たまには地元の施設をのぞいてみてはいかがでしょーか。私もときどき「ひとりプラネタリウム」に行っていますが、なかなか見応えがある映像を堪能できますよ。

あ、それから、2018年は毎日天文館80周年なわけですが、なにかやらないんですかね? どうなんやろ。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。