「潜水艦」。それは、なんともいえない不思議な存在でございますね。まちがいなく強力な戦闘艦なのに、存在感がないというか。いやそれが長所なのですけれども。そして、潜水艦を発明したのが、学校の先生というのもかなりなお話でございまして、ちょっとサイエンスというよりテクノロジーな話ですが、おつきあいくださいませ。

もう70年前に終わった「先の大戦」、第二次世界大戦。その戦況を左右したのはロジスティックス(兵站)であり、それを破壊した飛行機と潜水艦でございました。あ、戦史はシロウトですので、いいきってから、いいのかなー、なんて思っているのですが(笑)、まあそんなところでしょう。なにしろ、大戦末期には、日本もドイツも英米の飛行機に空を支配され、絨毯爆撃で都市も工場も破壊されつくし、海では人や物資を積んだ船が潜水艦で沈められ、真綿でクビをしめられるようになっていったのです。もちろん、地上においては自動車ですけどね。

さて、飛行機と潜水艦のうち、飛行機については、戦争の道具ではなく、実用的な乗り物として世界を席巻していますねー。そして、その発明者がアメリカのライト兄弟だとか、発明年が1903年ってなことは、ちょいと気の利いたオニイサンなら知っていることなのでございます。テレビのクイズ番組だと、発明者のライト兄弟は、自転車屋でした「が」…何番目の子供だったでしょうかなんて、トリビアじゃないと問題にならなかったりするわけです(ちなみに、ライト家の三男と四男)。

では、潜水艦はどうでしょう。観光用の潜水艦はありますが、まあ、日常的に使うものじゃあないですね。そして、その発明者はというと、もう、その時点でトリビアでございます。あのですね、発明したのはジョン・フィリップ・ホランドという元アイルランド人でアメリカ人のおっさんでございます。仕事は学校の教師。発明は、成功したのが発明というなら1881年のことでございました。

こう書くと「いや、もっと前にあった」という話がでてくるのでございます。はい、1776年のブッシュネルの人力潜水艇の方が先だとか、1863年のフランス海軍のフロンジュールが動力潜水艦としては先だとか、1870年に発表されたジュール・ベルヌのSF小説「海底二万里」はこれに触発されたんだから、1881年じゃないでしょーとか、はい。みんなその通りです。ただ、近代潜水艦ということになると、もうホランドがスタートだというのは衆目の一致するところなんですねー。

このホランドというおっさんが、どうして潜水艦を発明したのか? もう、何かにとりつかれていたとしかいいようがないのですが、評伝によると17歳の時には潜水艦の設計図を書いていたそうでございます。潜水艦に必要なのは、潜る、浮く、進む、進路を変えるを自在にやることですが、そのための装置がすべてそなわったものを作ったのですね。浮上しているときは、エンジンを回し。潜行したら電池でモーターを回す。圧縮空気をつくり、水を排水するといったすべての仕組みを、彼はつくっちゃったんですね。自腹で。いや、裕福じゃないですよ、学校の先生ですから。でも、自腹で。作ったのですなー。

そして、作った最初の潜水艦「ホランド1」は、川に浮かべたとたんに、ぶくぶくと沈み、浮いてこなかったのだそうです。なんで? 海水で浮力を計算していたからだという、浮かべたのは川だから淡水だったという…もう、あんたねー。というしかないような話でございます。これは「ホランドの愚行」という言葉で知られるようになったそうです。

もちろん、ホランドのおっさんは、自腹で全部やろうなんて最初から考えてなくて、海軍に働きかけたのだそうですね。そのころ、フランスやオスマントルコでは潜水艦が造られつつあり、ホランドさんの潜水艦は、それとは画期的に違う実用潜水艦だったから…でも、却下だそうでした。そりゃ、あなた、学校の先生がいきなりやってきて「金くれ、潜水艦つくるから」といわれたって、ということでございます。

それでもめげなかったホランドさんは、アイルランドに戻り、郷里に働きかけたところ「イギリスをやっつけてくれるなら(はい、アイルランドとイギリスは仇敵同士ですね)」ということで資金援助を受けたそうでございます。そうして作ったのが「ホランド2」で、これが1881年に進水し、成功しました。ホランドのおっさんは気が大きくなって、ニューヨーク港で浮上や潜行をくり返して得意になっていたところ(潜望鏡だけは発明していなかったので)、水上の船にぶつかり沈没してしまうのでございます。もう、(迷惑ですが)楽しいおっさんとしか、いいようがございませんね。

その後も潜水艦は改良が加えられ、1897年には、近代潜水艦のベースともいえる、「ホランド4」が進水。大変な話題となります。そして、1900年になると、さすがに海軍もほっておけなくなり、ついにこのホランド4を買い取ることになったのでございます。「USSホランド」と名付けられたこれがアメリカ海軍の潜水艦第1号になったのでございます。

そして、この潜水艦は世界から注目され、イギリス、イタリア、ドイツ、ロシア、カナダ、チリなどに輸出、あるいは現地生産され、なんと1904年には当時の日本も購入しているのでございます。じゃあ、ホランドのおっさんは、大もうけしたかというと、そうではなく、気分が変わったらしく、潜水艦の製造会社を他人にゆずって、自分はヘリコプターの開発を考えていたらしいのでございます。もう、愛すべき発明バカとしかいいようがありません。

なお、ホランドは潜水艦の代名詞になり、ホランドが関わっていないにもかかわらず、ホランド型潜水艦は使われ続けるのでございます。一方で、他の国でも潜水艦は発明、製造されており、その代表格はドイツのUボートですね。最初のUボートの進水は1904年。ロシアの潜水艦の製造を請け負った工場が自国向けに作ったのがはじまりだそうで、ホランドとの時間差はそう大きくはありませんねー。

なお、潜水艦はなにも戦争だけが能ではなく、これにより、人類は深海~海底というフロンティアを知り、自然界についての無知をおおいに悟ることになるわけなのでございますが。ま、それはまたこんどのお楽しみということにいたしますねー。 

John Philip Hollandの肖像画(左)と、潜水艦の実験場となったニュージャージー州パターソンの川より発見された初期モデルの展示風景(右) (出典:パターソン博物館Webサイト)

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。