昨年から、天文ファンの間で「2013年は彗星の当たり年」といわれていました。10年に1度くらいしか見られないドラフトで例えるなら1位クラスの大物彗星が、立て続けに2つ地球に接近するのがキャッチされたからなんですねー。

1つは、3月に接近したパンスターズ彗星で、もう1つがいままさに接近しつつあるアイソン彗星です。ドラフトでの前評判は田中マー君くらいに期待をはるかにこえた活躍になるか。それとも、ってな話もあるのですが、まずは期待と準備をお知らせしましょー。

アイソン彗星はドラフト1位ルーキー!?

アイソン彗星、めったにない大物彗星といわれています。今年の11月末から12月にかけて、明け方の夜空に現れ、まるで、絵に描いたような、雄大な尾をたなびかせて見える「かも」しれないといわれています。プロ野球でいえば、ドラフト1位期待のルーキーってわけですな。

予想の明るさは、一番上の予想で、金星を超えるとされています。金星といえば、いま(2013年10月)ちょうど夕方の西の空に見えている、めちゃ明るい星です。東京や大阪の都心でも楽々見えるこの明るさなら、だれでもばっちり見られるってわけですな。

アイソン彗星は、現在火星の軌道を横切り、太陽に接近中です。地球への距離も同時につめていまして、太陽への最接近は、11月29日。ただ太陽に接近しすぎて、11月25日~12月3日までは、見るのはまず無理です。そのあと条件がよくなり、日本から見やすくなるのは12月の中旬とされています。

アイソン彗星を見るの必要なのは、見やすい時間と方向の把握。時間については夜明け前です。早起きが必須ですが、あとは「化けさえすれば」、肉眼で見えるはずです。さらには1万円くらいの双眼鏡があれば万全でしょう。時間と方向については、国立天文台の解説ページの図がズバリ参考になりますし、なにより正確です。参考にしてみてくださいねー。

知っておきたい彗星のこと

さて、彗星といえば、「彗星のように現れる」とか、めったにないことと思われてきました。実際、かつては、非常に珍しい天体でした。夜空に突然雄大な尾をなびかせて現れ、数日か数十日で見えなくなる。不吉なできごとか、魔女のホーキか(彗星の彗というのは、柄がないざしきホーキって意味です)といわれたものでございます。

ところが、17世紀。魔女の化けの皮がはがれる日がやってきます。とりあえず知っとけの大科学者ニュートンの親友で、これまた。いまならノーベル賞クラスの科学者、ハレー(ハリーとも)さんが、ある彗星が周期的に接近するということを言い出したのです。実際この彗星は彼の予言通りに76年ごとに接近することが、彼の死後に確認されました。世にいうハレー彗星です。ニュートンの編み出した物理学で彗星の軌道も計算されて、太陽を回る天体。つまりは、火星だとか木星だとかと同じ、太陽系のメンバーだということがわかったんですなー。あ、そういうことで、ハレーはハレー彗星を見ていないのでございます。

さらに、彗星そのものも珍しくないことがわかりました。人々が驚くような「特上」、だれでも夜空に気が付くような彗星は、10年とか20年に1度くらいの割合でしか見られないのですが、上、並、それ以下、つまりプロかマニアじゃないとわからないものもいれますと、年間に数個から数百個も発見されるようになったのです。

ちなみに彗星には発見者の名前が、最大3人・組までつけられます。一時はアマチュアのマニアが発見を競って「池谷・関彗星」とか「小林・バーガー・ミロン彗星」なんて、日本人の名前がついた彗星もおおございました。しかし、最近では、プロの天文学者が研究のために、いち早く彗星を発見するシステムを運用し、それらが発見の栄誉をかっさらっています。アイソン彗星も、International Scientific Optical Network(ISON:アイソン)という組織の望遠鏡により昨年の9月21日に発見されたので、この名前になっています。この時は太陽までの距離の6倍以上、木星よりも遠い10億km近くで発見されています。そんな遠方で発見できるのは、ごく大型の彗星に限られます。そして、もう1つ、特上に大化けする要素があるのですが、順にお話ししましょー。

まず、彗星ってどんなものか、イメージしてもらいましょう。彗星は、だいたい白っぽくぼんやりと見える天体です。時に尾をひき、それが、ホーキのようにロングの女性の髪の毛のように見えることから、彗星(ホーキ星)とかコメット(髪の毛みたいな)といわれます。では、なーんでそんな風に見えるのかというと、彗星の本体が、氷のかたまり、まあ雪玉みたいなものだからなんですね。宇宙に雪があるのかというと、実はふんだんにあります。たとえば、土星の環はほぼ吹雪みたいなものですし、地球の5倍もある巨大な惑星、天王星や海王星もおおむね雪のかたまりだってことがわかっています。

アイソン彗星の場合は、直径が5kmほどだと考えられています。5kmのかたまりってすごいんですが、宇宙レベルですとカケラってくらいですな。

雪のかたまりですから、太陽に接近すると、溶けます。溶けてどうなるかというと、昇華して気体(ガス)になるのと、雪のなかに混ざっていたチリが飛び散るのと両方です。いうならば「えんまく」をはるのです。このえんまくは、直径数十万kmと地球よりも大きくなることすらあります。これが、太陽の光を反射して、ぼんやりとした姿に見えるわけです。彗星といっているのは、ガスとチリからなる、彗星のえんまく(専門用語では、コマっていうんですけど)を見ているわけです。

さて、このえんまくですが、ガスやチリですので、太陽の光に押されて、彗星本体からはなれていきます。そうして、太陽と反対側に尾をひくように見えるわけです。

ちなみに、彗星をつくる雪ですけど、水だけとはかぎりません。二酸化炭素、メタン、シアンなど様々な成分がいりまじっています。それぞれ溶ける温度が違うので、太陽から遠く、水が凍りついたままでも、二酸化炭素やメタンによるコマができます。そして、太陽に接近し、火星の軌道の内側に入ると、水が蒸発しはじめ、コマがさらに派手に大きくなるわけです。地球に接近して見やすくなるというのもありますけど、彗星をつくる雪のあらゆる成分が盛んに蒸発することで、彗星が「祭り」に突入するわけです。なかには、あまり太陽に接近しない軌道の彗星もあります。っていうか、冥王星とか海王星とか、太陽系の最果てにまでしかこない彗星もナンボでもあるのです。それらは、祭りにはなりません。

アイソン彗星は太陽に大接近

はい、おつきあいありがとうございます。ってわけで、アイソン彗星はどうなのよというと、祭りになる要素ばっちりなんですね。それで、期待のドラ1・ルーキーということになります。

まず、木星より遠いところで発見されたこと。そのときに、すでにコマ(えんまく)が発達していたことが祭りの期待をうかがわせます。そして、発見後、順調に明るさをあげてきました。少なくとも3月までは。

そして、これがポイントなのですが、この彗星は、太陽にメチャクチャ接近する軌道に乗っていることがわかっておるのです。その近さたるや、地球太陽間の80分の1しかないのですな。190万kmで、太陽そのものが半径70万kmありますから、太陽表面から100万km(地球は1億5000万km)という距離です。太陽から受け取るエネルギーは、地球の1万倍にもなります。で、雪ですよ。メチャクチャ蒸発して、消滅しそうなくらいです。実際、こういう軌道を通る彗星は消滅したり、太陽につっこむものも多々あるのですが、アイソン彗星の場合は、彗星が全部なくなる前に、すり抜けられるだろうとみられています。

そして、彗星はここで「大化け」すると思われるのですな。過去には、太陽のそばに、昼間でも見えたという彗星すらあるのですから、期待は高まろうというものです。

さて、という原稿をちょっと前に書いたのですが、ここにきて、微妙な展開になってきました。思ったほど、明るさがのびていかないのです。火星の軌道を横切り、これから水が蒸発しようっていうのにです。研究者によっては、彗星は水分が失われていてスカスカであり、太陽に接近してもコマは発達せず、明るくならないと発表する人まであらわれはじめました。また、予報も下方修正されてはいます。最大金星を超えるといわれていたのが、金星なみ、いや、それ以下、という感じにもなっているのです。

ちょっとオカルトですけど、アマチュアのなかでは「渡部潤一の法則」なんてのまでささやかれはじめました。渡部潤一(わたなべじゅんいち)さんというのは、国立天文台の副台長で、彗星の研究で国際的に知られた科学者です。テレビなどにもよく登場するので見たことがある人もいらっしゃるのではないか? というわけですね。

で、彼が「今度の彗星は明るくなるから」というと、そうならず。「まあ、そこそこかなあ」というと、化けるという、逆張りが立て続けにおこっているのですね。彗星の明るさの予測は、雪の蒸発の仕方しだいで、非常に困難なので、それをもって渡部潤一さんの研究能力云々という話にはならなのですけれども、まあ、ジンクスみたいなものですからね。彼が、アイソン彗星については「期待できる」と春くらいに行った直後に、明るさが伸び悩んだのは、たしかにそうなんです。

ただ、最近になって「もう、それほど明るくならない、特上までいかずに、上で終わる」みたいなことをあちこちでいいはじめています。ということで、その道の人の間では、変な期待が盛り上がっています。

まあ、いずれにせよ、ちょっと準備しておくと、大化けしたときにとりっぱぐれるってことがないということですね。12月5日~15日は、明け方の空に月がなくて、彗星を見る条件はよいです。大化けして、巨大なコマや、雄大な尾が見えるかもしれません。アイソン彗星は、すくなくともそのポテンシャルを持つ大物ルーキーであることは間違いありません。

覚えおきたい彗星の見方

最後に準備ですけれども、双眼鏡があるとよいです。倍率は5~10倍。レンズの直径は3cm以上。いいものとなれば、ニコンやツァイスの高級双眼鏡、5万~30万円ですけれども、まあ、そこまでいかなくても、望遠鏡では大手のビクセンという会社の8倍で3cmレンズのものなんていいんじゃないですかね。値段は1万円~3万円で各種あります。特にWとついたワイドタイプのものがいいですね。他の会社のものでもいいものはいくらでもありますが、1万円を大幅に切ったものはよほど知っていないと、安物がいの…になりがちでございます。あと、10倍以上はやめたほうがいい。ズームも性能が落ちやすいのでダメ。というところですね。

また、地平線付近を見るので、明け方、東~南が開けているところを探しておくことです。朝ごそごそするので、近所迷惑にならない配慮も必要です。マンションの屋上にあがれる人とかいいですね。

それから、冬場の明け方は非常に冷えます。ウィンドブレーカーやタイツ、足も寒いので厚手の靴下など装備ですね。カイロもよいと思います。犬の散歩をする人なんかの恰好も参考になりますな。

さて、11月末にならないとなんともいえないアイソン彗星。大化け&祭りになることを期待しつつ、ここは筆をおこうと思います。

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえたアイソン彗星 (C)ESA

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。