前回は、F-35ライトニングII戦闘機に装備するエンジンについて、初めに採用が決まったF135(プラット&ホイットニー社製)とそれに対する代替エンジンとして開発が進められているF136(ゼネラル・エレクトリック社とロールス・ロイス社が開発中)の概要、1つの戦闘機に2種類のエンジンを開発する背景事情について取り上げた。

2種類のエンジンを用意して競合させれば、コスト・品質の改善努力に向けた動機付けが図れる。また、軍事的観点からすると、片方のエンジンに不具合が出ても、それで全機が飛行停止にならないという利点もある。そこで「競合万歳」となれば話は簡単だが、そうは問屋が卸さない。

機種が増えれば費用も増える

当たり前の話だが、エンジンを1機種開発するのと2機種開発するのとでは、開発費は単純比較で2倍になる。そして、それを装備する機体の数が変わらなければ、それをエンジン2機種で分け合う形になるので、生産数は減る。すると、量産するエンジンの価格に上乗せする開発費の負担が増えるうえ、量産効果が落ちて、単価上昇の可能性が出てくる。

また、競争に勝ったメーカーがすべての仕事をかっさらう「勝者の総取り」方式では、選に漏れたメーカーにとって負けた場合の損失が大きく、経営リスクが高い。その点、F-16やF-35のように複数機種のエンジンを確保する方式であれば、メーカーにとっては仕事の機会が増える。といっても前述したように、数量が減って単価上昇につながるリスクもある。

前回に取り上げたセカンドソース方式にも、デメリットはある。量産コストの低減には効果がありそうだが、研究開発というリスクを負っていないセカンドソースが、低いリスクを利用して安価に量産契約をかっさらい、オリジナルのメーカーに不満のタネを残す可能性があるからだ。

他の業界でも、特許の期限が切れた後でセカンドソースが参入して安価に製造・販売を始めることがあると聞く。買い手の立場からだけ見れば、モノが安く手に入って有り難い話ではあるが、長期的に見て得なりやり方かというと疑問は残る。

そういった諸々のマイナス要因と、2機種を確保することによる競争原理の創出や共倒れ防止といったメリットを天秤にかけて、2機種体制にするかどうかを決めることになる。

何とメーカーは自費で開発を継続すると表明

ところが米国では、ますます厳しくなる財政事情の中で国防支出も例外ではなくなった。これまで、議会は国防総省の反対を押し切ってF136の開発費をつけ続けてきた。大統領が議会に送付する予算教書に基づいて議会が独自に歳出法を作るという米国の制度が、こうした形を実現可能にしたわけだ。ところが、ついにFY2011国防歳出法を成立させる過程で、議会側がF136エンジンの予算を削減する件に同意してしまったのだ。

では、これでF136エンジンの命脈が絶たれることになったのかというと、そうはならなそうなのが興味深い。というのも、F136の開発を担当しているゼネラル・エレクトリック社とロールス・ロイス社は、すでに開発が80%まで進んでいるF136エンジンについて、自費で開発を継続すると表明したからだ。

大きな費用とリスクがつきものの軍の装備調達、特に航空機や艦艇といった「単価が高い」案件では、メーカーが自費で開発する、いわゆるプライベート・ベンチャーの事例は少ない。いくら、軍民双方でさまざまなエンジンを手掛けている大手2社が組んでいるとはいえ、自費で戦闘機用エンジンの開発を継続するのは珍しい事例だ。

しかし、開発を完了させてF-35用の代替エンジンとして売り込み、受注を獲得できれば、自費で開発費を負担しても将来的には回収できるという目論見があるのだろう。リスクの大きい勝負ではあるが、まるっきり成算がない話でもない。

実は、主力戦闘機用のエンジンを2機種用意するのは、これが初めてではない。現在の主力となっているF-16ファイティングファルコンでも、当初はF-15と同じF100(プラット&ホイットニー製)だけだったのが、途中からF110(ゼネラル・エレクトリック製)が加わり、同じF-16でも機体によって異なるエンジンを搭載している。

F-15(左)とF-16(中・右)。どちらも同じF100エンジンを装備している(Photo : USAF)

同じF-16でも、こちらはF110搭載機。F100とはノズルの形状が異なるので識別できる(Photo : USAF)

もちろん、同じ部隊の中で異なるエンジンが混在していたら面倒だから、配備先の部隊によってF100装備機とF110装備機を使い分けている。それと同じ図式をF-35でも再現しようとしたのが、F135とF136の組み合わせというわけだ。