戦時に増えるのは運用・整備費
よくある陰謀論に、「戦争になれば武器の需要が増えるから、大手兵器メーカーが国を焚きつけて戦争を起こさせる」、「古くなった武器の在庫を処分するために戦争を起こす」といったものがある。さて、この話は現代でも通用するものなのだろうか?
現実には、そんな話にならない。第二次世界大戦や朝鮮戦争の時代ならともかく、最近は戦時に戦車や艦艇や戦闘機の急速増産なんかやらないからだ。
確かに、戦時になって増えるものもある。例えば、銃弾や手榴弾などは撃ち合いを展開するから消費が増える。戦闘服や戦闘靴は消耗が早まるし、ボディ・アーマーみたいな防護装備の需要も増す。
ところが、精密誘導兵器が普及して目標の破壊に必要な数が減った分だけ、昔よりも砲弾・ミサイルの消費は減った。対テロ戦で戦闘機や艦艇が次々に被害を受けるわけではないし、戦車は損傷しても修理して再利用する。大物の正面装備は需要が伸びないのが昨今の傾向だ。
むしろ、「蓋を開けてみたら予想外の事態になって、対策が必要に」という話ならある。典型例が、本連載の第35回で取り上げたMRAPの特需だろう。そんなところまで見越して、国家指導者に開戦を焚きつけられるような防衛関連企業の経営者がいたら、すごい予知能力の持ち主だ。
昨今の軍事作戦で支出が増えているのは、運用・整備費の分野と言える。車両を走らせたり飛行機を飛ばしたりすれば、燃料代がかかる。酷使すれば整備を頻繁に行わなければならないから、整備やスペアパーツの費用が増える。戦闘で損傷した装備の補修も必要になる。遠距離通信のために民間の通信衛星を借りれば、通信費が増える、etc……。
こうした分野では、受注する側の企業も景気が良くなる。一方、支出が伸び悩んでいる分野、支出が削られる分野では逆になる。わかりやすい話だ。
特に運用・整備の分野では、本連載の第24~26回でも取り上げたように、業務のアウトソース化が進んでいる。現実問題として、施設の建設・食事・郵便・整備・清掃・上下水道・発電などの業務を請け負う民間企業の存在がなければ、今時の軍事作戦は成り立たない。そうした業務を請け負って成長した企業として有名なのが、米国のKBR社だ。もっとも、動くおカネが巨額なだけに、不正請求などの問題を引き起こして非難されたのもこのKBRだが。
一方で、他の分野に予算を食われて新規の調達・開発が減ってしまった戦闘機、艦艇、戦車といった分野のメーカーは、契約が減って面白くない状況と言える。
実際、米国の業界団体「AIA(Aerospace Industries Association)」が2008年4月に、「運用・整備費の上昇と兵士の待遇改善が装備調達費を圧迫して、米軍の即応体制を悪化させている」という声明を出した。業界団体の発言なので我田引水の感はあるが、一面の真理を突いているのも確かだ。
UAVやロボットの分野で新しいプレーヤーの参入が
また、昨今の対テロ戦・対反乱戦では、冷戦期には注目されなかった装備、冷戦期には存在しなかった装備に出番が巡ってくることがある。その典型例が、無人機(UAV)や爆弾処理ロボットだろう。
これらの多くは「使い捨てても惜しくない」という前提で作られているから、構造が簡素で価格も安い。そうなると動くおカネが少ないので、大手は見向きもしない。そこに、将来性に期待をかけて新興中小企業が参入する余地ができた。エアロヴァイロンメント、インシツ、AAI、ゼネラル・アトミックス、iRobot、フォスター・ミラーなど、聞き慣れない名前のメーカーが多いのは偶然ではない。
ただし、UAVやロボットの需要が増えて成長市場だと見なされると、大手が参入してきて中小メーカーを買収して傘下に収めるということが、往々にして起きる。「スキャンイーグル」などのUAVで知られるインシツ社はボーイング社の、爆弾処理ロボット「タロン」のフォスター・ミラー社はキネティック社の傘下になった。ちなみに、お掃除ロボット「ルンバ」で有名なiRobot社も、米軍向けの爆弾処理ロボットを手掛けている。