業務量安定のため毎年潜水艦を新規建造する自衛隊

企業が生産あるいはサービスといった事業活動を行うには、なにがしかの設備や人材が必要になる。そして、それらは必要とされる業務量に見合った規模を備えていなければならない。もし業務量が拡大すれば、設備や人材もそれに合わせて増強しなければならないが、問題はその後に業務量が落ち込んだ場合だ。当然ながら、設備・人材の余剰が発生して経費が膨らむが、さらに増強のための投資を回収できない問題もある。

また、経験やノウハウの維持・継承にも問題が生じる。業務量に多少の波動が発生するぐらいならまだしも、業務が発生したり消滅したりという状況になると、人材の継続的な維持が難しくなる。その結果、経験やノウハウの維持・継承も難しくなり、後々に業務量が増えた時に困ってしまう。

実際、某国で久方ぶりに艦艇の新規建造を行うとなった時に問題が起こった。自国の造船所で新型のフリゲートを建造したのはよいが、新規建造が途絶えていたことから経験・ノウハウの空白が生じており、それが原因でいろいろなトラブルに見舞われたのだ。

それと比べると、こと艦艇について言えば、日本は比較的恵まれているだろう。特に軍艦は設計でも建造でも商船とは異なるノウハウが求められるので、商船建造で実績を持つ造船所があるからといって艦艇建造も可能とはいうわけにはいかない。なかでも、特殊な鋼材を使って高い品質の作業を行わなければならない潜水艦はとりわけ難易度が高い。

海上自衛隊は実戦用として16隻の潜水艦を擁している。基本的には毎年、1隻ずつ新規建造している。定数は16隻と決まっているから、16年間使うと新しい艦に押し出される形で退役となる。一般的な運用年数から考えると16年はやや短めだが、潜水艦は水上艦よりも傷みが早いし、数の上限が決まっているなかで安定した建造ペースを維持しようとすれば、このやり方にも理はある。

実際にやってみるとわかるが、普通の鋼材を電気溶接するだけでも至難の業だ。ましてや、潜水艦用の特殊な鋼材を高い水圧に耐えられるような高い品質で溶接する技術は尋常なレベルではない。そうしたノウハウがいったん途切れたら、取り戻すのは不可能といってよい。そして、ノウハウを維持するには、継続的に業務を確保するしかない。自国向け潜水艦だけでそれができなければ、輸出に活路を見出すしかない。

海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」。外見はその前の「おやしお」型と似ているが、推進システムを大幅に改良した。(筆者撮影)

建造打ち切りのおそれがあった米国の原潜・シーウルフ級

米国でも似たような話はある。冷戦期に計画された超高性能の攻撃型原潜・シーウルフ級に、価格が高すぎるということで建造を2隻で打ち切る話が持ち上がり異議が出たのだ。もっと安価で冷戦後の実情に合った新型原潜(ヴァージニア級)を開発・建造するまでにギャップが発生して、建造所の設備・人材を維持できないという主張だ。そのため、シーウルフ級をもう1隻、ゼネラル・ダイナミクス社傘下のエレクトリック・ボート造船所に追加発注して、産業基盤の維持を図った。

新型駆逐艦ズムウォルト級でも似たような話がある。2隻で建造を打ち切る話が出た時、ゼネラル・ダイナミクス社傘下のバス鉄工所(駆逐艦建造の名門である)の仕事がなくなることが指摘され、バス鉄工所の地元・メイン州選出の議員が乗り出してくる事態になった。結果として、同級は3隻すべてをバス鉄工所で建造することで決着している。

もっとも、一部の作業はノースロップ・グラマン社が分担することになっている。そもそも、ズムウォルト級はノースロップ・グラマン社とバス鉄工所が競合して前者の設計案を採用、バス鉄工所もセカンドソースとして建造に参画する形だったが、最終的にはあべこべになってしまった。ノースロップ・グラマン社には揚陸艦や潜水艦の仕事もあるが、バス鉄工所には駆逐艦の仕事しかないからだ。

米海軍の新型水上戦闘艦・ズムウォルト級。もともとノースロップ・グラマン社の設計案が採用されたが、造船所の業務量を確保する観点から、2隻で打ち切る計画を3隻に増やすとともに、すべてをバス鉄工所に集約した(US Navy)

つまり、産業基盤がなくなると後になってもっと高くつくからという理由で、当座の必要性とは別の次元で装備の発注を継続的に行うことになるというわけだ。他の艦艇でもあるいは航空機や車両でも似たような話はある。

波動の回避とコストの相克

軍の装備品に限ったことではないが、短期間に大量生産すると、その時点ではコストダウンを図れるかもしれない。しかし、短期間に大量生産したものは、同時期に集中して寿命を迎えるため、代替品も短期間に大量生産しなければならない。

問題は、それを実現できるかどうかだ。仕事が大量に発生したり、すっかりなくなってしまったりという波動の激しい状態は、企業経営の立場からすると嬉しくない。前述したように、設備や人材に対する投資、それらの維持といった問題があるからだ。

ずっと先の代替需要発生に備え、当座は遊休となる設備や人材を維持することが、経済的にあるいは株主に対する説明責任から見て可能だろうか? 実際には難しいだろう。だから、代替品が必要になったために短期間で大量生産を実現しようとしたら、メーカー側が対応できませんでした、というのはありそうな話だ。

それを避けるには、安定したペースで継続的に発注を続けるほうが有難い。しかしそうなると、低レベルでの業務量の安定になってしまう。一気に大量生産するほうがコストダウンするという工業製品の基本的傾向からすると、これまた嬉しい話ではない。

新規開発にも似たような話はある。何もないところから新たな製品を開発するのはコストも手間もかかり、リスクも発生する。それに、装備品を調達・配備・運用する立場からすると、コロコロとモデルチェンジして、互換性・相互運用性の問題を抱えた装備の山を作るよりは、同じものを揃えるほうが都合がいい。

だからといって、同じものを延々と作り続けていれば技術が停滞するし、新規開発の経験やノウハウを継承できない。既存の製品に新技術を追加投入する形で改良する手もあるが、それとてゼロから新規開発する場合と同じ経験・ノウハウになるかと言えば疑問がある。

結局のところ、「新規開発 → それに対する段階的・継続的な開発 → 新規開発」といったサイクルを回していくのが理想的だが、それが実現できるかどうかは状況による。市販の乗用車であれば、「2年ごとのマイナーチェンジ、4年ごとのフルモデルチェンジ」といったサイクルが回されているが、すべての産業でそれが通用するとは限らない。

特に軍の装備品は、諸外国の政治・経済動向や技術動向、新しい戦争の様態や安全保障面の課題の出現などの外的要因に左右される部分が大きいので、単に期間を決めて定期的に新規開発すればよいというわけにはいかない。軍事力とは相対的なもので、仮想敵国や想定脅威に対して上回っているかどうかが問題だ。絶対値で「○○の水準をクリアしていればOK」というものではないからだ。

こうした点で、民間向けの商売とは異なる防衛産業ならではの経営的な難しさが出てくる。