造船所閉鎖が地元経済に与えるインパクト

2010年7月に、ノースロップ・グラマン社が衝撃的な発表をした。

日本では同社の馴染みが薄いせいか、「グラマン社」と略される場合が多い。それゆえに航空機メーカーというイメージがあるが、実際は航空機だけでなく、レーダーや電子戦装置をはじめとする電子機器、衛星関連機器、レーザー兵器、さらには艦艇建造まで手掛ける総合防衛企業だ。その中の艦艇建造部門が問題になった。

同社は冷戦崩壊後に積極的な企業買収を進めてきたが、その一環としてインガルス造船所、ニューポート・ニューズ造船所、アヴォンデール造船所を買収して傘下に収めている。インガルスでは駆逐艦、ニューポート・ニューズでは原子力空母と原潜(現在、原子力空母を建造できるのはここだけ)、アヴォンデールでは揚陸艦を主に手掛けている。そして、そのアヴォンデール造船所を閉鎖すると発表したものだから、地元のルイジアナ州は大騒ぎになった。

ノースロップ・グラマン社傘下のアヴォンデール造船所で建造したドック型揚陸輸送艦、グリーン・ベイ Photo:US Navy

同社は「米海軍の今後の建艦方針では、十分な操業量を維持できないため、メキシコ湾岸の造船所をインガルスに集約することで生き残りを図る」と説明している。艦艇の価格高騰によって調達数が先細りとなり、艦艇建造所の業務量が減る傾向は多くの国で見られる。

事情はどうあれ、アヴォンデール造船所を閉鎖すると直接雇用5,000名、下請企業などの間接雇用6,500~7,000名が失職すると見積もられた。それ以外にも国のプロジェクト中止やハリケーン被災などで経済的な悪影響が生じているため、地元としてはこれ以上のマイナスは食い止めたい。そこで、州知事や地元選出議員が同社のCEOや海軍長官に翻意を求めて陳情する事態になっている。

そもそも同社にとって、艦艇建造部門が占める地位は決して大きくない。以下の数字は同社の2009年版年次報告書から持ってきたものだが、艦艇建造部門の売上は全体の20%にも満たない(利益率ではもっと低い比率になる)。今後の成り行き次第では、艦艇建造部門の切り離しすら考えられる。

ノースロップ・グラマン社の売上と営業利益(2009年版経営報告書より引用)

部門 売上(100万ドル) 営業利益(100万ドル)
Aerospace Systems $10,419 $1,071
Electronic Systems $7,671 $969
Information Systems $8,611 $631
Shipbuilding $6,213 $299
Technical Services $2,776 $161

現時点では、この件がどういう形で決着するかわからない。造船所を維持するには艦艇建造の仕事が必要だが、同社に割り振れる建艦計画が湧いて出てくるかどうかは別問題。しかし、仕事がないからといって艦艇建造所がなくなってしまうと、いざ新たな艦艇が必要になった時に建造所がなくて実現不可能という事態に陥る。こうした問題は、日本も含めて多くの国が直面している。

なお同社は2010年8月、インガルス造船所についても642名の人員削減を行う方針を明らかにしており、こちらも前途は予断を許さない。

議員まで巻き込み雇用創出効果でアピール合戦

同様に、防衛産業絡みの雇用という点で注目されているのが、本連載の第9回や第31回でも取り上げた米空軍の次期空中給油機調達計画「KC-X」だ。2010年7月現在、ボーイング社とEADS社が提案書を提出して審査が始まったところだ(ノースロップ・グラマン社は撤退したので、今回は不参加)。

その過程で、ボーイング社とEADS社/ノースロップ・グラマン社は新聞に全面広告を打ったり、議員を巻き込んでのロビー活動を展開したり、相手側の主張を否定するプレスリリース合戦を展開したりしている。一説によると、一連のロビー活動のために両社が使った経費は1億2,500万ドルに達するそうだ。

閑話休題。そうしたアピールの中に雇用創出効果を示すものが含まれているというのが本題だ。例えばボ社では、米国の州ごとに「KC-Xで当社の提案が採用されれば、○○州では年間△△名の雇用創出効果と××万ドルの経済効果が見込まれる」というプレスリリースを次々と出している。対するEADS社も「アラバマ州モービルに組み立て工場を設置する」「全米で4万8,000名の雇用創出効果が見込まれる」とやっている。

当然ながらアラバマ州では、地元選出の議員が以前から一貫して、EADSを推奨する発言を繰り返している。もちろん、ボ社の地元であるワシントン州やカンザス州を地盤とする議員は、ボ社の機体を推奨する発言をしたり、エアバス社に対する欧州各国政府からの補助金支出を問題視する発言を繰り返したりしている。お互い様である。

こうなると、大手防衛関連企業の事業所、あるいはそのような企業に対する発注も一種の公共事業といえる。単に、どちらの製品が優れているからというだけでは決まらない。

政府が防衛産業をプッシュするオーストラリア

フランスでは海外に自国製品を売り込む際、大統領や首相と関連企業のトップが揃って現地を訪問して、盛大なアピールを展開するのが通例となっている。武器に限らず、高速鉄道でも何でも同じだ。

政府は大抵のフランスの防衛関連企業大手の大株主になっている事情も影響しているのだろうが、それだけではないだろう。政府が先頭に立って業界のために仕事を確保しようとプッシュすることは、ハイテク産業のイメージリーダーである航空宇宙・防衛産業を維持するという国策の観点から必須の作業でもあるのだ。

自国だけで完成品を作れるレベルにはない国でも似たような話はある。典型例がオーストラリアで、政府が先頭に立って、自国内の航空宇宙・防衛関連企業が欧米の大手防衛関連企業のサプライチェーンに参入するための後押しをしている。つまり、欧米の大手で製造する戦闘機・艦艇・装甲戦闘車両・ミサイルなどのウェポン・システムに、オーストラリア企業が製造したコンポーネントを採用してもらおうというわけだ。

自国向けの需要だけでメーカーが食っていけなければ、他国向けの需要に参入するしかない。これは、オーストラリアがF-35計画に参画している理由でもある。うまいこと採用を勝ち取れれば、3,000機かそこらのコンポーネント製造につながるのだ。

米海軍のイージス巡洋艦が装備する、対艦ミサイル対策用デコイ(囮)・ヌルカの発射器。実はこれ、BAEシステムズ・オーストラリア社の製品だ 筆者:撮影