冷戦終結で軍の仕事の民間委託が進んだ

軍事における自己完結性の崩壊の発端は、ソヴィエト連邦の崩壊とそれに伴う冷戦の終結にある。冷戦の終結を受けて "平和の配当" を求める声が強まり、欧米諸国では1990年代を通じて、大幅な軍縮と国防支出の削減が進んだ。

ところが、冷戦終結によって世界に平和な時代がやってきたという認識は大間違いだ。実際には超大国による抑えが効かなくなったなどの事情により、各地で地域紛争・民族紛争が続発、それに対して人道的見地から介入を求める声が出る事態が相次いだ。

つまり、軍の規模は小さくなったにもかかわらず、仕事は意外と減らなかった。だからといって、軍の規模を冷戦期の水準に戻すこともままならない。そこで登場したウルトラCが、業務の民間委託によって乗り切る方法だったというわけだ。ただし、民間委託といっても1種類ではなく、対象になった分野や方法はさまざまだ。

後方任務を民間委託するケース

まず、第一線の戦闘任務以外を民間に委託して、それで捻出した後方支援要員を第一線の任務に転用する方法がある。例えば、機材整備、給養(馴染みのない言葉だが、食事を作って食べさせる仕事のことだ)、補給といった分野がある。

1990年代から米陸軍の契約を大々的に請け負い、過剰請求などの問題まで引き起こしたKBR(Kellogg Brown & Root Services Inc.)が、この分野の企業として広く知られている。もっとも、そのKBRも米陸軍の契約を独占的に受注する立場ではなくなり、最近では単独で受注する代わりにノースロップ・グラマン社と設立した合弁企業で受注する事例も出てきている。

アフガニスタンのカンダハルで撮影された、米軍の補給車両隊。これは軍のものだが、民間企業が同様にして補給業務を請け負う事例が目立ってきている

航空機などをオーバーホールするような大掛かりな整備であれば、軍が自ら行う代わりにメーカーに任せる場合が多く、航空自衛隊の戦闘機も海上自衛隊の護衛艦もそうやっている。しかし、米軍などではさらに対象を拡大、部隊レベルで日常的に行う点検整備まで民間に委託していることがあり、その場合には平服の民間人が軍の飛行場に出入りして仕事をしているわけだ。自国内だけでなく、他国から整備業務を受注している企業もある。

米国防総省が公開している調達情報を見てみると、米国本土の基地で運用している航空機の整備、基地食堂の運営などが、民間企業に発注されている様子がわかる。軍の研究開発が行う研究開発に民間企業の技術者が関わったり、新型機の試験に民間の要員が加わったりという例もある。

もっとメジャーな分野では、デジタルグローブ社を初めとする衛星画像販売企業から、米軍が衛星画像を購入している例がある。自前の偵察衛星を持っている米軍ですらこの調子だから、他国においては言わずもがなだろう。

そもそも最近は、よほど高い解像度やリアルタイム性を求めなければ、衛星画像はbing、Yahoo!、Googleといった無償で利用できるWebサイトでも手に入ってしまう。冷戦期を知る人間の感覚からすると、えらい時代になったものだと思う。

ラジカルに民営化を進める英国防省

大西洋を越えて英国に行くと、さらにラジカルな民間委託の事例がある。

まず、軍の研究機関そのものが民営化されてしまった。それが、国防評価研究局(DERA : Defence Evaluation and Research Agency)を民営化したキネティック社(QinetiQ plc)だ。しかも、民営化しただけでなく投資会社が株式を取得して、さらに株式公開まで行っている。このキネティック社、F1グランプリでおなじみのウィリアムズ・チームと組んだことがあるので、モータースポーツ好きなら名前を聞いたことがあるかも知れない。(ちなみに、BAEシステムズ社がマクラーレンと組んだ事例もある)

さらに、空中給油機や偵察衛星の運用まで、PFI(Private Finance Initiative)の枠組みを用いて民間委託にしてしまった。前者はエアタンカー・コンソーシアムという企業連合が担当しており、エアバスA330ベースの空中給油機をイギリス軍向けに飛ばすことになっている。一方、後者はパラダイム・セキュア・コミュニケーションズ社の担当で、スカイネット5という通信衛星を運用している。いずれも、使用する機材に関連するメーカーが共同出資する企業連合だ。

米国にもオメガ・エアという会社があり、軍の機体を対象として空中給油の業務を提供している例がある。ただし、英国と違って軍の給油機部隊をまるごと民間委託したわけではなく、手が回らない部分を民間に委託したという程度だ。

英国軍の民間委託には面白い点がある。単に軍の仕事を民間企業に委託するだけでなく、空き時間を使ったアルバイト(?)を認めているのだ。実のところ、空中給油機でも通信衛星でも軍の仕事だけでフル稼働するかどうかわからない。だから、空き時間を使って民間向けの仕事をすれば、そちらでも収益を得られますよという仕組みになっているのだ。

民間向けの空中給油機需要は考えにくいが、実はA330給油機は機内を貨物室にしてあるため、貨物輸送のアルバイトができる。通信衛星の場合、トランスポンダーの空き時間を切り売りする形で民間向けに通信時間を売れば、それだけ収入が増える。特に衛星は打ち上げて飛ばした時点で運用にかかる費用は決まってしまうから、後は稼働時間を増やすほど収益性が高まる。

そういう意味では、先述のキネティック社にも似たところがある。単に軍の研究活動を受注するだけでなく、軍事と関係のない民間分野にも積極的に進出しているのだ。例えば、キネティック社は風力発電用の風車を開発している。

といっても、風力発電は軍事とまったく無関係ではない。風力発電用の風車は大きな羽根をぐるぐる回すため、レーダー電波に対して特徴的な反射を引き起こす。それが航空管制用レーダーで問題になっているのだが、そこで登場したのがキネティック。レーダー電波の反射を抑えて航空管制用レーダーを妨害しない「ステルス風車」なんてものを開発したのだった。