前回は、金融機関と長期的に取引することで得られるメリットについて説明しました。今回は金融機関とのコミュニケーションについて解説します。

財務担当者が金融機関へ融資を申し込む回数は、営業担当者が顧客を訪問する回数と比較して、圧倒的に少ないです。個別の担当者が金融機関と交渉するノウハウを蓄積するために試行錯誤できるチャンスは限られており、シェアされている実務に関する情報も多くありません。融資を申し込む際に金融機関と円滑にやり取りするためのポイントを、整理していきます。

(1) 資料のファイリング

金融機関へ提出した書類は全て紙でコピーを取り、議事メモを添えて、時系列順にファイルへ綴じます。ペーパーレスの時代になぜ紙でと思われるかもしれませんが、BCP(事業継続計画/Business Continuity Plan)の観点でデータ消失・散逸のリスクを考慮した場合、紙で残すメリットは十分にあります。先々の財務担当者の交代に備える意味でも、引継時に慌てて資料をまとめるのではなく、交渉の経緯をリアルタイムに記録して束ねていくことをお薦めします。

金融機関側は、企業が提出した資料を全て保管しています。融資を申し込む企業側も、いつ誰に何を伝えたか手元に情報を残さなければ、過去の発言と矛盾した報告をすることに繋がりかねません。提供する情報が揺らげば、不信を招きます。人間は想像以上に過去のことを忘れるものです。ディテールに関する記憶はあてになりません。日々の細やかな作業が重要になります。

金融機関へ直接提出しない書類についても、控えを取るようにします。例えば納税証明書の交付請求手続では委任状が必要なケースがあり、書き方を忘れがちです。実際に作成したドキュメント類を残すことで、事務マニュアル代わりにすることが可能です。窓口へ持参したものや待った時間、郵送にかかった日数を記録しておけば、将来の融資申し込みの際に作業スケジュールを立てるためのインプット情報として活用することができます。

また、金融機関とのコミュニケーションは対面での打ち合わせのほか、電話でのやり取りが非常に多くなります。いつ何の資料作成依頼があったのか、電話メモをそのまま保管するだけでも価値があります。金融機関から受け取る契約書や返済予定表も、散逸しないよう提出書類と一緒に管理します。

(2) 資金ニーズがない時期のコミュニケーション

金融機関へ融資を申し込んでも、すぐに借りることができないケースは十分にあり得ます。期限が定まった状態での交渉は難しくなりますし、時間切れによる資金ショートは避けなければいけません。必要なタイミングで円滑に資金調達するために、資金ニーズがない時期においても、定期的に金融機関と情報交換するとよいでしょう。

将来融資を受けたいと考えている金融機関には、あらかじめ計算書類(決算書)やパンフレット類を渡し、事業の概況を伝えておきます。併せて、予定している資金調達シナリオについて共有するとよいでしょう。例えば、生産設備の減価償却切れのタイミングで機械の更新を検討している、大きな金額が動きそうなプロジェクトが間もなく成約しそう等、事情を説明すれば金融機関側から具体的な提案を引き出すことができます。急がば回れで、スケジュールに余裕を持って対処することが肝要です。

(3) コミュニケーションそのものに関する理解

融資の初回申込時に顕著ですが、金融機関の営業部門と審査部門の双方に対し、事業内容や業績について説明が求められます。信用保証協会が関与する場合を含め、何度も同じような説明をすることに、なぜ情報が関係者間で共有されないのかと、辟易とする財務担当者は多いと思います。

財務の仕事に限らず一般的に言えることですが、相手に自分のことを一度に理解していただくことには無理があります。営業・採用・社内教育等の現場で繰り返しコミュニケーションが求められるのと同様に、正しく物事を伝えるためには時間がかかるものです。部署によって、担当者個人によって、興味のポイントは様々です。自らのコミュニケーションコストの削減を狙って伝言ゲームの状況を作ることは、かえって危険です。丁寧な対応は必須だと考えております。

金融機関とのコミュニケーションについての説明は以上です。次回は金融機関が理解しやすい決算書を作るための経理のポイントについて解説します。

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執筆者プロフィール:千保 理(せんぼ ただし)

株式会社情報基盤開発 CFO(最高財務責任者)

ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学運動会バドミントン部を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。Microsoft Innovation Award 2015にて勤務先が優秀賞を受賞した際のプレゼンター。融資による資金調達を得意としている。