前回は、顧客と折衝するための文書を作るうえでいかにレビューが大切であるかという点について、「顧客視点」という言葉を交えながら説明し、レビューに関する"よくある勘違い"を2つほど紹介しました。

今回は、実践編として、顧客視点で文書を見直すためのレビュー法について具体例とともに解説します。

レビューでの説明内容が修正内容のヒントになる

顧客に納得してもらうためには、様々な内容を順序立てて論理的に説明する必要があります。このときに説明が納得できるものなのか、不足がないかを知るには顧客視点で文書を見直す必要があります。しかしながら、当然、書き手自身は顧客ではないので、自分自身で見直すのは非常に難しく、相当な経験を積まなければできるようになりません。

書き手だけでは難しい"見直し"を効果的に進めるには、レビューが有効です。顧客の視点を補うために、レビュアーを顧客に見立てて対面でレビューを受けるようにするのです。例えレビュアーが上司であっても、上司ではなく顧客であると思って資料を説明します。

対面でのレビューでは、相手に納得していないような表情が浮かぶと口頭で説明を補いたくなってきます。場合によっては、レビュアーからの質問を受けて説明するところも出てくるはずです。このときも、実際に顧客からそのような質問を受ける可能性があることを念頭に置いて説明します。このようなレビュー中のやり取りで自ら補った説明が、修正のヒントとなります。

以下ではレビュー中のやり取りの具体例をもとに、レビューに不慣れな人が陥りやすい文書作成の誤りと、レビューでのやり取りを活用した修正方法について解説します。

「それは書かなくても分かっているはずです」

次の例は、提案書本体の最初にあたる「提案のポイント」を示したページです。

提案書本体の最初にあたる「提案のポイント」

Aさんが作成中の提案書のドラフトを上司のB課長にレビューしてもらっている場面を想定してください。Aさんは、顧客側の担当者から要望事項を聞いています。既に、AさんとB課長とは何度か相談済み。提案に必要な具体的な材料は揃っており、レビューは顧客に対してどのような論理で提案するべきかの確認を目的としています。

以下が、レビュー中の会話です。

Aさん: 今回提案するのは、オープンソース採用と、仮想化、運用フロー見直しの3点です。オープンソースについては、次のページを見ていただいて……(資料を見ながら詳細を説明しようとする)

B課長: ちょっと待って下さい。この提案で何を解決しようとしていますか?

Aさん: 以前も説明したと思いますが、今回、先方が最も気にしているのは、システム運用コストの削減です。これらの施策を行えば、コスト削減が行えると考えています。

B課長: 今の説明は提案書に書いていないですよね。追加して下さい。

Aさん: でも、このことは説明しなくてもわかっているはずです。前回訪問時に先方の担当者にも確認してありますが……。

Aさんは、前提となる目的を資料に明確に記述せずに、その解決策として技術的な提案内容の説明から始めています。B課長が不足している点を指摘していますが、「当たり前のことなので、それは書かなくてもわかるはず」と考え指摘に納得していません。B課長が知らないだけで、顧客とは共有できているという自信がある場合にはなおさら受け入れにくいことがあります。

こういう指摘を受けたときには、「もしかすると顧客にも伝わっていないかも知れない」という観点で考え直すことが大切です。Aさんが当然と思っている前提も、実は顧客と共有できていないかもしれません。つまり、「目的は運用コスト削減」ということは、顧客側の担当者の話を聞いたAさんがそう理解しただけで、誤りかもしれません。または、提案書をもとに説得しなければならないキーマン(例えば顧客側の担当者の上司)は、別の前提を持っているかもしれません。

もし、顧客と前提が共有できていなければ、いきなり提案のポイントだけを説明しても、話が通じません。その可能性を考えると、口頭で説明した内容をもとに、提案の目的を記述しておいたほうが安全です。万一、記述した前提が間違っていれば、そこから議論をやり直すことがきます。

前提も含めたページの記述は以下のようになります。これで、前提が共有できていない顧客にも話が通じる文書になりました。

前提も含めたページの記述

「それは良く読めばわかることです」

先ほどのAさんと上司のB課長のレビューが続いています。Aさんは、以下のページをもとに、サーバー統合の実行プラン案のメリットとデメリットを説明しました。

2つのサーバー統合プランのメリットとデメリット

以下がレビュー中の会話です。

B課長: サーバー統合は、結局どのやりかたを推すことになったの?

Aさん: 前ページに書いてありますが、今回のサーバー統合は初期費用を抑えることとリリーススケジュール厳守が必須の条件になっています。そのため、総額費用の面と目標達成時期では一括統合が有利なのですが、案2の段階統合が推奨です。

B課長: それも書いていないので、説明を追加して下さい。

Aさん: でも、それは良く読めばわかることです。今の説明でも理解できましたよね……。

Aさんの資料では、統合の実行方式について、2つの案のメリット/デメリットが整理されているものの、段階実行を推奨するというAさんの主張自体が書いてありません。B課長が不足している点を指摘していますが、Aさんは、「他のページも合わせて良く読んで検討すればわかるので、そこまで書く必要は無い」と考え指摘に納得していません。

こういう指摘を受けた場合は、「ひょっとすると顧客に良く読んで考えてもらってもわからないかもしれない」という観点で考え直すことが大切です。メッセージが明示されていない状態の文書では、細部の記述を総合して全体のメッセージを解釈する作業を読み手に強いることになります。そうした場合の問題点は、書き手が想定した結論どおりに読み手が読み取るかどうか分からないことです。顧客は、前ページの優先順位とは別の考えを持っているかもしれません。他の結論を出せてしまうような記述が他のページにあるかもしれません。相手の解釈に任せてしまうのであれば、思った通りのメッセージは伝わらないと考えたほうが良いのです。

さらに、提案書や報告書などの読み手には、メッセージを読み取るための労力や時間が取れない、もしくは取るつもりがないことが多いことも考慮しましょう。そのため、メッセージが明示されていない文書は「何が言いたいのかよく分からない」という評価を受けてしまいます。

B課長の指摘に対して口頭で説明した内容をもとに、主張したいメッセージを含むように修正すると以下のようになります。

主張したいメッセージを盛り込んだ、修正後のサーバー統合プラン

レビューを通して「顧客視点」の気付きを得る

文書の前提や伝えたいメッセージを明確に記述することは、当たり前のようでいて、いざ文書を作成する際には抜けてしまい、自己レビューでも抜けていることに気づかないことが多いものです。

上の2つの例では、連載第1回で紹介したSo What?/Why Soのテクニックを使うこともできます。1つ目の例は根拠(Why So?)が分からない、2つ目の例は結論(So What?)が分からない例となっています。ある程度経験を積むと、こうした自問自答をすることでこれらの不足に気付くことができますが、最初はなかなか大変です。これは読み手である顧客視点で文書を見直すことが十分にできないためです。

顧客視点での評価に慣れていない人がこのような不足に気づくためには、これまで見てきたようにレビューが有効です。上の例では上司が追加の記述を求めていますが、そうしてくれなかった場合でも、自ら口頭で説明を加えた点に関しては記述不足がないか疑ってみる姿勢が大切です。

相手を顧客に見立てて内容を説明するときには、どうしても相手の反応が気になります。そのため会話の中で、相手に理解してもらうために、文書に書いていないことを補足することになります。これは、レビュアーを仮想顧客とすることで強制的に「顧客視点」を得る方法とも言えます。最終的には、補足した説明内容から本来伝えるべきであった内容を拾い出して文書に反映していくのが、品質を向上するための近道になるのです。

執筆者紹介

田原 幸弘(TAHARA YUKIHIRO)
- ウルシステムズ シニアコンサルタント


ユーザー系SI企業にて、映像配信、セキュリティ、通信制御などの開発案件でプログラミングから要件定義まで携わり、2007年より現職。大規模プロジェクトでの要件定義手法定着支援、開発ベンダーの設計書品質向上などのコンサルティングを中心に行うほか、システムリプレースの要件定義や顧客への提案活動に従事している。利用者、情シス部員、開発者全てに利益があるシステム開発プロジェクトの実現を目指して、日々の業務に邁進している。