例えば、ショッピングサイト等で会員になった場合、会員ごとにランク分けされることがありますが、プラチナ会員とゴールド会員のどちらのランクが高いでしょうか? また、例えば、結婚記念日において金婚式とプラチナ婚式のどちらが、夫婦が一緒にいた期間がより長いことを祝う日でしょうか?

答えはいずれも"プラチナ"なのですが、このような身近な例の助けもあり、プラチナは金に対して優位で、価格の関係においても「プラチナ>金(プラチナが金よりも高い)」であることが通常だろうと、われわれはスムーズに連想できる訳です。

図1 :プラチナと金の価格(単位:円/グラム)
出所:東京商品取引所の価格を元に筆者作成

現在、プラチナは金よりも安い

しかしながら、特に今月に入り、プラチナと金の価格差(プラチナ価格-金価格)において、記録的な水準までマイナス幅が拡大している(プラチナが金より安く、その度合が記録的な水準まで高まっている)ことがさまざまなメディアで報じられています。

図2 :プラチナと金の価格差(プラチナ価格-金価格) (単位:円/グラム)
出所:東京商品取引所の価格を元に筆者作成

図1(プラチナと金の価格)のとおり、2015年の初旬以降"プラチナが弱含み・金はおおむね横ばい"の状態が続き、図2(プラチナと金の価格差)のとおり、再び価格差はマイナス圏(価格の関係が「プラチナ<金」の状態)に入りました。

そしてその後もプラチナと金の価格推移の傾向に大きな変化はなく、徐々にその度合を示す価格差のマイナス幅は拡大する展開となりました。

今月に入り、その価格差のマイナス幅は記録的な水準であるマイナス1,100円を超える日が続いています。(6月15日の価格ではプラチナが3,325円、金が4,456円、その価格差はマイナス1,131円)※いずれも1グラムあたり。

この状況を見て、われわれは何を考えるのでしょうか? 筆者がふと考えたことは、教科書を閉じて横に置くことでした。ではここで言う教科書には何が書かれているのでしょうか?

プラチナと金の価格差について教科書に書かれていること

それは、おおむね「プラチナと金の価格差の関係は「プラチナ>金」であることが通常」逆もしかりで「プラチナと金の価格差の関係が「プラチナ<金」であることは異常」というものです。

その根拠は、生産量・流通量においてプラチナが金より少なく希少と考えられる(量の面)、プラチナが現代社会に欠かせない広い分野で用いられる金にはない様々な特性を持っている(質の面)、量と質の両面で示されるとするものです。

これらをもってプラチナと金の価格の関係は「プラチナ>金」であるのが通常であると言われます。冒頭のネットショッピングの会員・結婚記念日の例もあり、腑に落ちる、イメージしやすいことであると思われます。

そしてそう考えれば、今のように価格差がマイナス圏で推移する以前の多くの場面において、価格差がプラス圏(プラチナ>金)で推移していたことに合点がいくわけです。

ただ、価格差がマイナス圏で拡大していることを報じるメディアのニュースを見て筆者の頭をよぎったのは、その教科書・連想と実際の間に食い違いはないのだろうか? ということでした。特にニュースで報じられているのは、価格差のマイナス幅とプラチナ価格の連動性についてです。

価格差のマイナス幅の拡大の要因はプラチナ価格が下落したことだったが、価格差のマイナス幅の拡大が止まればプラチナ価格の下落が止まり、ゆくゆくは価格差のマイナス幅の縮小とプラチナ価格の上昇が見られる、のようなストーリーです。

必ずしも価格差とプラチナ価格には連動性があるとは言えない!?

価格差のマイナス幅とプラチナ価格には必ずしも連動性があるとは言えないと筆者は考えています。仮に価格差のマイナス幅が縮小してもプラチナ価格は下落する可能性もあるということです。逆(価格差のマイナス幅が拡大・プラチナ価格の上昇)もしかりです。

仮にプラチナが1か月で100円下落したとして、同じ期間で金が300円下落していれば、価格差においてはその1ヶ月間で200円、マイナス幅が縮小したことになります。6月15日の価格を例に用いれば、3,325円のプラチナが3,225円に下落、4,456円の金が4,156円に下落すれば、マイナス1,131円の価格差はマイナス931円(マイナス幅は200円縮小)になる計算になります。

プラチナ価格の下落と価格差のマイナス幅の縮小は同時に起き得るということです。その意味で言えば、価格差はプラチナ価格の上下の議論の材料として適切ではない場合もあるのではないか? ということです。

価格差は、この場合プラチナと金の2つの存在があってはじめて成り立つものであり、プラチナだけのものでも金だけのものでもないため、プラチナのみ、あるいは金のみの価格動向を占う完全な根拠にはならないと考えられます。

また、価格差のマイナス幅が拡大していてもその時プラチナ価格が下落しているとはかぎらない、価格差のマイナス幅が記録的な水準だからプラチナに割安感が出ているという根拠にはならない、ということでもあると思います。

3,700円までプラスに拡大したことがある価格差

図2(プラチナと金の価格差)をご覧いただくと、2008年2月に価格差のプラス幅が3,760円まで拡大したことがわかります。(価格差がプラス圏であるため、ある意味"通常"なのかもしれませんが)2008年2月のプラチナ・金それぞれの終値は、プラチナが7,051円、金が3291円でした。プラチナ価格が金価格の2倍を優に超えていたことになります。

この例から想像することは、どちらか片方がそれ自身の都合で極端な値動きをする場合、価格差の基となる2つの銘柄の価格の関係は一時的に崩れ、それに伴い価格差はそれまでの常識を逸脱した動きになることがあるのではないか? ということです。

2000年ごろから2008年にかけて価格差がプラスに1,000円、2,000円、3,000円…… と記録的な急拡大を演じる中"価格差はプラスに拡大し過ぎだからプラチナは買われ過ぎている"という議論はあったのかもしれませんが、その議論の最中でも、価格差のプラス幅は3,700円程度までどんどん拡大していったわけです。

2000年ごろからの新興国の台頭による世界的な景気拡大時、自動車の生産が活発になる(プラチナの全消費の約4割は自動車排ガス触媒向け)→プラチナの需要が伸びる、というプラチナ側の強い文脈と、世界的な景気拡大時、代替通貨の需要が減退する→金の需要が減少する、という金側の文脈、それぞれの文脈の同時進行(主にはプラチナの強含み)が、記録的な価格差のプラス幅拡大の要因になったと考えられます。

貴金属の価格を追うのであれば、価格差ではなく、個々の材料に着目したい

どちらか片方がそれ自身の都合で極端な値動きをしたことがきっかけで生じた銘柄個々の文脈の同時進行が、価格差のプラス幅が記録的な水準まで拡大したことのきっかけとなったと考えれば、現在の記録的な価格差のマイナス幅拡大もまた、同様である可能性は否定できないと思います。

2015年初旬ごろからの逆オイルショックなどに端を発した世界的な景気減速懸念により、自動車の生産が鈍化傾向になる→プラチナの需要が減少、というプラチナ側の強めの文脈と、世界的な景気減速懸念により、代替通貨の需要が増加する→金の需要が増加する、という金側の文脈、それぞれの文脈が同時進行していると見られます。

つまり、すでに価格差の基となる2つの銘柄の価格の関係は崩れ、価格差がそれまでの常識を逸脱した動きになる条件が整い、それに伴い価格差のマイナス幅が記録的な水準まで拡大してきている、ということであると考えられます。

もしも今後の資産形成を目的に貴金属の価格を追うのであれば、現状では価格差ではなく、銘柄個々の材料を見て今後の価格動向を考えることが重要であると思われます。

執筆者プロフィール : 吉田 哲(さとる)

楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト。テクニカルアナリスト。大学卒業後から、コモディティ業界に入る。2007年から、コモディティアナリストとして、セミナーや投資情報提供業務を担当。2015年2月から、楽天証券経済研究所 コモディティアナリストに就任。海外・国内のコモディティ銘柄の個別分析や、株式・通貨とコモディティの関連に着目した分析が得意。楽天証券ホームページにて「週刊コモディティマーケット」を配信中。