ステップ10 - 最初の3カ月から中間レビュー

最初のセッションを始めてから3カ月が経った。この3カ月間、山崎は、セッションが始まる前に最低15分は質問リストの作成に時間をかけるようにした。一度、面倒なので質問リストを作らないでセッションをやったことがあったが、途中で何を質問したらいいのかとまどってしまった。準備した質問をすべて使っているわけではないが、質問リストがあるのとないのではセッションの流れがまったく違うので、もっと慣れるまでこれを続けることにしている。

いちおう今までのセッションについては、山崎も田中もこのような用紙を利用して毎回記録は取ってきた。今日、山崎は予定通り中間レビューをするつもりである。このように記録を取っておくことで、自分達がやってきたことはわかるが、成果がどうであるかは、振り返りの時間を設け、「成長」という角度から見直さないとわかりにくい。また、この方法で進めていっていいのかどうかの、軌道修正をする意味でも中間レビューは大切である。コーチングの関係と違って、メンタリングプロセスは期間が長く、いつも最後まで完結できるとは限らない。仮に、山崎と田中の関係がこの段階でどうしてもうまくいっていない場合、お互いに話し合って、他のメンターに換えるというオプションがある。メンタリングのプロセスには信頼関係が非常に大事で、性が合う/合わないは無視できないことである。上司部下の関係では、性が合う合わないと関係なく、仕事を続けていかなければならないが、メンタリングの関係は、打ち切ることができる。

メンターとメンティーの立場はあくまで対等。相性が悪ければ、メンティーがメンターをクビにすることもできる…

レビュー用にはこのような用紙を参考にし、お互いに話し合いながらメンティーだけではなくメンターも答えていくことによって、メンターは自分にとってのメリットを再確認することができる。

ステップ11 - 少し高度なメンタリングスキルの応用

メンタリングを開始して8カ月目になった。最近は月1回の割合でセッションを行っている。最初はどちらかというと山崎が音頭を取って予定を決めたりしていたが、最近は田中から日程を確認してくるようになった。田中がこのようにメンタリングセッションに自主的に参加する気になってきた大きな理由は、すべてが「自分の将来、夢、ゴール」につながる時間を過ごすセッションだからである。「こうしろ、ああしろ」と山崎に言われるのではなく、基本的には自分が決めたことを実行に移す過程だからである。

田中は、自分のめざす将来像もだんだんはっきりし、今やっていることが、自分の将来とどう関係しているのかも把握できるようになった。同時に、自分が今やっていいることに対しての問題意識も芽生え始めた。田中はまだ山崎には話していないが、最近、本当に自分のやりたいことが少しずつ変化し、8カ月前に山崎と一緒に作成した1年後の達成目標とはずれ始めていることに気付き始めていた。会社を辞めて学校に行き直すほうがいいのでは、とも考え始めた。田中は山崎に思い切って相談することにした。

田中から相談を受けた山崎は、正直、とまどってしまった。田中のビジョン創りを手伝ったのは自分だが、「せっかく8カ月もかけて育ててきた田中を手放す手助けをするのは馬鹿げているのでは」と、上司とメンターの狭間にはまり込んでしまったのだ。

しばらく迷ってから、山崎はメンターとしての自分を取り戻し、話を聴くことにした。上司という立場から考えると、仕事上、いろいろと不都合が出てくるので何とか今の職場に留まるよう説得することに頭がいっぱいになり、なかなか親身になれない。だが、その気持ちを抑え、いったん上司という立場を離れ、メンターとして話を聴き始めると、さまざまなアイデアが出てきた。

田中の望んでいる仕事はどちらかというと隣の「社会事業部」でやっていることにありそうである。「社会事業部」には自分と同期で入社した林がいることを思い出した。そこで、ともかく林と相談し、田中の望んでいるような仕事ができるかどうかを確かめてから、田中が林と直接に話し合える機会を作ることにした。山崎はこの旨を田中に伝え、次のセッションまでにフォローすることを約束した。

今回のセッションは、山崎にとっては大きなチャレンジであった。上司としては「少なくとも2年は自分の課で頑張れ」と言いたい気持ちを抑えて、田中のキャリア形成を手伝った。山崎は、自分の課の「短期的なロスを避ける」より「田中の自立と成長」を優先したのである。上司がメンターになることの難しさはここにある。

山崎が今回応用したメンタリングスキル

  1. キャリア形成、キャリアアップの手助けをする
    メンティーのビジョンにあったキャリア形成のため、自分だけがサポートするのではなく、他の人がサポートすることによってメンティーの成長に大きく貢献すると判断した場合、メンティーにその人を紹介する
  2. リスクを管理する
    メンティーがビジョンの達成のために大きな意思決定をするときに、大きな間違いを起こさないようにサポートしたり、間違いを起こしたときにどのように対処すべきかについてサポートする。今回、山崎は、田中が性急に会社を辞めるという決断を下さないように、社内にあるチャンスを生かして手助けすることで、リスクを管理したのである

(イラスト ナバタメ・カズタカ)