南シナ海の領有権をめぐって、中国と東南アジア諸国とのあいだで緊張が高まっています。

5月7日、ベトナム外務省は数日前に南シナ海域において中国の船舶がベトナム船2隻に対して意図的に衝突してきたことを映像付きで発表しました。当海域はベトナムが領海権を主張している海域なのですが、中国はそこで石油の掘削活動を行っており、ベトナム政府は活動停止を求めています。

とくに、南シナ海内にある南沙諸島(スプラトリー諸島)や西沙諸島(パラセル諸島)については、中国やベトナム以外の国も領有権を主張するなど、状況が複雑に絡み合い、正直「面倒くさい」地域となっています。

中国は昨年11月に東シナ海における「防空識別圏」を一方的に設定し、日本や韓国、米国からの反発を呼びましたが、「南シナ海においても同じようなことをするのでは?」と、東南アジア諸国も中国の存在に対して強い警戒感を持っています。

中国が周辺国から脅威の視線を受けている背景のひとつに、中国の軍事力が近年飛躍的に強化されていることが挙げられますが、中国の国防費は2010年を除いて毎年2ケタのペースで増え続けており、ここ10年で4倍以上になっています。

また、3月に行われた全人代では、2014年の国防費(軍事費)の予算が8,082億人民元であると公表されました。日本円に換算すると約13兆4,400億円で、日本の2014年度の防衛予算(約4兆8,000億円)の3倍近く、米国に次ぐ世界第2位の規模となります。しかも、この額は計上されていない項目が結構あるため、実際はもっと多いとされています。これだけを見ても周辺国が警戒心を強めるのが頷けます。

ですが、話はここで終わりません。「内憂外患」という言葉がありますが、国防費は「外患」(国外)に備えるものです。では、「内憂」(国内)についはどうなのかというと、中国では「公共安全費」と呼ばれる治安維持費が当てはまります。実は、下のグラフを見てみると、中国の治安維持費は国防費以上の規模なのです。

(各種データより筆者作成)

公共安全費についても、通常は全人代で予算額が公表されるのですが、今回は中央政府の支出分の2,050億人民元だけを公表したのみで、何故か予算総額は公表されませんでした。全人代での政府活動報告で、李克強首相は「テロの取締りや国内治安の維持を強化する」方針を述べており、引き続き国防費を上回っているものと思われます。

中国では、景気減速への不安が高まっていると同時に、腐敗や不正、格差拡大、環境などの公害問題など、人民の不満が高まり、各地で抗議活動が相次いでいます。また、先日の新疆ウイグル自治区など暴力的な事件をはじめとする、抑圧的な民族政策への反発も頻発しはじめています。

公共安全費の内訳は警察、武装警察、反体制派の監視やジャーナリストの盗聴、過激派対策、ネット上の政治的内容の削除など多岐にわたり、公共安全費の増加は武力による国内不満の抑制を強化していることの表れと言えます。中国が脅威と感じているのは国外ではなく、国内なのかもしれません。

執筆者プロフィール : 土信田 雅之

楽天証券経済研究所 シニア・マーケットアナリスト。国際テクニカルアナリスト連盟 認定テクニカルアナリスト。新光証券(現:みずほ証券)、松井証券を経て、2011年10月より、現職。国内株市場の動向はもちろん、世界の株式市場、特に中国経済や中国企業の分析にも強みを持つ。テレビや新聞、雑誌など幅広いメディア媒体で活躍中。