今回のテーマは「風水」だ。「間接照明」に匹敵する、私の人生と全くクロスしない並行世界上の存在だ。しかし、私は意外と「風水」という言葉をよく使っている。使用例は、「こんな部屋が風水的にいいわけがない」などだ。

つまり、自分の部屋の汚さを表現するのに頻出させているのだ。訴訟ものであり、次、風水と会うのは法廷かもしれない。しかし、便利使いしている割には風水の意味を正確に知らない。そもそも風水とは何奴(なにやつ)なのか。

某インターネット百科事典を参考にすると、風水は古代中国から伝わる思想で、位置の良し悪しを定めるために用いられてきたものらしい。その際、重要なのが"気"の流れなんだとか。とりあえず、「こんな部屋が風水的にいいわけがない」という表現が間違いではない、ということだけは分かった。これは勝訴の可能性が見えてきた。

何せ、床にものが散乱しすぎて、気以前に人間の動きが制御されてしまっているし、どれだけ窓を開けても永遠に臭い。空気の流れも遮断されているようだ。悪い気が溜まっているかどうかは分からないが、物理的に悪いものが肺に溜まっていくのだけは分かる。

つまり、表現を是正するとしたら「風水的にも悪い」だ。ありとあらゆる点で悪いが、氷山の一角として風水的にも悪い部屋である。スピリチュアル以前に健康に悪い。つまり、気の流れが良くなるものをいい感じに配置して、運気が上がる部屋を"ツクール"するのが風水というやつなのだろう。

風水がいいかは置いておいて、風水的にいいものを置くスペースをつくるために部屋を片付ける、という行為は確実にいいと思う。ただ、片付けられない人間にそれをやらせると、ものを別の場所に積み重ねて、本当にスペースをつくるだけなので注意が必要だ、器物倒壊による圧死の恐れがある部屋は、風水的に良くてもダメだ。

自分がこういったものを信じているかというと、妄信しているわけではないが、担げるゲンは担ぎたいし、神頼みもよくする。特にソシャゲのガチャを回す時は、毎回違う宗教に傾倒し、八百万神(やおよろずのかみ)に祈っている。邪教も辞さない。最近効果を発揮しているのは大便我慢教だが、失敗した時のリスクがいろいろな意味で高いので、素人にはオススメできない。

よって、これを置くだけで運気が上がりますと言われたら「ソースは?」等、ガタガタ言わずに「そっすか」と置いてしまうタイプである。ただ、私の部屋を見たら大体の「まずお前が部屋を出ろ」と言うだろう。何かを置くのはそれからだ。

ともかく、風水や開運グッズを部屋に取り入れることはやぶさかではないし、もはや我が人生、やれることが限られているため、すがれるものにはすがった方がいいだろう。しかし、どれだけその風水が正しく、開運グッズの効力がモノホンであっても、それが導入されるのが「私の部屋」という点に問題がある。

例えば、おいしそうなカップ焼きそばでも、湯切りに失敗し、麺が三角コーナーにダイブした瞬間、それはもはや焼きそばではない、生ゴミだ。ガッツのある人間なら戻して食うかもしれないが、もはや「おいしそう」という要素は消えているはずだ。オシャレなIKEAの家具も、ゴミ捨て場に置かれていたらそれはもう粗大ゴミなのである。

つまり、私の部屋に入った瞬間、「全てがG(ゴミ)になる」なのである。何せ、ゴミである。効力も何もない。また部屋が狭くなっただけだ。片付けができない人間の部屋に足し算は御法度だ。チョイ足しした分、全てがゴミになる。

よって、風水を取り入れるとしたら、全て引き算で行わなければならない。気の流れが悪くなるものを全部捨てるのだ。つまり、やるならまず断捨離であり、そもそもものを持ち込まないというミニマリストの考え方は理にかなっている。

よって、まず風水をやるなら、一旦部屋をリセットすべきだ。実際、片付けられない人間というのは、平素全く片付けないのに、突然痙攣発作的に部屋にあるものを全部捨てるなどするのだ。

しかし、片付けられない人間の本当の恐ろしさは、全てをゴミにする力か、腐らせるゴッドハンドではない「リカバー力」だ。全部捨てたはずの部屋が、三日ぐらいで完全に元に戻るか、さらに汚くなっているのである。これは、腕を切り落としたらさらに屈強な腕が3本生えてくるようなもの。そういう妖怪に「風水」はきかない。「退治」話はそれからだ。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。